13.コカトリスのバーベキュー
お屋敷に戻るとコカトリスが解体されて羽根と肉と骨と内臓になっていた。内臓はお肉を扱っているお店に売りに出すとして、大量の肉は厨房の魔術で冷やす冷蔵庫に入りきれない様子だった。
「残った肉はどうしましょう?」
「ルンダール家に持って帰ってくださって構いませんよ」
「ルンダール家でもこんなに食べきれませんね。どうでしょう、この庭でバーベキューをして近隣のひとたちを招くというのは」
オースルンド領にいる間、若い頃は何度もワイバーンやミノタウロスを捕まえて来ていたカミラ先生。そのたびにオースルンド領の領主の庭は開放されてバーベキューで肉が振舞われていたという。
それと同じことをボリスさんにもしたらいいと提案するのだがボリスさんの表情は明るくない。
「私はあのケントの父なのです。領民の信頼は地に落ちています」
「本当にそうでしょうか?」
使用人さんから命を絶たないように心配されて大事に思われているボリスさんが嫌われているとは思えない。自分は罪の意識に苛まれているのかもしれないが、ミカルくんを助けてくれてダンくんのお母さんのことを心配するボリスさんが私は悪いひとのようには思えなくなってきたのだ。
「おれが呼び込みする!」
「おれも、します」
ミカルくんとダンくんが手を上げるとびたんびたんと脚を鳴らしながらリンゴちゃんがそばに寄って来る。背中に乗れとばかりに屈んだリンゴちゃんに乗って勇ましくミカルくんとダンくんは出かけて行った。
「ベルマン家に恨みを抱くものがいるかもしれない……ダンくん、ミカルくん、気を付けて」
ミカルくんとダンくんを送り出すボリスさんの心配は杞憂だ。馬車に乗っている時ですらボリスさんに気付いた周辺の農家のひとはボリスさんに親し気に話しかけていた。それにしても短期間でボリスさんはミカルくんとダンくんをすっかり可愛く思っているようで見ていて私もにこにこしてしまう。
その間に切ったコカトリスの肉を炭火で焼いていく。お野菜も焼いて、食器もカミラ先生が使い捨てのものを用意してくれていた。
「コカトリスの肉をご相伴にあずかれるんですか?」
「本当によろしいんですか?」
珍しいコカトリスの肉が食べられるというダンくんとミカルくんの呼び込みに、集まって来る周辺の住民のひとたちはちょうどお昼時なのでお腹も空いているのだろう。網の上では鶏肉に似たコカトリスの肉がジュージューと音を立てて焼けて香ばしい匂いが漂っている。
使い捨てのお皿をもらって肉や野菜を乗せてもらい順番に周辺のひとたちがバーベキューに参加していく。
参加者がいないんじゃないかというボリスさんの考えとは逆で庭はすぐにひとで溢れた。
使用人さんたちが「やります」というのを断って、カミラ先生とビョルンさんが仲良くお肉や野菜を焼いてくれている。
遅れてやってきたのはダンくんのご両親だった。
「私たちもよろしいですか?」
「コカトリスの肉など食べたことがなくて」
「もちろんです。召し上がってください」
ダンくんのお母さんのためには椅子とテーブルを用意するボリスさんはにこにこと大歓迎のムードである。周辺のひとたちに声をかけて戻って来たミカルくんとダンくんも近くで焼けたコカトリスの肉や野菜をソースにつけて食べていた。
私とお兄ちゃんもお肉と野菜をもらう列に並ぶ。
「もう少し待ってくださいね」
「順番は守りますよ」
私がベルマン家の孫だからといって特別扱いせずにボリスさんはそのまま並ばせていた。ファンヌとヨアキムくんもお皿を持って並んでいる。
カミラ先生もビョルンさんも私とお兄ちゃんを特別扱いしたりしない。ここでは身分に関係なく誰もが平等だったし、コカトリスの肉は余るほどたくさんあった。
「わたくし、おやさいをきったのよ?」
「よー、キャベツあらってちぎったよ」
「キャベツは焼いてたっけ?」
「リンゴちゃんのキャベツ」
ファンヌは野菜を切ったこと、ヨアキムくんはリンゴちゃんのお昼のキャベツを洗って千切ったことを報告してくれた。
ヨアキムくんの足元では嬉しそうにリンゴちゃんがキャベツをバリバリと食べている。呼び込みの仕事をしたので新鮮なキャベツをもらえてリンゴちゃんは満足そうだった。
「カミラせんせいがね、なたでかっこよくさばいてたの」
「すごかったねー」
コカトリス解体の様子をファンヌとヨアキムくんが教えてくれる。
それもちょっと見たかったような気もするが、ドラゴンさんはまた懲りずに魔物を食材として持ってくることがあるだろう。今度は生きていないものをお願いしたいのだが、その気持ちが通じたかどうかは分からない。
焼いたコカトリスのお肉は表面がカリッとしていて、中はジューシーで鶏肉よりもずっと美味しくて私は何回もお代わりをした。お代わりをするたびに列に並ぶのだがその列もかなりの長さになっている。相当の人数の周辺の農家のひとたちがボリスさんのお屋敷に駆け付けたようだ。
コカトリスのお肉も甘く焼けたタマネギやピーマンやナスもとても美味しい。旬の野菜は焼かれても瑞々しく齧ると汁が滴った。
「コカトリス、美味しいね」
「うん、すごく美味しい」
お兄ちゃんと列に並んで私はお腹が苦しくなるまで食べてしまった。
お昼ご飯をバーベキューで済ませた私は帰ろうとするダンくんのご両親に声をかけていた。
「少し待ってくれませんか。お話したいことがあるんです」
「私たちにですか?」
「ダンとミカルがなにかしましたか?」
「多分、良い話だと思います」
何かあったのかと不安そうなご両親の気持ちを和らげつつ引き留めておいて、私はお肉や野菜を焼いてくれていたカミラ先生とビョルンさんにも声をかけた。
「カミラ先生、私、思い付いたことがあるんです。ボリスさんのお屋敷で聞いてくれませんか?」
「イデオンくんのお話なら何でも聞きますよ」
「お昼の休憩を長めにすると、カスパル様とブレンダ様に伝えましょう」
ビョルンさんが魔術具で通信してカスパルさんとブレンダさんにもう少し帰りが遅くなることを伝える。バーベキューの後片付けは使用人さんたちに頼んで、私はお兄ちゃんとヨアキムくんとファンヌとダンくんとミカルくんとボリスさんとカミラ先生とビョルンさんとダンくんのご両親とお屋敷に入った。
ボリスさんは応接室にお茶を用意してこの大人数が座れるように椅子を持って来させていた。
「狭い場所ですみません。暑くはないですか?」
「平気ですよ。ダンくんのお母様も平気ですか?」
「は、はい。体はビョルン様とエレンさんに診ていただいているおかげで調子は良いです」
涼しい風の通る魔術で冷やされた部屋で冷たい紅茶を飲む。グラスの中の氷は夏場には魔術でしか作ることができずダンくんやミカルくんやご両親には珍しいものだっただろう。からんと鳴る氷を勿体なさそうに見つめている。
「溶けて薄まってしまわないうちに飲んでください。お腹に赤ちゃんがいると特に暑いでしょう? 二人分ですからね」
冷えたアイスティーを飲みながらダンくんのご両親はどうしてここに呼ばれたかが分かっていないようだった。ボリスさんもこれから始まる話を想定してもいないだろう。
赤ちゃんを産む前にダンくんのお母さんは無理をしてはいけない。産んだ後も赤ちゃんを育てるので大変になる。助けが必要な領民はたくさんいるだろうがこれだけ条件の合うひとが身近にいるのに私はそれを逃すつもりはなかった。
「ダンくんには魔術の才能があります。将来は魔術学校に進学できるでしょう」
「それは私たちも聞いています」
「ルンダール家から援助を頂けるというのもありがたく思っています」
感謝するダンくんのご両親だが、今の言葉は二人に向かって言ったのではなかった。私が説明する相手はボリスさんであり、カミラ先生だった。
「ボリスさんがダンくんを、養子にもらうというのはどうでしょう?」
ボリスさんだけではなくダンくんのご両親も息を飲んだのが分かった。
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