12.ボリスさんとダンくんとミカルくん
カミラ先生の怒りは治まらずドラゴンさんはボリスさんに頭を下げて謝ることになった。
『庭を荒し、石化のブレスに晒し、誠に済まなかった』
「子どもたちも使用人も皆無事だったから良いですよ」
あっさりと許すボリスさんに少し心配になる。
自分が危険だったということを計算に入れていないボリスさんの心はまだ死に傾いているのではないだろうか。使用人さんたちもボリスさんを慕うからこそ長男が罪を犯して王都の牢に入れられて、次男が病気で亡くなってから必死にボリスさんが生きてくれる道を探したのだろう。
自分で生きようとしないひとを生かすことは難しいと後に知る知識だが、そのときの私もそれは肌で感じ取っていた。
ボリスさんのためにベルマン家に私とファンヌが戻ることは考えられないけれど、何か解決策はないものだろうか。
「じいちゃん、はたけしごと、したことあるか?」
「こら、ミカル、敬語を使え! すみません」
「いや、良いんだよ。私も普通に話そうね。畑仕事はしたことないな」
「そしたら、おれのうちのはたけ、みにきてよ」
すっかりとボリスさんに懐いてしまったミカルくんが誘っている。時間的には午前中で畑仕事の手伝いに行くには良い時間だった。
「私が行っても良いのかな?」
「うち、ひまわりだちょうがいるんだよ!」
黄色っぽいお目目をキラキラさせて語るミカルくんにボリスさんは行きたそうな雰囲気を醸し出している。
「コカトリスの処理はどうしよう、お兄ちゃん?」
「イデオンくん、私がやっておきますよ」
「すみません、カミラ先生」
「叔母上に甘えて行かせてもらおうかな」
コカトリスの解体を見たいファンヌとヨアキムくんは残って、ミカルくんとダンくんとボリスさんと私とお兄ちゃんでダンくんの家の薬草畑に行くことになった。作業着に着替えて馬車に乗るとミカルくんがボリスさんに教えている。
「あまりおひさまのひかりをあびると、からだがあつくなっちゃうし、あたまはとくによくないんだって」
「帽子を被らないといけないね」
「のどがかわくまえに、すいとうですいぶんほきゅうするんだよ」
自分が言われていることを繰り返しているだけなのだろうが可愛い光景に微笑んでしまう。貴族のボリスさんに敬語も使わないミカルくんにダンくんは慌てているようだが、ミカルくんは落ち着いたものだった。
畑で馬車を降りるとボリスさんの姿にダンくんのご両親が頭を下げる。
「ボリス様、視察でしょうか?」
「顔を上げられてください。ミカルくんに誘われて薬草畑を見に来させてもらいました」
「おれのかあちゃん、おなかにあかちゃんがいるんだよ! おれ、おにいちゃんになるの!」
「それはますます礼などしていてはいけない。体を楽にして」
慌ててボリスさんがダンくんのお母さんの心配をするのはハンスさんが産まれたときに奥さんが亡くなっているからだろう。出産は命がけだとボリスさんも分かっている。
向日葵駝鳥の柵にボリスさんを案内するミカルくんが小さな手でボリスさんの大きな手を握っている。私よりもずっと孫らしい光景にボリスさんも目を細めていた。
「こっち、こっち!」
「何を見せてくれるのかな?」
「すみません、弟が。もう、ミカル、ちゃんと敬語で喋ってくれよ」
慌てるダンくんとマイペースなミカルくん。ボリスさんはもう私もお兄ちゃんも視界に入っていないようにミカルくんとダンくんに連れられて楽しそうにしていた。
あれが命を絶とうとしていたひととは思えない。
最初に会ったときには暗く陰鬱としていたのに、ミカルくんとダンくんを見るボリスさんの目はとても優しかった。
向日葵駝鳥が怖がると逃げてしまうのでボリスさんを少し離してミカルくんとダンくんだけで柵の中に入って行く。子どもだとそれほど警戒しないのか逃げない向日葵駝鳥に水をあげるミカルくんとダンくんを見て、ボリスさんは手に汗を握っていた。
「あの子たちが蹴られないだろうか……」
「向日葵駝鳥に蹴られると痛いですからね」
私が過去の経験を思い出して呟くとボリスさんが明らかに狼狽している。それを他所に慣れた様子で水やりを終えてミカルくんとダンくんは戻って来た。
「しゅうかくもするんだよ」
「あ、害虫! ミカル、触るなよ!」
「うん、みてる!」
ミカルくんが見ている間にダンくんが手袋を取ってきて薬草についている害虫を取ってしまう。虫を摘まむ様子をボリスさんは目を丸くして見ていた。
「毒のある虫もいるんじゃないかい?」
「そういう虫もいるし、蛇も出ることがあるけど、鱗草のおかげで解毒できるから平気です」
コカトリスにボリスさんが石化のブレスを浴びせかけられたときにも応急処置として飲ませた鱗草をダンくんがポケットから小袋に入れた状態で取り出すと、ミカルくんも誇らしげにくしゃくしゃの小袋をポケットから取り出した。
鱗草が役に立っているのは私にとっても嬉しいことだ。
「二人のお母さんはお腹に赤ちゃんがいるのに、炎天下でこんな作業をしてるのかい?」
「かあちゃんははたらかないと、ごはんがたべられないから。じいちゃんちのごはん、おいしかったなぁ。かあちゃんにもたべさせたかった」
「ミカル! すみません……母に無理をさせたくなくてルンダールのおやしきに夏休みの間泊めてもらおうと思ってたら、ベルマン家に行くと言ったので、ついてきてしまいました」
正直に言うミカルくんとダンくんにボリスさんは難しい顔をしていた。
「栄養のあるものを食べた方がいいのに……コカトリスの肉を持って来れれば良かったね」
「おみやげにもっていけるかな?」
「包ませるよ」
私もお兄ちゃんも傍で畑仕事を手伝っていたのだが、ボリスさんの視界にはもうミカルくんとダンくんしか入っていない。本当の祖父と孫のようであまりに仲が良くて私は二人を見ながら呟いていた。
「お兄ちゃん、貴族の養子になる条件ってなんだったっけ?」
「養子に? 確か一定以上の魔術が使えることじゃなかったかな?」
それ以外では特に条件はないのはかつてこの国の貴族たちが魔術師が血統でしか引き継がれないことを知っていて、貴族ではない魔術師を自分の血統に積極的に入れて魔力を高めようとした歴史があるからだった。
跡継ぎになるには更に魔術学校を卒業していることが条件に加わるのだが、その件に関してはこれからでいいわけで。
私の中に浮かんだ一つの可能性を私は吟味することにした。
収穫や害虫駆除、栄養剤をあげるのを手伝ったボリスさんは良い汗をかいて昼ご飯までにお屋敷に戻った。
「あの奥さんはちゃんとお昼を食べてられるだろうか」
「かあちゃんはたべてるとおもうよ。じいちゃんのおやしきほどごうかじゃないけど」
「いつも野菜の薄いスープとパンだもんな」
「そんな食事で……しかも赤ん坊がいるのにあんな長時間暑い外に出て」
ダンくんのお母さんを心配してくれているからミカルくんだけでなくダンくんもボリスさんに懐いてしまうのは時間の問題だった。時々ダンくんも敬語が外れていることに自分では気づいていないだろう。
「母を心配してくれてありがとうございます」
「赤ん坊を産むのは大変なことだからね。私の妻は二人目の子を産んで死んでしまった」
「おれのかあちゃ……母も、ミカルを産むときに危なかったんです」
「そうなのか……ますます気をつけないと」
馬車の中ではボリスさんとダンくんの会話も弾んでいた。
揺れながら馬車が畑の間の道を通っていく。
「ボリス様ー! 今日の卵もよく産まれてますよー!」
「トマトが熟して食べどきです」
農家からはボリスさんに声がかかる。
「待っていてもらえますか?」
「行ってきてください」
馬車から降りて一人一人に対応して卵や野菜を買って来るボリスさんは周辺の領民に慕われているように見えた。このひとならば信頼できるのではないだろうか。
私は確信を深めていた。
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