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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
五章 幼年学校で勉強します!(三年生編)
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14.誰もが幸せになる方法があるとしたら

 驚いているダンくんのご両親とボリスさんに説明していく。


「ダンくんは魔術の才能があるので貴族の養子になれます。でもダンくん一人だけこのおやしきに引っ越してくるのはご両親も寂しいだろうし、ミカルくんはボリスさんをお祖父様のように思っているようなので、ダンくんの御一家全員がボリスさんとこのおやしきで暮らしたらどうでしょう?」


 ダンくんはベルマン家の跡継ぎになれる可能性がある。

 ミカルくんは魔術の才能があるかないか分からない状態だが、ないと発覚してもベルマン家にいれば高等教育は受けることができる。

 ダンくんのお母さんは赤ちゃんを安心して産めて、産んだ後も乳母をつけてもらって育てることができる。

 ダンくんのお父さんはこれまで借金で働きづくめで、教育を受ける時期にそういう状態ではなかったのをこれから取り戻していけるし、育児にも関われる時間ができる。

 何よりダンくんとミカルくんの望んでいる美味しい食事が三食出てきて、魔術で温度管理された広いお屋敷に住むことができる。

 ダンくん一家にとってはなにも悪いことはないはずだ。

 実の孫である私からこういう提案が出るのはボリスさんにとっては酷かもしれないが、ミカルくんはボリスさんを慕っているし、私はルンダール家から離れたくない気持ちがあった。


「貴族でもないおれが、跡継ぎになれるのか?」

「貴族の養子になって跡継ぎになる条件は、魔術師であること。つまり、魔術学校を卒業することですね。ダンくんにはその能力があると私は思います」


 突然の申し出に驚いているダンくんにカミラ先生が冷静に説明を添えてくれる。


「ボリスさんには家族が必要なのではないですか? ミカルくんはボリスさんをお祖父様のように思っていますし」


 私が出した条件でダンくん一家だけが得をするわけではない。長男は牢獄に入れられて次男は亡くなって失意のどん底で命を絶つことまで考えたボリスさん。お屋敷の主人を助けようと動いた使用人さんたちによってボリスさんは私とファンヌを訪ねて来た。

 ボリスさんに必要だったのは私でもファンヌでもなくて良かったのだ。孤独を埋めて共に生きられる相手だったのではないのだろうか。


「農家の出としてダンくんが貴族社会で嫌がらせにあいませんでしょうか」

「ルンダール領の当主はいずれオリヴェルになります。オリヴェルがイデオンくんの親友を軽んじると思いますか?」


 自分のことよりもダンくんを心配するボリスさんにはダンくんとミカルくんの祖父になる素養があると私には思えた。

 どうやらカミラ先生には私の思惑が通じているようで味方をしてくれる。カミラ先生の援助を得て私はダンくんに向き直る。

 ダンくんは緊張した面持ちで私を見つめていた。


「おれが養子になれば、母ちゃんも父ちゃんもミカルも、産まれてくる赤ちゃんも、助かるんだよな?」

「それだけじゃないよ。ルンダール領でもベルマン家は大貴族だから、そこの跡継ぎがダンくんっていうのは、お兄ちゃんがルンダール領の当主になったときに大きな助けになる」

「おれが、貴族としてオリヴェル様を助けられるのか?」

「今のルンダール領の貴族は全員が味方とは言いづらい状況なんだよ。その中にベルマン家の当主としてダンくんがいてくれると何よりも心強い」


 これは私の打算でもあった。

 ダンくんの一家とボリスさんだけが助かるのではない。

 今はまだビョルンさんの実家のサンドバリ家やデニースさんが治めるようになったニリアン家やその他少ししか本当に信頼できる貴族のいない状況ではお兄ちゃんがルンダール家の当主となったときに反乱が起きるかもしれない。そんなことを絶対に起こさないためにも今から根回しが必要だった。


「根回しの一環としても、ダンくんにはベルマン家の跡継ぎになって欲しいんだ」


 ルンダール家の子どもとしての打算を入れた全ての手を曝け出した私にダンくんは迷っていたがご両親の方を見る。日に焼けてくたびれた服を着て痩せたご両親。

 こくりとダンくんは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「ハムを、食べたんだ。新鮮な卵も、サラダも……。父ちゃんと母ちゃんにも食べさせたかった。毎日ご飯が食べられて、母ちゃんは安全に赤ちゃんが産めて、父ちゃんは仕事に追われずに育児と勉強ができるんだろ? 断る理由がないよな」

「ダン……貴族社会は楽じゃないと聞いているよ?」

「苦労するかもしれない。つらいことがあるかもしれない。私たちはただの農民だし」

「イデオンとオリヴェル様の助けになれるんだ。おれが貴族なんて信じられないけど」


 ダンくんの気持ちは決まったようだった。

 ミカルくんが目を輝かせてボリスさんの手を取る。


「ほんとうのじいちゃんになってくれるのか?」

「本当のお祖父ちゃんになってもいいのかな?」

「うん、いいよ!」


 元気よく答えたミカルくんにボリスさんの目から涙が零れた。


「どうか、ダンくんとミカルくんを私の養子に……ご両親もこの屋敷で暮らしてはくれませんか?」


 涙ながらに懇願するボリスさんから死の淵を覗かせた孤独が遠のいていく気配がするのが分かる。ミカルくんの手を確りと握って涙を流すボリスさんを見てダンくんのご両親も心を決めたようだった。


「準備期間をください。畑をどうするか決めないと」

「このお屋敷に住ませていただくことになっても畑仕事に通ってもいいですか?」


 農家として育てて来た薬草や畑は捨てられない。

 ダンくんのご両親の言葉を受けてボリスさんは畑の手入れをするひとを雇うことも考えるようだった。

 ベルマン家に滞在する五日間が終わる。

 私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんはルンダール家のお屋敷に戻るが、ダンくんの一家はこれからベルマン家のお屋敷に引っ越しの準備が始まっていた。

 ダンくんのお母さんに負担にならないように使用人さんたちが大量に動いて手伝っているのが見える。帰り際に私はケントの乳母だった使用人さんに呼び止められた。


「あれから旦那様はすっかり明るくなりました。うちに赤ん坊が産まれると喜んでおります。本当にありがとうございました」

「ボリスさんとダンくんの一家を結び付けたのはミカルくんです。私は手伝いをしただけです」

「乳母はどんなひとを雇うか、ベビーベッドや揺りかごはどんなものがいいか、調べていらっしゃるんですよ」


 語るケントの乳母だった使用人さんもボリスさんが明るくなって嬉しそうだ。本当にボリスさんはミカルくんとダンくん一家との暮らしと産まれてくる赤ちゃんのことを楽しみにしているようである。絶望の底にいたボリスさんに希望の光を見せたのはミカルくんとダンくんで、これから生まれて来る赤ちゃんが未来を見せるのかもしれない。

 振り返ってベルマン家の庭を見ていると引っ越しのお手伝いをしていたミカルくんがボリスさんの手を引いて庭を指し示していた。


「じいちゃん、ここをやくそうばたけにしたらどうかな?」

「良いかもしれないね」

「じいちゃんにやくそうのこと、いっぱいおしえてあげるよ」

「それは嬉しいな」


 本当の祖父と孫のように話し合っている二人を微笑ましく見守ってから私は馬車に乗り込んだ。

 馬車の中はむっとする暑さで汗がにじみ出る。


「イデオンはいい方法を思い付いたね」

「ミカルくんがボリスさんを『じいちゃん』って呼び始めたからだよ」

「ダンくんはこれで確実に魔術学校に入学できるし」

「そう。ルンダール家の援助なくても研究課程まで行けるかもしれない」


 ボリスさんが何歳なのかは分からないがオースルンドのお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様よりもずっと若いだろう。年を取っているひとの年齢が分からないのはその当時の私がまだ8歳なので仕方のないことだった。

 研究課程をダンくんが卒業するころもきっとボリスさんは元気でいてくれる。そうでなくても何かあったときのためにダンくんのお父さんは勉強を始めるし、赤ちゃんが産まれたらお母さんも勉強を始める。

 それまで勉強などしている余裕はなかったから勉強できることが二人ともとても嬉しそうだった。


「ミカルくん、ほいくしょにこなくなっちゃう?」

「きぞくになるから」


 ファンヌとヨアキムくんの関心はそのことにあるようだった。


「ファンヌもヨアキムくんも貴族だけど保育所に通ってるでしょ?」

「あ、そうか」

「でも、おやしきにこなくなるんじゃなくて?」


 確かにダンくんもこれからはルンダールのお屋敷に来なくても勉強ができるようになるだろうし、ミカルくんも来る必要はなくなる。とはいえ、来てはいけないわけではないのだから、来てくれるようにお誘いすればいいだけの話だ。


「ダンくんとミカルくんにお手紙書こうか?」

「あそびにきてくださいって?」

「わたくし、ファンヌとヨアキムくんがまってますってかくわ」


 お誕生日にお兄ちゃんから貰った綺麗な便箋が役に立つときが来そうだ。

 貴族になったからといってダンくんが何か変わるわけではないし、むしろ私とダンくんの友情は強くなるかもしれない。

 お屋敷に帰ったらファンヌとヨアキムくんと一緒にダンくんとミカルくんにお手紙を書こうと私は考えながら馬車に揺られていた。

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