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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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25.歌い薔薇の合唱

 庭の歌い薔薇をヨアキムくんとファンヌとお兄ちゃんと剪定ばさみで切った。棘の取り方を庭師さんに教えてもらって取っていく。指で摘まんで茎に添って滑らせるようにすればバラの棘は綺麗に取れた。

 歌い薔薇の花束と真っ赤な薔薇の花束を作って、私とヨアキムくんとファンヌとお兄ちゃんは着替えた。ヨアキムくんの乳母さんとお兄ちゃんのお母様であるアンネリ様とお父様であるレイフ様を偲ぶ黒い服。カミラ先生とビョルンさんも準備をして、カスパルさんとブレンダさんも馬車に乗る。今回はエディトちゃんとリーサさんも一緒だ。

 人数が多かったのでカミラ先生とビョルンさんとリーサさんとエディトちゃんが同じ馬車、カスパルさんとブレンダさんと私とお兄ちゃんとヨアキムくんとファンヌが同じ馬車の二台に分かれた。

 乗り込む前にヨアキムくんがエディトちゃんに声をかける。


「ぼくのウサギさんのポーチ、エディトちゃんにあげるよ」

「よー、いーの?」

「うん、もらって」


 ウサギの顔のぬいぐるみのついたポーチをヨアキムくんがエディトちゃんの首にかけると、その中にマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんが飛び込んでいく。


「だー、ぶー」

「それなら一緒に行けますね」

「う!」


 乳歯を見せて笑うエディトちゃんにリーサさんが安心したように微笑んでいた。馬車は途中で魔術具を売っているお店の前で停まる。注文していたヨアキムくんのバッグが出来上がったのだ。


「お誕生日には少し早いですけど、使ってくださいね」

「ありがとうございます」


 受け取ったヨアキムくんはベルトの長さを調節してもらって肩掛けのバッグを下げていた。黒にオレンジのポケットが付いていて、大きなウサギの刺繍がしてあるバッグはヨアキムくんによく似合った。

 私も5歳のときからカミラ先生にもらった肩掛けのバッグを使っているが、ヨアキムくんも幼年学校に行く間ずっとそのバッグを使うのだろう。

 もう一度馬車に乗って墓地まで行く。ヨアキムくんの歌い薔薇がそれぞれ音程を微妙に変えて合唱をしているようだった。

 冬が近づくからりと晴れた空の下、ヨアキムくんは乳母さんの墓地に歌い薔薇を供える。


「おうたがきこえるでしょう。さびしくないよ」

「ヨアキムくんは私たちがしっかりと育てます」

「カミラせんせいもビョルンさんもカスパルさんもブレンダさんもイデオンにぃさまもオリヴェルおにぃちゃんもエディトちゃんもリーサさんも、ファンヌちゃんもいるから、ぼくはだいじょうぶ」


 たくさんの名前を噛み締めるように言って、最後にファンヌの名前を呼ぶとファンヌがヨアキムくんと手を繋いだ。


「ヨアキムくんとずっとずっとずーっといっしょにいます。かなしくてないたら、なでてあげます」

「ファンヌちゃん、いっしょにいてね」

「うん、ずっといっしょね」


 可愛らしい光景に私は涙が出てきそうだった。

 少し寒くなった風が墓地の下草を揺らしている。墓石が草に埋もれてしまわないように周囲の草抜きをする。

 アンネリ様とレイフ様の墓地は管理人がいて綺麗に整えられている。

 ヨアキムくんの乳母さんの墓地もそうであればいいのだが、呪いで死んだ乳母さんを良い墓地に葬るという考えがそもそもヨアキムくんの両親にはなかったのかもしれない。

 命を懸けてヨアキムくんを育ててくれた私たちにとっては大事なひとだ。


「この墓地にも管理人さんをつけることができませんか?」

「私も考えていました。ヨアキムくんの大事なひとのお墓ですものね」


 カミラ先生も同じことを考えてくれていたようだった。お墓の位置をずらすのは難しいが、管理人をつけることはできる。そうすればお墓が草に埋もれず綺麗に保たれる。


「カミラせんせい、うばよろこぶ?」

「えぇ、きっと」

「おねがいします」


 ぺこりと頭を下げたヨアキムくんにカミラ先生は帰ってから手を打つつもりのようだった。

 墓地を出ると馬車でお花を売っているお店に寄る。

 レイフ様のためにカミラ先生がブルースターの花束を買った。アンネリ様には薔薇園からレイフ様がアンネリ様のために植えた赤い薔薇を切ってきている。


「オリヴェルにいさまのおとうさまとおかあさま……」

「一緒にお祈りしてね」

「はい」


 ヨアキムくんはもうアンネリ様がどうして亡くなったのか、レイフ様が誰のせいで死んでしまったのかを知っている。神妙な面持ちで頷いてヨアキムくんはお兄ちゃんの顔をじっと見つめた。


「オリヴェルにいさまは、ぜったいにかなしいめにあわせない。ぼく、オリヴェルおにいちゃんをファンヌちゃんといっしょにまもるよ」

「ヨアキムくん……」

「イデオンにぃさまもまもる」


 2歳で喋りも拙く泣いてばかりいたヨアキムくんが今は私とお兄ちゃんを守るとまで言ってくれている。成長に胸がいっぱいになりそうだった。

 墓地に着くとアンネリ様とレイフ様、二つ並んだ墓石の前に立つ。ビョルンさんが抱っこするエディトちゃんを示してカミラ先生が紹介していた。


「私たちの娘です。オリヴェルの従妹になります。ずっと二人が良い関係でいられるように努めていきたいと思います」

「カミラ様と共にオリヴェル様を支えたいと思っています」

「そして……二人目がお腹にいます」


 それは私たちにも知らされていなかった事実だった。告げたカミラ先生が細いお腹に手をやるのにファンヌとヨアキムくんと私が集まって来る。


「ほんとう、カミラせんせい?」

「あかちゃん、いるの?」

「エディトちゃんはお姉ちゃんになるんですか?」

「本当ですよ。つい先日分かりました。アンネリ様とレイフ兄上の前で報告しようと決めていました」


 エディトちゃんは1歳半を超えて断乳も終えてもう母乳は飲んでいない。その代わりに物凄く食いしん坊なのだがお乳がないのだから食べ物で栄養を取るしかないので仕方がない。

 早い断乳をしないと次の子どもに影響があるとお兄ちゃんは言っていたが、やはりカミラ先生とビョルンさんは二人目を望んでいたようだった。

 嬉しい知らせにみんなが沸き立つ。


「母上、イデオンとファンヌに会うまで寂しかったのが、今はこんなに大家族になりましたよ。それにまた増えます」

「アンネリ様、レイフ様、お兄ちゃんが寂しくないように私が一緒にいます」

「わたくしも!」

「ぼくも!」


 元気よく言ってお兄ちゃんに飛び付く私とファンヌとヨアキムくんをお兄ちゃんが軽々と受け止めてくれていた。


「ぶー、だー!」


 エディトちゃんはウサギのポーチからマンドラゴラのブーちゃんとダーちゃんを出して墓石に紹介していた。みんなが話しかけているので自分も話しかけたいと思ったようだ。


「エディトの大事な友達ですよね」

「エディトも毎日元気に過ごしています」


 お墓の前でダーちゃんとブーちゃんがデュエットダンスを踊り、エディトちゃんが手を叩いている。それを見ながらカミラ先生とビョルンさんも目を細めていた。


「レイフ兄上、リーサさんです。僕の大事なひとです」

「カスパル様、まだそんな……」

「紹介くらいさせてください」


 カスパルさんはリーサさんをレイフ様に紹介してリーサさんは顔を真っ赤にして慌てていた。

 例年より早いお墓参りが終わると枯れ葉の舞い落ちる墓地を出て馬車に戻る。ファンヌとヨアキムくんは乾いた枯れ葉を踏みつけて割るのを楽しんでいたが呼ばれて急いで馬車に乗った。

 お屋敷に帰るとみんなでおやつの時間のお茶をした。


「研究課程のゼミが決まりました。来年度から無事に研究課程に進学できます」


 お兄ちゃんからの報告にばんばんとテーブルを叩いて早くおやつを食べたいエディトちゃんが、はっと息を飲んでテーブルを叩いていたお手手を拍手に変えた。意味は分からなかったかもしれないがおめでたいことだと分かったのだろう。


「お兄ちゃん、良かったね。これからは学校に一緒に帰れる?」

「うん、試験も先に済ませてしまったから、これからは少し余裕ができるよ」


 働きながら勉強するひとたちのために魔術学校の試験は何度かに分けてあるし、授業時間も午後は長くないように設定されている。お兄ちゃんは成績優秀者として一番早い試験で研究課程に合格してゼミが決まったようだった。

 その辺りのシステムは当時は私もまだ幼年学校で魔術学校など遠い先のことなので全く想像がつかなかった。


「お兄ちゃんが迎えに来てくれるの嬉しいな」

「王都にも行かなきゃいけなくなるから早い時期に試験を受けたんだけどね」

「そ、そうだった!」


 お兄ちゃんはもうすぐ来る冬の誕生日で18歳。誕生日が来たら王都にルンダール領の次期当主として国王陛下にご挨拶に行かなければいけない。そのときにお見合いを組まれたり、嫌味を言われたりしないか私は心配でならないのだが。


「わたくしもいきます!」

「え!? ファンヌも?」

「ぼくも、オリヴェルにいさまをまもります!」

「ヨアキムくん!?」


 二人ばかり自信満々で行く気の子がいて、私は心強く思いながらも二人の暴走が心配でもあった。

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