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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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27.迷子の私を助けてよ!

 顔をぐしゃぐしゃにして洟を垂らして大声で泣いている私はこの世の終わりのような気分だった。

 このままお兄ちゃんには会えずにお屋敷にも帰ることができずにここで暗くなるまで過ごさなければいけない。今でさえ誰もいないのだ夜はきっと魔術学校自体が閉まって真っ暗な中で一人きりになってしまうだろう。

 日が短くなってくるとお風呂が薄暗いのすら怖い私なのである。暗い外に一人きりなんて耐えられるはずがない。


「おにぃちゃーん! ふぇぇぇー! こわいよぉー!」


 考えれば考えるほど嫌なことしか思いつかない。

 大声で泣いている私に「びゃわん!」「びょえ!」「ぎょえ!」と声が聞こえた。最初は私の周囲で慰めるように踊っているマンドラゴラの声かと思ったがそうではない。

 いつの間にか私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと南瓜頭犬がいなくなっていたようだ。勇ましく南瓜頭犬に跨った大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラはなんと、お兄ちゃんを連れて来てくれたのだ。


「おにいちゃん……?」

「イデオン! こんなところに迷い込んでいたの? 怖かったでしょう」

「うぇぇぇーん! おにいちゃーん!」


 マンドラゴラの輪を跨いでお兄ちゃんが私の脇の下に手を入れて抱き上げてくれる。片腕で軽々と抱っこされて付いた土を払われて、私はもう涙が止まらなかった。


「で、できると、思ったの。お兄ちゃんに、書類、届けるの。でも、分かんなくて」

「始めて来る場所だから分からなくて当然だよ」


 優しく言いながらお兄ちゃんが私の洟を拭いてくれて、涙もハンカチで拭いてくれる。止まらない涙と嗚咽にお兄ちゃんは私にハンカチを渡してくれた。恥ずかしいのもあって私はハンカチで顔を拭くふりをして顔を隠してしまう。

 8歳にもなって迷子になって号泣するなんて恥ずかしすぎる。


「叔母上から通信でイデオンが書類を届けに来るって聞いて門の方に行ったら、馬車が停まってて、イデオンはもう中に入ったって言われたんだ」


 お兄ちゃんも私のことを探してくれていたらしい。抱っこされて研究用の薬草畑から出て校舎を逆回りに回って裏門に行く。


「右回りだと薬草畑で回れないんだ」

「そうだったんだ……」

「左回りだと裏門に行けるんだよ」

「それ、聞いておけばよかった」


 話が通じないと軽く見て球技をやっていた生徒さんたちに情報をしっかり貰っていなかった私の落ち度だ。落ち込んでいるとお兄ちゃんが私の額に額をこつんとぶつけた。


「僕のために来てくれたんでしょう。イデオンは本当に優しいね」

「お兄ちゃんが二度手間になるのは嫌だったし、研究課程に進めないのも嫌だったから」


 すんっと洟を啜って言えばお兄ちゃんは私をぎゅっと抱き締めてくれる。


「僕のことを一番に考えてくれるイデオン、大好きだよ」

「私もお兄ちゃん大好き」


 探す手間をかけてしまったし、迷惑もかけてしまったが、お兄ちゃんはそんなことは少しも責めなかった。安心してまた涙が出て来てしまうのを私はハンカチで拭う。


「探してたら薬草畑の入口でマンドラゴラと南瓜頭犬の声が聞こえて、近付いてみたらイデオンのみたいだったから付いて行ったんだ」

「お兄ちゃん、見分けが付くの?」

「普通のマンドラゴラと大きさが全然違うからね」


 私のマンドラゴラが栄養剤で長く成長させているおかげで大きくなっていて、それでお兄ちゃんは見分けられたのだという。ビョルンさんの作ってくれる『マッチョナール』に感謝しなければいけないだろう。ネーミングセンスはどうかと思うけれど。

 教務課と書かれた部屋に行ったお兄ちゃんに抱っこされたままで私は肩掛けのバッグから書類を出した。お兄ちゃんが教務課の職員さんに書類を手渡す。


「これで書類は全部揃いましたね。弟さんが持ってきてくれたんですか?」

「そうなんですよ。すごく優しくて可愛くて強い弟で」

「強い!?」


 一人で薬草畑に取り残されてどうしようもなくなるのかと泣いていた私が強いなんて言われるとは思っていなかった。けれどお兄ちゃんが嘘を吐くはずがない。特に私のことに嘘やごまかしを言わないことに関しては私はお兄ちゃんを信頼していた。


「手続きはこれで終了です。研究課程合格おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 お兄ちゃんが褒められていると私も嬉しくなって泣き腫らした目でちらりとお兄ちゃんを見てハンカチの下でちょっとだけ微笑んだ。

 手続きが終わると馬車が待っていてくれたので御者さんに「移転の魔術で帰りますので」とお兄ちゃんが挨拶をして、移転の魔術でお屋敷まで帰った。

 お屋敷に戻ると抱っこされている私にカミラ先生とビョルンさんが心配そうに駆け寄って来る。


「怖い思いをしたのですか?」

「魔術学校は広いから迷子になってしまったみたいです」

「無事で良かったです。お昼を食べて落ち着きましょうね」


 泣いて抱っこされて戻って来たと言うのにカミラ先生もビョルンさんも優しい。


「やっぱり私が行けばよかったですね」

「ビョルンさん、私が自分で行くと言ったのです」


 それどころか申し訳なく思ってくれるビョルンさんに私は両手を振って否定した。お昼の時間を少し過ぎていたので空腹のエディトちゃんは食卓の椅子についてばんばんとテーブルを叩いて昼食を要求していた。呼ばれてファンヌとヨアキムくんは二人で手を繋いでリビングにやってくる。


「にぃさま、こわいこわいだったの?」

「ちょっと迷子になっただけ」

「まいご、こわいもんね」


 ファンヌとヨアキムくんに泣いたことがバレるのは恥ずかしかったが私は泣き腫らした目を隠すことができていなかった。二人とも馬鹿にしたりせずに私を心配してくれる良い子たちなのだけれど兄としては迷子になって泣いたなど恥ずかしくて口に出せない。


「イデオンは僕のために頑張ってくれたんだよ。本当にありがとう」

「そんな……」


 結局迷子になってお兄ちゃんに迷惑をかけたのに真面目にお礼を言ってくれるお兄ちゃんのおかげでファンヌもヨアキムくんも私を尊敬の眼差しで見て私のプライドは守られる。

 本当にお兄ちゃんはこんなところまで気を配ってくれる優しいお兄ちゃんだった。


「大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラが南瓜頭犬に乗って、お兄ちゃんを探しに行ってくれたんだ」

「えらいの!」

「えいようざいをあげなきゃ!」


 エディトちゃんを含め、ヨアキムくんとファンヌから絶賛されて、ファンヌがポシェットから栄養剤を出して私の大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラと南瓜頭犬に飲ませている。この三匹のおかげで助かったので私も三匹を撫でてお礼を言っておいた。

 昼ご飯を食べるとお兄ちゃんが私の膝を診てくれた。転んだせいで膝が少し擦り剝けていて、手の平も少しだけ皮が剥けていた。


「ビョルンさんから消毒液をもらって来る?」

「これくらいは平気」


 お昼ご飯の時間が過ぎていたのでシャワーを浴びていなかった私はお兄ちゃんと一緒にバスルームに入る。髪も身体も洗ってもらって、膝も手の平も綺麗に水で流してもらう。


「怪我させちゃったね」

「これくらいはいつものことだよ」


 薬草畑の世話で葉っぱで手を切ったり転んで膝を擦り剝いたりすることはよくあったので、あまり気にしていなかったがお兄ちゃんは気になるのか私の膝と手の平を大きな手で何度も撫でていた。

 シャワーから出て着替えてベッドに寝転ぶと泣いたせいか身体がだるくて眠気が襲って来る。お兄ちゃんもベッドに横になって伸びをしていた。


「お昼寝する?」

「しよっか?」


 休日くらいは怠惰に過ごしてもいいかもしれない。

 私とお兄ちゃんは目を閉じた。



 豪華な玉座にまだ12歳くらいの白銀の髪に菫色の瞳の少女が座っている。凛と顔を上げて表情を引き締めた彼女の傍らにはよく似た色彩と容貌の少女が立っていた。


「姉上、この国はどうなるのでしょうか」

「あなたが決めるのです。王はあなたなのですから」


 答えに玉座にいる少女は目を伏せる。


「姉上では何故いけなかったのですか?」

「あなたの方が魔力が高い。それはれっきとした事実です」

「ですが、私はまだ12歳ですよ?」

「わたくしが王位を継いであなたが継げるようになるまでの期間繋ぐというのでは、国に派閥ができ良くありません。分かっているでしょう?」


 まだ王になるには幼すぎる少女は姉の言葉に俯いた。


「わたくしとて、どこかにいずれ嫁ぎます。それまではあなたの力となります」

「姉上、どこにも行かないでください」


 懇願する声は切実な響きを持っていた。



 目を覚ました私とお兄ちゃんは顔を見合わせる。

 自分たちが同じ夢を見ていたことは今までの経験でも分かっていた。

 予知夢ではなく私たちは過去の夢も見るのだろうか。

 確かこの国の国王陛下は12歳で即位させられたと聞いていた。


「お兄ちゃん……国王陛下の夢」

「うん、見たよ」


 私にお兄ちゃんが必要なように国王陛下には姉君が必要そうだと夢の中で見て取れた。この夢が私たちが王都に行くのになにか関係するのか。

 そのときの私たちには何も分からなかった。

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