28.王都に行く準備
幼年学校も魔術学校も保育所も冬休みに入ってお兄ちゃんとヨアキムくんのお誕生日が来る。二人は生まれ月は同じだけれどお兄ちゃんの方が日付は少し早い。
今年のお兄ちゃんの誕生日には王都でのお披露目があるということで、仕立て職人さんがお屋敷にやってきてお兄ちゃんのスーツを誂えてくれていた。
「イデオンとファンヌとヨアキムくんもお願いします」
「やはり連れて行った方がいいでしょうか」
「叔母上もビョルンさんもいない間にイデオンやファンヌやヨアキムくんに何かあると心配です。相手が」
そうなのだ。
お兄ちゃんの言う通りでカミラ先生はドラゴンさんとも対等に話し合えるけれども他にそんなことができる人物はいない。ファンヌはドラゴンさんのすることに協力的だし私では聞いてもらえない。その上ヨアキムくんは害をなす相手に対して呪いの魔術を使えてしまう。
カミラ先生もお兄ちゃんもいない間に私たちになにかあれば、ドラゴンさんが来る可能性もあるし、暴走するファンヌとヨアキムくんを止められない可能性もあるし、私のまな板が大惨事を引き起こす可能性もあった。
そう考えるとやはり私たちは全員で王都に行った方がいいというのが結論だった。
「一目で兄弟と分かるようにお揃いの生地を使いましょう」
「できるだけ王都では離れないようにしましょうね」
「わかりましたわ」
「はい!」
カミラ先生とビョルンさんに言い聞かされてファンヌとヨアキムくんが良い子のお返事をしている。ヨアキムくんは早めに貰った誕生日お祝いの肩掛けのバッグを大事そうに抱いていた。
「オースルンドの父と母も来ますので、オリヴェルもそんなに緊張しなくて良いのですよ」
「お祖父様とお祖母様が来てくださるなら安心です」
採寸されながらも硬い表情だったお兄ちゃんはオースルンド領のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が来るという情報に表情を和らげていた。
夜空のような青紫の光沢のある生地で私たちはお揃いのスーツとワンピースを作ってもらう。私とヨアキムくんはスーツのスラックスの丈がハーフでソックスガーターを付けるようになっていた。
「お兄ちゃんともお揃いだね」
「ぼく、ファンヌちゃんとおそろい?」
「お揃いだよ、ヨアキムくん」
「みて、このスカートふわってなるの」
新しい盛装を着て喜び合う私とヨアキムくんとファンヌをお兄ちゃんが目を細めて見ている。ふんわりとしたスカートを一回転して見せるファンヌは可愛いし、サロペット型のスラックスのヨアキムくんも可愛い。
お兄ちゃんは精悍な顔立ちで身体も大きくてとてもかっこよかった。三つ揃いのスーツがよく似合う。
「みんなで立体映像を撮ろう!」
「カミラ先生とビョルンさんも入ってください」
カスパルさんを呼んできて私の魔術具とお兄ちゃんの魔術具で立体映像を撮ってもらっていると、足元にエディトちゃんがやってくる。
「にぃ! まぁま! ぱぁぱ!」
「エディトも映りましょうね」
抱っこしようとするカミラ先生に素早くビョルンさんが間に入る。
「お身体を大事にしないと」
「まぁ……ビョルンさんったら、ありがとうございます」
頬を染めるカミラ先生は乙女のようだった。エディトちゃんは大好きなお父さんに抱っこされてご満悦で立体映像に写っていた。
問題はエディトちゃんのことだった。
王都に連れて行くのはいいのだが、早く眠くなってしまうのでパーティーには参加できない。ルンダール家では私やファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんが小さいのでお誕生日や新年のパーティーは昼食を兼ねて軽食を摘まみながら行われるのだが、王都の王城のパーティーはそうはいかない。他の貴族の都合に合わせて夜に開かれるのだ。
やっとお昼寝をしなくなったヨアキムくんとファンヌも夜は早く眠くなってしまうがその日はお昼寝をして帳尻を合わせれば良い。しかしもっと小さなエディトちゃんはそういうことができない。
「リーサさんも来てくださいますか?」
「もちろんです。エディト様と部屋でお待ちしていればいいのですね」
「お願いします」
寝ている間のエディトちゃんのことはリーサさんに任せるのが一番いい。カミラ先生の考えは明確だった。
リーサさんも王都に行く支度をして、エディトちゃんの分も荷造りをしてくれる。お披露目のパーティーを含めて数日の滞在になる予定だが途中でどんな予定が入れられるか全く分からない部分もあった。
一番警戒しているのは、お兄ちゃんにお見合いの話が飛び込むことである。
「ルンダール家は四公爵と言って、オースルンド領、ノルドヴァル領、スヴァルド領の三つと共に、王家に次ぐ大貴族の家系です。無理な見合いはないとは思うのですが」
相談してみたカミラ先生は安心させるようなことを口にしている割りには表情は硬かった。
「セシーリア殿下ですね、問題は」
「セシーリア殿下……誰ですか?」
聞いたことのない名前に素直に問いかければカミラ先生は説明してくれる。
「アンドレア国王陛下の姉君です。確かオリヴェルより一つほど年上ではなかったでしょうか。アンドレア国王陛下がオリヴェルの一つ年下ですから」
セシーリア殿下は二歳年下のアンドレア国王陛下が即位されたときからずっとお側にいて、アンドレア国王陛下を支え続けた姉君だとカミラ先生は教えてくれた。年頃になっても結婚しないので四公爵家のどこかに嫁ぐのではないかと噂されている。
お兄ちゃんはセシーリア殿下と年が近く未婚で位置としては丁度いい。
他の貴族ならばお断りができるのだが、王族ともなると無碍に断ることはできないとカミラ先生は心配しているのだ。
「私のように好きな相手以外とは結婚しないというのをオリヴェルが貫けるなら良いのですが、貴族にとっては結婚も義務のようになっていますから、現状、私のような我が儘は通用しないことが多いのですよ」
カミラ先生には「魔女」と呼ばれるほどの魔術の才能があって、「カミラあれば軍はいらぬ」とまで言わしめる攻撃と防御の魔術を持っている。そんなカミラ先生が「好きな相手以外とは結婚しない」と言い張ってしまえば誰も強制できないのは仕方がない気がした。
けれどお兄ちゃんにはそんな強い力はない。薬草学と医学において魔術師として高い才能を持っているかもしれないが、相手を退けさせるようなものがお兄ちゃんにはない気がしていた。
セシーリア殿下がルンダール家と繋がりを持ちたくてお兄ちゃんとの結婚を望んだら私はどうすればいいのだろう。結婚は貴族の義務なのだからと望まない結婚をお兄ちゃんにさせてしまうのか。
「セシーリア殿下をオリヴェルが気に入るかもしれませんけど」
「え?」
その可能性は私は全く考えていなかった。
お兄ちゃんがセシーリア殿下を気に入って結婚を承諾する。そういうことだってあり得ないわけではない。
「イデオンくん? どこか痛いのですか?」
驚いた声のカミラ先生に私は自分の頬を流れる雫に気付いた。
お兄ちゃんが結婚してしまうかもしれない。それを考えるだけで私は涙が出て来てしまう。
「叔母上、イデオンはどうしたのですか?」
「王都行きのことを話していたら急に泣き出してしまって」
「なんの話をしていたのですか?」
「セシーリア殿下があなたとの結婚を望むかもしれないということを」
「まさか」
否定しながらお兄ちゃんは軽々と私の身体を縦抱きにした。ハンカチをポケットから出して涙と洟を拭いてくれる。最近私は泣き虫に戻ってしまったような気がする。
「おにいちゃん、ひっく……けっこん……」
「しないよ。僕は自分が決めたひととしか添い遂げるつもりはない」
未来は分からない。
自分が決めたひとがセシーリア殿下になる可能性だって十分あり得るのだ。
涙が止まらない私を抱き締めて膝に乗せて椅子に座って、お兄ちゃんはいつまでも私の背中を撫でてくれていた。
ただただお兄ちゃんが手の届かない存在になるのが怖くて、私は涙が止まらなかった。
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