22.収穫祭と切なさと
幼年学校に入って初めての収穫祭では向日葵駝鳥の種を売って、鱗草を硬化させる魔術をかける出店で参加した。去年の収穫祭は出店は出さなかったがただの参加者として行った。今年はまた出店を出して参加する。
当日はテントを張るのからお手伝いをしてカスパルさんとブレンダさんが保護者としてついてきてくれた。カミラ先生とビョルンさんはエディトちゃんを連れて収穫祭を三人で見て回るようだった。
板で仕切りを作ってニワトリメロンの果汁が飛び散らないように切る場所を準備する。何度かニワトリメロンを食べたが、切ったすぐはキンキンに冷えているが切ってから時間が経つとニワトリメロンは温くなってしまうと分かった。氷菓のような冷たさを味わってもらうには売る寸前に切らなければいけない。
エプロンを着けたファンヌが私のまな板を低い台の上に置いて、菜切り包丁を構えて準備していた。ニワトリくらいの大きさがあるので、一つ切れば4~6人分にはなる。
「ニワトリメロンが食べられるのかい? 一切れもらおうか」
「はい! ファンヌ、切って差し上げて」
「まかせて!」
出店を出しているとテントを立てるので汗をかいた隣りの出店のおじさんから注文をもらった。菜切り包丁を振り上げて勢いよくファンヌが着ると仕切りに真っ赤な果汁が飛び散る。種を外して小さな使い捨てスプーンを添えて切り分けたニワトリメロンを渡すとおじさんはその冷たさにこめかみを押さえていた。
「キンキンに冷えてるね」
「ニワトリメロン? 珍しいわね。私もいただける?」
「かあちゃん、おれもくいたい」
隣りの出店のおじさんが呼び水となってお客さんが押し寄せて来る。ファンヌは大忙しで全身真っ赤に染まりながらニワトリメロンを切り続けた。食べたお客さんは気に入ってくれたようでニワトリメロンを買っていく。
「大繁盛だね」
「ファンヌちゃん、がんばって!」
会計を受け持ってくれているお兄ちゃんと、廃棄される皮をリンゴちゃんに食べさせているヨアキムくん。ブレンダさんとカスパルさんは丸ごと一個のニワトリメロンを売る方を手伝ってくれていた。
「買いに来たわよ。種を取っておいて、来年はうちでも植えようって話になってるの」
忙しい中でもフレヤちゃんが来たらお兄ちゃんは私がフレヤちゃんと話せるように時間を取ってくれた。ファンヌだけで切るのは危ないので休憩してもらっている間に私は出店の前に出て行った。
「やっぱり上げただけじゃ足りなかった?」
「種を取るための分も欲しくなったのよ」
フレヤちゃんのご両親がそれぞれ二個ずつニワトリメロンを買っていってくれている。大人の手でも二個持つのが精いっぱいなくらいニワトリメロンはずっしりと身が詰まって重かった。
「ネットのかけ方とか教えてね」
まだ収穫祭の出店を見るというフレヤちゃんはお姉ちゃんと手を繋いで行ってしまった。
続いてダンくんとミカルくんがやって来る。
「母ちゃんもちょっとは出歩いた方がいいから見に来たんだ」
「じいちゃんもいるよ」
ボリスさんがダンくんのお母さんを気遣いながら側にいて、ダンくんとミカルくんはお父さんに連れられていた。ダンくんのお父さんもニワトリメロンを買ってくれる。
「妻がこれなら食べられるって言ってるから、重宝しています」
「つわりとか酷いんですか?」
「悪阻は治まって来ましたが、暑さのせいか夏バテ気味で」
それでもニワトリメロンは食べられるのならば売りに出して良かった。ダンくんとミカルくんとご両親とボリスさんに挨拶をして出店の裏側に戻ると、ファンヌが口の周りを真っ赤にしてニワトリメロンの端っこを食べていた。
「にぃさま、おなかすいちゃった」
「ぼくもおなかすいた」
たくさん働かせてしまったし時刻もちょうど昼時になる。お昼ご飯を買わなければいけないとお兄ちゃんの方を見ると、お兄ちゃんは正面を見ていた。エディトちゃんを抱いたビョルンさんとそこに寄り添うカミラ先生がこちらに歩いてきている。
「サンドイッチやホットドッグを買ってきましたよ。そろそろお腹が空いたころじゃないですか?」
「ファンヌちゃん、口の周りが真っ赤になって。顔にまで果汁が飛んだんですか?」
「これは……つまみぐいしちゃったの」
お腹が空いてニワトリメロンの端っこをつまみ食いしていたファンヌは正直に白状するとカミラ先生が口とお手手を拭いてくれる。出店を一休みして持ってきた水筒から冷たいお茶を注いで飲んで、サンドイッチやホットドッグを食べてお昼にした。
午後からは更に日差しが強くなって、校庭の地面からは陽炎が立ち上る。そんな状態だったから冷たいニワトリメロンは物凄くよく売れた。
「にぃさま、もうないの!」
「全部売れちゃったね」
「リンゴちゃん、もうかわたべられないって」
途中からニワトリメロンの皮に飽きてしまったリンゴちゃんは食べるのをやめて飛び散った果汁だけぺろぺろと舐めていた。それにしても口元が真っ赤なリンゴちゃんに悲鳴が上がる。
「きゃー!? 人食い魔物!?」
「大丈夫です。ルンダール家のウサギです」
「ウサギ……ウサギ?」
子馬ほどもあるリンゴちゃんを周囲が何度も見て確認しているのが分かる。
私も自分の家のウサギでなければその存在が信じられなかっただろう。
果汁で濡れたファンヌを手洗いに連れて行って、ブレンダさんがエプロンを脱がせて手と顔を洗って拭いてくれる。男女で分かれている手洗いにどうして一緒に入れないのか、ヨアキムくんは不思議そうな表情だった。
「ほいくしょのおてあらいはいっしょなんだよ」
「幼年学校になると男の子のお手洗いと女の子のお手洗いは別々になるんだよ」
「どうして?」
「どうして……どうしてだろう?」
お屋敷のお手洗いは男性も女性も使う。
保育所のお手洗いは男女が分けられていないという。
どうして幼年学校のお手洗いは男女が分けられているのだろう。
「男のひとと女のひとは体の作りが違うからね」
「ぼく、ファンヌちゃんとおなじじゃないの?」
「うん、ヨアキムくんは男の子だからね」
「おなじがいい」
「同じだと結婚して赤ちゃんができることはないよ」
お兄ちゃんの言葉にヨアキムくんの黒いお目目が大きく見開かれる。
そうだった。私も具体的にどんなことをするか分からないけれど、男のひとと女のひとでないと赤ちゃんが産まれないのは知っている。ダンくんはキスで赤ちゃんができると言っていたけれど、お兄ちゃんは違うと言っていた。
本当のことを私が知るのはずっとずっと先のことになる。
私ですら知らないのだからヨアキムくんが知らなくても仕方がない。
「ぼく、おとこのこがいい! ファンヌちゃんとおなじじゃなくていい」
ずっとファンヌと同じが良いと言っていたヨアキムくんが初めて同じではなくても良いと言った。男のひとと女のひと、違わないと赤ちゃんが産まれないというお兄ちゃんの言葉は効果絶大だったようだった。
「ただいま。ヨアキムくん、どうしたの?」
「ファンヌちゃん、ぼく、おとこのこがいい」
「うん、ヨアキムくんはおとこのこよ?」
「ファンヌちゃんはおんなのこで、ぼくはおとこのこ」
ファンヌとヨアキムくんは年齢差もほとんどないし、このまま大きくなれば二人ともが望めばカミラ先生は結婚を許すだろう。
私は誰かと結婚をするのだろうか。恋愛をするのだろうか。
ファンヌとヨアキムくんは女の子と男の子。
私は男の子で、結婚をするなら誰か女の子と結婚をすることになるのだろうか。全く想像がつかない。
「お兄ちゃんは……」
お兄ちゃんもいつかカミラ先生がビョルンさんに出会ったように好きなひとに出会って結婚するのだろうか。
お兄ちゃんが私の傍から遠く離れるなんて想像したくもなかった。何故か胸が痛いような気がして、涙が滲んで来てしまう。
「どうしたの、イデオン? どこか苦しい?」
「分かんないけど、胸が……」
胸が痛いような苦しいような、息ができなくなるようなこの感情は何なのだろう。
お兄ちゃんが運命のひとと出会う日。その日が少しでも遠いように私は祈らずにいられなかった。
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