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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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2.3歳の誕生日

 どれだけ子育てに無頓着な両親でも、貴族社会で生き抜くために、世間に自分たちの印象を強めることと、祝い事は盛大にやらねばならない。その頃には両親は、お兄ちゃんをなんとか廃嫡させて、私を後継者にすることを考え始めていたようだった。

 3歳の誕生日で挨拶をさせられると聞いて、必死に乳母が教えてくれるのだが、舌ったらずな幼い口調では、上手く発音できない言葉がありすぎた。頭を抱えて、泣くファンヌをあやしながらも、練習させる乳母を助けてくれたのは、お兄ちゃんだった。


「自分のことは、『私』というんだよ?」

「わたち?」

「そう、公式の場では、自分のことをみんな『私』というのが礼儀だからね」

「わたち!」

「とっても上手だね」


 褒めてもらえると、単純な幼児は調子に乗るものである。


「わたちの、たんたいのおたんどうびに、おこちくだたって、ありがちょうごじゃいます」

「言えたね。もうちょっと発音がはっきりすると良いけど、立派な3歳さんだ。イデオン、君は賢くて素晴らしいよ」

「わたち、すばらち」


 抱き締めてぐるぐると回る兄に、感動する私は、誕生日パーティーが楽しみでならなかった。堂々と挨拶ができれば、両親は私を見直すかもしれない。そうすれば乳母の仕事が少なくなるようにしてくれて、お兄ちゃんともたくさん遊べるようになるかもしれない。

 浅はかな幼児の考えで、私はパーティーの当日を待った。

 初めて着せられた盛装は、ボタンが多くて面倒くさいし、オムツがまだ外れていなかった私にとってはスラックスがあまりにも窮屈だった。オムツを外してしまおうかと準備をする乳母は悩んだが、大事な場面で漏らしてしまってはいけないと、なんとかぎゅうぎゅうにスラックスにお尻を詰め込んだ。

 新品の靴下は、乳母が作ってくれたくったりとした肌触りの良いものではなくて、ごわごわして気持ち悪い。靴に至っては、硬くてまめが出来そうだった。

 楽しみにしていたはずのお誕生日パーティーなのに、段々と気持ちが落ち込んでくる。


「イデオン、美味しいものが食べられるといいね。たくさん楽しんでおいで」

「にーたんは?」

「イデオンが帰って来るのを待ってるよ」


 私にとってはかけがえのない家族の一員で、大好きなお兄ちゃんは出席できない。そのことを知らされて、嬉しかった気持ちは完全に消え失せてしまった。引きずられるようにパーティー会場に連れて行かれて、たくさんの貴族に囲まれる。


「お父様に似て可愛い茶色の髪ですこと。ルンダール家は代々黒髪なのに」

「ルンダールを継ぐのは、兄の方なんでしょう?」

「まだオムツも取れていないのかしら?」


 大人の視線が小さな私に降ってきて、私はお兄ちゃんに心の中で助けを求めていた。

 助けて、お兄ちゃん。

 怖いよ、抱っこして。

 泣いても助けは来ないけれど、涙がぽろりと零れそうになった瞬間、父が乱暴に私を抱き上げた。幼児の抱っこの仕方など知らないのだろう、無理に引っ張られて上着のボタンが取れそうになって、首が締まって苦しい。苦しさと驚きで涙が引っ込んだところで、会場奥の壇上に立たされて、挨拶をするように言われた。


「わたちは、ルンダールけの、イデオンでつ。きょうは、わたちの、たんたいのおたんじょうびのおいわいに、おこちくだたって、あじがどうごじゃいまず」


 練習した中では、一番上手に言えたと思う。練習の成果をお兄ちゃんに見せられなかったのは残念だが、私はやり遂げた。

 最後まで泣かなかったし、おしっこも漏らさずに、部屋に戻ることができた。

 しかし、部屋に送って来た両親と、お兄ちゃんが鉢合わせしてしまったのだ。


「今日のイデオンの挨拶は、お前が仕込んだのか」

「リーサさん一人で赤ん坊のファンヌと小さなイデオンの面倒を見るのは無理です。ほんの少しお手伝いをさせてもらっただけです」

「使用人のようなことをして、よく媚を売るように育てられたものね」


 軽蔑する視線をお兄ちゃんに送る母に、飛びかかろうとする私を、お兄ちゃんが抱っこして止めてくれる。


「にーたんは、やたちいの。にーたん、すきの! とーたま、かーたま、ちやい! あっちいってぇ!」


 泣きながら叫ぶと、腹圧で我慢していたおしっこが漏れてしまう。オムツを付けていたので床までは濡らさなかったが、盛装のスラックスにじんわりと漏れたそれを見て、母が眉を顰めるのが分かった。

 乳母もお兄ちゃんも、私がオムツを汚しても、決して嫌がらずに替えてくれる。それが愛情だと感じ取っていた私は、両親が完全に私に愛情がないことを幼いながらに確信していた。


「お前、魔術学校に行きたいと言っていたな」

「はい。お願いします、学費を出してください」


 この家の後継者はお兄ちゃんなのだから、頭を下げずとも、当然魔術学校に通わせてもらって、最高の魔術師になれる教育をされるはずなのだが、それを父は渋っていた。それがこの日の出来事で、変わったのだ。


「子どもの面倒を見て、働くなら、魔術学校の学費を出してやろう。その代わり、イデオンにしっかりと魔術の教育を施すのだぞ」


 本来ならば、特別に魔術の才能がない限りは、幼年学校を出るまでは危険なので魔術を子どもに教えてはいけないことになっていた。それを破って、父は私を跡継ぎにするための教育を早期に始めてしまおうという魂胆だったらしい。

 それが聡いお兄ちゃんに分かっていなかったはずはないけれど、この家を追い出されず、私やファンヌとも引き離されず、魔術学校に通うためには、父に従うしかなかった。


「分かりました、最大限の努力をします」


 深々と頭を下げるお兄ちゃんは、酷くつらそうな顔をしていた。

 両親が去った後の部屋で、オムツを替えてもらって、普段着に着替えて、私はお兄ちゃんの膝に上がって頬を撫でた。


「いたいいたい?」

「どこも痛くないよ」

「とーたま、かーたま、ごめしゃい」

「イデオンが悪いんじゃないもの。イデオンは今日はいっぱい頑張ったね。偉かったね」


 自分がつらいときですら、お兄ちゃんは私に優しかった。

 抱き締めてくれて、お風呂に入れてくれて、ベッドで添い寝をしてくれる。両親にお兄ちゃんが子ども部屋に通っていることはもうばれたので、隠れることがなくなったのは、嬉しかった。けれど、お兄ちゃんの表情が明るくならないのは悲しい。


「いでお、らない、わたち、いいこちて、にーたん、まもりゅ」

「ありがとう、イデオン」

「にーたん、だいすち」

「僕もイデオンが大好きだよ」


 抱き締められて、額にキスをされて、私はお兄ちゃんの暖かさに包まれて眠った。

 私が3歳、お兄ちゃんが12歳の春からお兄ちゃんは魔術学校に通い始めて、帰って来ると子ども部屋で宿題をする。それが終わると、私やファンヌの世話をしたり、縫物をしたりと忙しい。


「なんで、オリヴェル様が使用人のようなことをせねばならないのでしょう」

「働きながら魔術学校に行っている生徒もたくさんいます。僕は可愛いイデオンとファンヌといられて、幸運な方ですよ」

「本来ならば、後継者として、充分な教育をされて、もっと自由に子どもらしくいられたものを」

「気持ちは嬉しいですがリーサさん、僕は今の生活に文句はないですよ」


 貴族の嫡子として生まれながら、子守や雑用をさせられているお兄ちゃんは、全く嫌がることがなかった。心から私とファンヌを可愛がってくれていて、それが伝わるからこそ、私もファンヌも、お兄ちゃんが大好きだった。


「にぃ」

「ファンヌ、僕のことが呼べるようになったの?」

「にぃ、にぃ」


 1歳になって歩くようになったファンヌは、私と一緒にお兄ちゃんの後を追い掛け回すようになった。私とファンヌのお散歩のためならば、庭に出ることを許されたお兄ちゃんは、私を抱っこして、ファンヌを乳母車に乗せて、裏庭によく連れて行ってくれた。

 裏庭は元薬草畑だったとお兄ちゃんは話してくれた。


「母が生きていた頃は、ここに薬草がたくさん植えてあって、領地のひとたちも薬草を育てるのが盛んだったんだよ」


 王都の南方の領地を治める貴族であるルンダール家は、かつては薬草栽培で有名だった。父が領主になってからは、酷い搾取が行われて、人々は薬草の種や肥料も買えない状態で、飢えていると話してくれたお兄ちゃん。

 小さすぎて話の内容は私には理解できなかったが、父が間違ったことをしているのだけは、お兄ちゃんへの態度も含めて、私にも分かっていた。

 父はお兄ちゃんという正当な後継者が成人するまでの仮の領主。そう思っているからこそ、領民もなんとか我慢してお兄ちゃんの成長を待っていたのだと思う。

 まだ12歳のお兄ちゃんの肩には、ルンダール家の領地の未来が伸し掛かって来ていた。

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