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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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16.8歳と9歳の疑問

 ヨアキムくんがミカルくんを自分の部屋に招いて、ファンヌがお隣りの部屋に入って窓から会話している。

 うちの妹とその婚約者は今日も天使のように可愛いです。

 感動しながら私はダンくんに引っ張られて私の部屋に連れて行かれた。私の部屋はお兄ちゃんと一緒なのでお兄ちゃんも当然やってくる。ダンくんに私が椅子を貸しているので他の部屋から椅子を持ってきてくれたお兄ちゃんにお礼を言って座って、お兄ちゃんも椅子に座ってダンくんが話し始めるのを待っていた。

 ちょっと赤くなったりしてもじもじした後に、ダンくんが徐に口を開く。


「イデオンはお見合いとかさせられてるのか?」


 あー!

 貴族になったら避けられないこと、それはお見合いだった。

 跡継ぎのいなかったベルマン家に跡継ぎになるかもしれないダンくんとミカルくんが養子に来た。そうなれば他の貴族が食い付いてもおかしくはなかった。


「お見合いの話は来てたみたいだけど、カミラ先生が断ってくれてる。もう来てないんじゃないかな」

「来てても叔母上は上手に処理してくださるよ」


 お兄ちゃんに言われて私はカミラ先生に全部任せて良いのだとほっとする。両親のことがあって結婚に良いイメージを持っていないので私は結婚するつもりはなかった。恋愛なんて早すぎるし、そんなことが自分にできるかどうかも分からない。

 ファンヌとヨアキムくんは仲が良くて微笑ましいと思っているけれど、二人のようなずっと一緒にいて離れない関係に誰かとなれるかといえば疑問しかない。


「お祖父様は断ってくれるんだけど、おれにも見合いの話が来てて」


 そこまで言って、ダンくんははっと息を飲んだ。


「ごめんな、イデオンのお祖父様だもんな。おれがお祖父様って呼んでて嫌じゃないか?」

「全然。ダンくんがそう呼んでるのを聞いて安心するよ」

「そうか、良かった。お祖父様が、自分のことは『じいちゃん』って呼んでくれると嬉しいって言うんだけど、そういうわけにはいかないだろ?」


 貴族社会で生きるとすればダンくんも公の場では喋り方を考えないといけなくなる。無邪気にミカルくんのように「じいちゃん」と呼ぶわけにはいかないのだ。

 それを分かっているからこそダンくんはベルマン家の跡継ぎに相応しい気がする。


「お見合いの話、大丈夫なの?」

「全部断ってるけど、理由をつけておれに会おうとする貴族の御令嬢もいるみたいで、お祖父様が追い返してるのを見ちゃったんだ」


 話を元に戻すとダンくんは憂鬱そうな顔で用意されていた冷たい紅茶を一口飲んだ。グラスの中の氷がからんと軽い音を立てる。


「ダンくんもこれからは馬車で幼年学校に通わないといけないね」

「そうなるんだろうなぁ。貴族って大変なんだな」


 登下校の際に攫われたりしないようにダンくんも気をつけなければいけなくなる。ミカルくんが保育所に行くのも馬車で送り迎えがされるだろう。


「ミカルくんは保育所は続けるって?」

「ファンヌちゃんとヨアキムくんがいるし、エディトちゃんも入るんだろ? 行きたいって言ってるよ」


 貴族になって乳母が付いてご両親もかなり余裕が出て来たので、ミカルくんが無理をして保育所に通う必要はなくなった。それでもファンヌとヨアキムくんが通っていて、そのうちにエディトちゃんも通うからミカルくんは保育所に通い続けるようだった。


「良かった、ファンヌとヨアキムくんが喜ぶよ」


 嬉しい知らせをファンヌとヨアキムくんはミカルくんから聞いただろうか。後で一応伝えておこうと考えていると、ダンくんが顔を赤くしてこっちを見ていた。なんのことだろうと首を傾げると、声を潜めてぼそぼそと聞いてくる。


「イデオンは、キスとか、したことあるのか?」

「え? キス?」


 急になんの話だろう。

 お見合いの話からキスの話になっている。


「け、結婚したら、キスとか、するんだろ?」

「するんじゃないかな? 私はお兄ちゃんにおでこにキスしてもらったらよく眠れるよ」

「あぁ、イデオンはその程度だよなぁ」


 何か間違っただろうか。

 キスとはお兄ちゃんから額にしてもらうもので、寝る前にしてもらうと安心してぐっすり眠れるおまじないのようなものだった。小さい頃からお兄ちゃんは私が寝る前には額にキスをしてくれた。

 最近は大きくなったのでしてくれないけれど、キスの思い出といったらそれくらいだった。


「お見合いの話が来るから、おれもいつか結婚するのかなぁとか考えるじゃないか」

「ダンくんはお父さんやお母さんからキスしてもらわないの?」

「だーかーらー! そういうキスじゃないんだよ!」


 全然分からない。

 キスはキスではないのだろうか。

 首を捻っていると私は嫌なことを思い出した。

 お兄ちゃんに見られてしまったたった一度のキスのこと。


「ほっぺたに、キスされたこと……あった……」

「え!? 女の子から?」

「うん……すごく嫌だった」


 魅了の呪いをかけるためにコーレ・ニリアンの孫のヘッダさんが私のほっぺたにキスをした。その場面をお兄ちゃんはしっかりと見ていた。


「みりょうの呪いをかけられて、お兄ちゃんに言いたくないことをいっぱい言わされて、やりたくないことをさせられた……最悪だよ」

「それは嫌な思い出だな。悪い、ちょっと期待して聞いちゃった」

「ものすごく嫌だった……って、期待って、何?」


 嫌な思い出が頭の中に蘇って眉根を寄せた私にダンくんは「期待」と言った。キスは期待するようなものなのだろうか。


「結婚したらその相手とキスするんだろ? それで赤ちゃんができるんじゃないかっておれは思ってるんだ」

「赤ちゃんってキスでできるの!?」


 どうしよう。

 私はヘッダさんにほっぺたにキスをされてしまった。

 ヘッダさんに私の赤ちゃんができていて結婚を迫られたら私はどうすればいいのだろう。

 8歳と9歳の突飛な話を聞いていたお兄ちゃんがくすくすと笑いながら訂正してくれる。


「キスで赤ちゃんはできないよ」

「それじゃあ、どうやったらできるんだ?」

「それは……もうちょっと大きくなってから知った方がいいかな」


 お母さんのお腹に赤ちゃんのいるダンくんだからこそそういうことに興味津々なのだろう。私もカミラ先生のお腹に赤ちゃんがいた時期を知っているけれど、どうすれば赤ちゃんができるのか具体的な方法は考えたことがなかった。

 その後もずっと私はその方法を知らないままに育つのだが、それで特に問題はなかった。

 答えをもらえなかったダンくんは不満そうだったけれどお兄ちゃんを問い詰めるようなことはしなかった。

 隣りのヨアキムくんの部屋を覗くともう誰もいなくて子ども部屋に戻っていることが分かる。私とお兄ちゃんとダンくんも子ども部屋に戻るとファンヌがヨアキムくんとミカルくんとエディトちゃんを遊び用の小さな椅子に座らせて幼年学校ごっこをしていた。


「おれ、じがすこしよめるようになった……じゃない、なりました!」

「ミカルくん、けいごがじょうずですね。では、このじをよんでください」

「『み』です。あ、おれのおなまえのじだ!」


 ファンヌからヨアキムくんに受け継がれた大きな絵が描かれた文字の本を広げるファンヌは蜜柑のページを開いていた。


「せいかいです……あ、にぃさま、オリヴェルおにぃちゃん!」

「ミカルくん、じのれんしゅうしてるんだって。ぼく、もうおぼえたから、このごほんあげたらだめかな?」


 ファンヌが教科書にしている大きな絵の描かれた文字の本は、最初カミラ先生が持ってきてくれたものだった。それをファンヌが使って、次にヨアキムくんが使って、少しくたびれているが充分まだ使える。


「おやつのときに叔母上に聞いてみよう」

「きっと良いって言うと思うよ」


 お兄ちゃんと私が言うとミカルくんがファンヌとヨアキムくんに飛び付く。


「ありがとう! おれ、がんばってべんきょうする」

「いっしょにずかん、みようね」

「しょこには、いっぱいごほんがあるのよ」


 仲の良い三人を見ていると羨ましいのかエディトちゃんが近寄って両手を広げて一人ずつに抱き付いていく。

 夏休み明けにはエディトちゃんも保育所に通うことになる。ファンヌとヨアキムくんとミカルくんがいるから安心だが、問題はマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんだった。


「だー! ぶー!」


 よちよちと走って追いかけては抱き締めるダーちゃんとブーちゃんをエディトちゃんが置いて保育所に行くことができるのか。説得には時間がかかりそうだった。

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