10.ダンくんとミカルくんも一緒に
毎週末にはダンくんの家に畑仕事を手伝いに行ってダンくんのお母さんが少しでも休めるようにしているうちに日差しは日に日に強くなって、蝉の鳴きだす夏がやって来た。
ルンダール家の薬草畑もあるので毎日は手伝いに行けないが夏休みにはダンくんの家に手伝いに行く日を増やす計画を立てていた。
「ベルマン家のお屋敷からダンくんの家は近いよね」
「それだったら、ベルマン家に滞在している間は、ルンダール家の薬草畑は任せて、ダンくんの家の手伝いに毎日行こうか」
私が言えばすぐにお兄ちゃんは気付いて答えを返してくれる。こういう察しの良いところが私がお兄ちゃんに信頼を置いているところでもあった。小さい頃からお兄ちゃんは私の気持ちを汲んでくれていた。拙い言葉で上手く伝えられないことがあってもお兄ちゃんは一生懸命私の心を掬い上げてくれた。
ずっとお兄ちゃんにとって私は特別な存在だったし、私にとってもお兄ちゃんは特別な存在だった。兄弟としてずっとお互いがお互いを大事に思える関係でいたい。当時の私は無邪気にそう思っていた。
ベルマン家での滞在は五日間、カミラ先生とビョルンさんも、カスパルさんとブレンダさんも付いてこないことになっていた。子どもだけの方がボリスさんが何か企んでいるときには尻尾を出しやすいと考えたからだ。
私とお兄ちゃんを信頼してくれて、ファンヌと私には伝説の武器があるしヨアキムくんには呪いの力がある。いざというときにはドラゴンさんも呼べる。
危険なくすごせると安心して荷造りをしているとダンくんがミカルくんを連れてお屋敷を訪ねて来た。
「夏休みに入ったから一日中おれとミカルがいるだろ? 母ちゃんが休めないんじゃないかと思って、しばらくおやしきに泊めてもらえないかお願いに来たんだ」
「おれとにいちゃんがいるだけで、かあちゃん、こどもようのごはんをつくらなきゃいけないでしょ? ここからならはたけしごとにもかよえるし」
ダンくんとミカルくんが私たちを頼って来てくれてお屋敷には客間があるので泊まるのも構わなかったのだがタイミングが良くなかった。私たちはベルマン家に行く準備をしている途中だったのだ。
「実は私たちは今日からベルマン家にお泊りに行く約束をしているんだ」
「そうか……イデオンたちがいないと、迷惑かけちゃうだけだもんな」
「しかたがないね」
諦めて手を繋いで帰ろうとするダンくんとミカルくんを私は放っておくことができなかった。
お兄ちゃんは大きいが私とファンヌとヨアキムくんは子どもだ。それに子どもが二人増えたところでベルマン家はそこそこ大きな貴族の家なので困らないのではないだろうか。
「お兄ちゃん、ダンくんとミカルくんもベルマン家に泊っていいか聞いたらダメかな?」
「ダンくんとミカルくんに対する態度でも色んなことが見えてくるかもしれないね」
賛成してくれたお兄ちゃん。私はダンくんとミカルくんに向き直った。
「着替えは持ってきた? これから一緒にベルマン家に来てくれる?」
「え? ベルマン家ってあのベルマン家か?」
「こわくなぁい?」
ケント・ベルマンのことはルンダール領では知らない者はいない最悪の当主代理だったと名前が広まっている。その生家であるベルマン家となるとダンくんとミカルくんの反応も当然だった。
「ボリスさんっていう私のお祖父様が私を訪ねて来たんだ。私はそのひとが本当に信頼できるひとか見極めたい」
「そうか……おれたちただの農家の子どもに対してどんな態度を取るかもみたいんだな」
「ごめんね、利用するようなことをして」
「いいよ。おれもミカルも寝るところと飯があれば助かるし」
こうやってダンくんとミカルくんもベルマン家に行くことが決まった。急遽人数が増えたことはカミラ先生がベルマン家に魔術で伝令を飛ばして伝えてくれた。
馬車に乗り込んでベルマン家に向かうとリンゴちゃんが並走してくる。当然のようにベルマン家にも行くつもりのようだ。汗をかきながら窓から覗くミカルくんが目を輝かせている。
「リンゴちゃん、うまみたい」
「馬じゃないよ、ウサギだよ……馬みたいにデカいけど」
話すミカルくんとダンくんの額から汗が伝って膝に落ちる。魔術のかかっていない馬車の中は蒸し暑かった。
馬ほどではないがリンゴちゃんは仔馬くらいには大きくなっていた。それもこっそりマンドラゴラたちがときどき自分たちの葉っぱをあげているからだと私は知っている。マンドラゴラと仲が良いのは良いことだが、あまりにも大きくなりすぎるとリンゴちゃんがどうなるのか私も心配だ。足も伸びてウサギよりも細長いフォルムに変わってきているのも気になる。
「ベルマン家からだったら、家にすぐに通えるな」
「私もそう思って毎日行こうと思ってたんだ」
「イデオン、本当にありがとうな」
「ダンくんと産まれてくる赤ちゃんのためだもの」
エディトちゃんが生まれて来たときにあんなに感動したのだ、ダンくんは妹か弟が産まれたら物凄く可愛がるだろう。今ですらミカルくんのとてもいいお兄ちゃんなのだから。
産まれてくる赤ちゃんが無事であるようにダンくんのお母さんはできる限り休まなければいけない。子どもを預ける選択をしてくれたのも、私たちを信頼して頼ってくれているからだと嬉しくなる。
何よりダンくんがいてくれるのはまだ全貌の分からないベルマン家でも心強かった。
馬車が付くとボリスさんと使用人さんたちが玄関で待っていてくれた。荷物を持ってくれようとするが魔術で容量を増やした肩掛けバッグやポシェットだけの私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんは断って、ダンくんとミカルくんが恐る恐る大きなカバンを預けていた。
「ルンダール家のおやしきほどじゃないけどデカいなぁ」
「ダンくんはこのおやしきには来たことがないの?」
「近いから前を通ったことはあるけど入るのは初めてだよ」
部屋の中は涼しい風が通る魔術で冷やされていた。
客人用の部屋に通されて私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんで一部屋、ダンくんとミカルくんで一部屋お借りすることになった。部屋は広かったがベッドが三つしかないのでファンヌとヨアキムくんは一緒に眠ることになる。
「ふかふかのおふとん」
「おひさまのにおいがするわね」
ベッドに飛び込みながらファンヌとヨアキムくんは喜んでいる。私たちのために部屋は冷やしてあって布団もふかふかに干して準備していたようだった。
「イデオンくんとファンヌちゃんのお友達まで来てくれるなんて賑やかになって嬉しいですね」
大らかに笑っているボリスさんとお昼ご飯をご一緒する。豪勢な料理が出て来るかと思っていたら、サラダと焼いたハムとスクランブルエッグとパンのごく普通の料理だった。私たちにとっては普通でもダンくんとミカルくんにとってはそうではなかったらしい。
「おかずが三品もある!」
「ハムだよ! にいちゃん、たまごにハムがついてる!」
ハムはダンくんとミカルくんの家ではあまり食卓に上がらないようだ。加工肉は手がかかっているから高くて貴族ではない家庭にはあまり手に入らないとそのときに私は初めて知った。卵や鶏肉はある程度手に入るが、豚肉やその加工品はなかなか手に入らないようだった。
「お兄ちゃん、私たちが普段食べてるのは物凄く贅沢な食事だったりする?」
「すごく贅沢なわけじゃないけど、厨房の料理人さんの手間はかかっているよね」
お昼は軽くサンドイッチなどのこともあるが中身はハムやチーズや卵だし、時にはスープとサラダとメインディッシュとパンとデザートまで付くルンダール家は食糧事情については少しばかり贅沢なのかもしれない。
「その卵は近くのニワトリを飼っている農家から朝産んだものを買っています。とても新鮮で美味しいんですよ」
「産みたての卵ですか」
「サラダも農家から野菜を朝仕入れたものです」
鮮度に関しては拘りがあるようだった。言われた通り贅沢ではないがレタスはしゃきしゃきとしてプチトマトも瑞々しく口の中で弾け、卵は臭みも全然なくてとても美味しかった。
特にハムにはミカルくんとダンくんは感動していた。
「美味しいな、ハム」
「おいしかったね」
「お代わりを用意させますか?」
「いいんですか!?」
「ほしい!」
幸せそうな兄弟の様子に私もお兄ちゃんもほっこりとしていた。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。