15.ミカルくんとダンくんのその後
夏休みの最中、ダンくんは国王陛下の許可を得て正式にベルマン家の養子になった。そのときにミカルくんも幼年学校に入るときに一般の領民は魔力を測られるのだが、貴族は産まれたときに測られるので急遽調べてみたところ、とても強いわけではないが魔術の才能有りとしてベルマン家の養子に迎えられた。
ご両親は魔術の才能がなかったので養子に入ることはできなかったがお屋敷でダンくんとミカルくんと暮らせているようだ。
ガラスペンを取り出して私はお兄ちゃんから貰った便箋でダンくんにお手紙を書いた。ミカルくんの分はファンヌとヨアキムくんが書くと言ったので任せる。
初めて使うガラスペンに手が震えて字が歪んでしまったが、書いているうちに慣れて来た。星空を閉じ込めたようなガラスペンできらきら光る青の濃淡の出るインクで書いていると内容は「これからもルンダール家に遊びに来てください」などという8歳らしいものでも凄く高尚な気分になってくるから不思議だ。
ファンヌとヨアキムくんは綺麗な紙に絵を描いて「あそびにきてね。ファンヌとヨアキムくんがまってます」とシンプルに書いたお手紙を渡してくれた。それを折りたたんで私の便箋と一緒に封筒に入れるとお兄ちゃんがベルマン家に魔術で飛ばしてくれる。
魔術学校を卒業する年になっているお兄ちゃんは色んな魔術が使えるようになっていた。
「国王陛下がダンくんとミカルくんのこと許してくれて良かった」
「不正がない限りは国王陛下は大抵のことはお許しになるよ」
「私とファンヌがルンダール家の養子になるのも許してくださったもんね」
もう三年も前の話になるが、私とファンヌはルンダール家の養子になってお兄ちゃんとずっと一緒にいられる権利をいただいた。使用人になってでもお兄ちゃんと一緒にいたかったし、当時はベルマン家のことなど全く知らなかったから戻る選択肢もなく、絶対にルンダール家から離れたくなかったから養子にしてもらえた時には大喜びした。
「あのときに叔母上はベルマン家にも話を通したはずなんだ」
ケントがルンダール家を乗っ取りかけた負い目があったベルマン家は断る術もなかったし、そもそもボリスさん曰くケントを断罪してお兄ちゃんの地位を取り戻した私たちに会わせる顔もなかったという。
あれから三年経って私の親友のダンくんがベルマン家を継ぐ運びになりそうだった。縁というものは本当に不思議なものである。貴族になったダンくんとミカルくんとはルンダール領の当主の家の子どもとして一生付き合って行くことになる。
ダンくんならば安心だと打算込みで任せたのだが、ダンくんはベルマン家でどう過ごしているのだろう。
ダンくんとミカルくんが訪ねてきたのは小雨が降って湿度が上がって蒸し暑い日だった。薬草畑に水やりはしなくてもいいが夏場は雑草が良く伸びるし、害虫もたくさんいるので世話には行かなければいけない。レインコートを着てブーツを履いて薬草畑の世話をしているときにダンくんとミカルくんの来訪が告げられた。
「ウッドデッキで休んでてよ」
「いや、おれも手伝うよ」
「おれも!」
レインコートを着て来ているダンくんは薬草畑の世話を手伝ってくれて、ミカルくんはニワトリメロンの世話をしているファンヌとヨアキムくんのところに長靴で駆けて行った。
「ひよこになってるんだよ」
「もうあるきだしてるな」
「おおきくなるかしら」
そろそろネットをかけないと脱走する時期が近付いているかもしれない。ニワトリメロンの実はひよこになるまで育っていた。
晴れた日にネットをかけるとして作業を早めに終わらせて私たちはお屋敷に戻った。レインコートを脱ぐと蒸し暑かったのでびっしょりと汗をかいている。
「シャワー浴びて来るけど、ダンくんとミカルくんはどうする?」
「おれたちはいいよ」
「まってる」
レインコートを玄関のコート掛けに掛けて私とお兄ちゃんは時間短縮のために一緒にバスルームに入った。シャワーを浴びせてくれて洗ってくれるお兄ちゃんにお礼を言って、先に出て服を着る。お兄ちゃんも手早く洗ってバスルームに出て来た。
「イデオン、オリヴェル様と風呂に入ってるのか?」
「シャワーは別のことが多いけど、お風呂はときどき一緒に入ってるよ。頭がちゃんと洗えてないとくさいからね」
「そっか……いいなぁ、兄ちゃんがいるのって」
馬鹿にされるかと思ったけれどダンくんはそうではなく純粋に私にお兄ちゃんがいることを羨ましく思っているようだった。
「おれ、にいちゃんもいるし、おにいちゃんになるんだよ」
「赤ちゃん産まれたらミカルも兄ちゃんだもんな」
余程兄になるのが嬉しいらしいミカルくんはベルマン家に滞在しているときから何度もそのことを言っていた。
「畑仕事は使用人さんも手伝ってくれるようになって、母ちゃんはほとんど畑に出なくて良くなって、お屋敷でゆっくりできてるよ」
「おなかがはってたのが、らくになったっていってて、エレンさんもじゅんちょうですっていってたよ。じゅんちょうってなに?」
「赤ちゃんが元気に育ってることだって教えただろ」
ダンくんとミカルくんの兄弟のやり取りを聞いていると微笑ましくなってくる。ボリスさんも毎日こんなに賑やかで楽しく暮らせているのだろう。
「ベルマン家には書庫があって、管理人さんがいて、使用人さんも書庫の中では閲覧して良いことになってるんだけど、おれは借りても良いって言われて、勉強もかなり楽になった」
「とうちゃんとかあちゃんも、じかんがあるときにべんきょうしてる! おれも、じがちょっとよめるようになった」
余裕があるということはこういうことなのだと実感する。豊かでないとひとは勉強することもできない。勉強することによって効率のいい仕事の仕方や他のひととの交渉の仕方を学ぶのだが、それができていなかったダンくんのご両親は悪徳な金貸しに契約書がよく理解できないままお金を借りて苦労することになったし、マンドラゴラ品評会でも説明が読めなかったり登録書が書けなかったりしていた。
勉強が何の役に立つのかというひとたちもいるが、ダンくん一家を見ていると教育の大切さを痛感せずにはいられない。
「カミラ先生が言ってたんだ。領地を栄えさせることは、領民を育てること、教育をすることだって」
「さすがカミラ様だな」
「ミカルくんも魔術の才能があったから魔術学校に行けるね」
私が声をかけるとにゅっとファンヌとヨアキムくんとマンドラゴラのダーちゃんとブーちゃんを抱っこしたエディトちゃんが顔を出した。
「わたくしはまじゅつがっこうにいけるの?」
「ぼくもいけるのかな?」
「ファンヌとヨアキムくんは魔術学校に行けるよ。ミカルくんとは同級生になるね」
お兄ちゃんに説明してもらって飛び跳ねて喜んでいるファンヌとヨアキムくんに、エディトちゃんが涎を垂らしながら自分を指さしている。
「うっ! うっ!」
「エディトも魔術学校に行けるだろうけど……まだまだ先かな」
「よー、ふぁー?」
「ヨアキムくんとファンヌとは……ギリギリ一年被るんだっけ?」
指を折って計算しているお兄ちゃん。1歳のエディトちゃんと6歳のファンヌと5歳のヨアキムくんと5歳のミカルくん。幼年学校も魔術学校も六年間なのでファンヌとヨアキムくんとミカルくんが通っている間にエディトちゃんが入学することもあり得るわけだ。
「それより先に、まず、エディトは保育所かな」
「だー? ぶー?」
「保育所にダーちゃんとブーちゃんは連れて行けないよ」
「やぁ!」
言っていることがなんとなく分かるようになってきたエディトちゃんはお兄ちゃんと会話ができるようになっていた。小さい頃は気付いていなかったけれどお兄ちゃんは小さい子の断片的なよく分からない喋りでも一生懸命聞いて意味を汲み取ってくれようとする。
ダーちゃんとブーちゃんを抱っこして放さないエディトちゃんは絶対に二匹を保育所に連れて行くつもりで頭をぶんぶん振って嫌がっている。ダーちゃんとブーちゃんは抱き締められたままぐるぐると目を回していた。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。