7.事後報告とベルマン家潜入計画
帰りの馬車はお兄ちゃんとカスパルさんと私の三人だけだった。窓の外を見ながらダンくんの家庭問題がどうにかなったことに安心していたらカスパルさんが窓から見えるお屋敷を指さした。
「あそこがベルマン家じゃなかったかな」
ベルマン家。
憎き私の父親の生家であり、最近私とファンヌを迎えに来た祖父のボリスさんの住んでいるお屋敷でもある。
ルンダール領はルンダール家というこの国でも四つしかない公爵家の領地だ。広大な領地を持つルンダール家はそれだけでは領地を治めることができないので他の貴族たちがルンダール家の指示の元で分割された領地を治めている。ベルマン家はダンくんの家の近くにお屋敷があるということはダンくんの家はベルマン家の統治下にあるのだろう。そのベルマン家も結局はルンダール家の統治下にあるのだからダンくんがルンダールの領民だということには変わりはないのだが、私の親友の畑から税金を取って私たちのルンダール家に納めているのがベルマン家だと考えると少し不思議な気がした。
「ベルマン家は悪徳な金貸しを野放しにしていたということですか?」
「それについてはルンダール領全体の問題でもあるかな。ルンダールの前の当主代理が法律を無茶苦茶にしてしまったからね」
信用がならないと思っていた気持ちが吹き出してしまったが、もとはと言えば私の父の問題だった。お兄ちゃんに言われて俯く私をお兄ちゃんが抱き寄せてくれる。
馬車の窓から差し込む夕日が私とお兄ちゃんを照らしていた。
「誰を信じたら良いのか分からない」
ボリスさんは良いひとだという噂は流れて来るけれど、それならば何故自分の息子である私の父を止めてくれなかったのだろう。当主代理となった父に何も言えなくなったとしても、父が捕まった後ですぐに私とファンヌに会いに行くことだってできたはずなのだ。
信じて良いのか分からない思いに胸がぐるぐるとして混乱しているうちに馬車はルンダール家のお屋敷に着いていた。気分を入れ替えてカミラ先生とビョルンさんにダンくんの話をしなければいけない。
ちょうど夕食の時間で食卓に着くと私はダンくんから聞いた話を始める。
「ダンくんのお母さんに赤ちゃんができたそうです」
「まぁ、それはおめでたいですね」
「ダンくんのお母さんはミカルくんを産んだときに命があぶなかったので今度もそうかもしれないと恐れていて、ダンくんとミカルくんのために赤ちゃんをあきらめようとしていました」
「そんなことはよくありません」
「ダンくんが説得して、お兄ちゃんと私も話をして納得してもらったのですが」
ここからが話の本題だった。
私もお兄ちゃんもカミラ先生とビョルンさんに許可を取らずにルンダール家がダンくんの家を全面的に支援すると言ってしまったのだ。
「ダンくんに魔術学校に行くお金もルンダール家で援助するし、お母さんの診察もビョルンさんが引き受けてくれると言ってしまいました。勝手にごめんなさい!」
私がしていい約束ではなかったかもしれないけれど、そう言わなければダンくんのご両親は赤ちゃんを諦めてしまったかもしれない。そう考えるとどうしても言わずにはいられなかった台詞だった。
「よく言ってくれました。もちろん、イデオンくんの学友のダンくんは援助するつもりでしたよ」
「イデオンくんが大事に思っているお友達のお母さんですから、喜んで診察に行かせてもらいます」
「私たちを信じてくれて、頼ってくれてありがとうございます」
お礼を言われてしまって私は目頭がじんと熱くなるのが分かった。涙が出てきそうになって俯く私をエディトちゃんが手を伸ばして撫でてくれる。手づかみでご飯を食べていたのでその手は汚れてねっちょりと食べ物が髪についたが、エディトちゃんの気持ちはとても嬉しかった。
「こういうときに頼ってもらえるのは親代わりとして光栄ですね」
「叔母上とビョルンさんならそう言ってくれると思っていました」
「オリヴェルも頼ってくれて嬉しいですよ」
17歳になってもお兄ちゃんはカミラ先生にとっては可愛い甥っ子のようだった。安心して胸を撫で下ろす私の髪をお兄ちゃんが膝に乗せていたナプキンで拭いてくれる。
食事が終わると興味津々のヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんが私を取り囲んだ。
「あかちゃんがうまれるの?」
「ミカルくん、おにぃちゃんになるの?」
「そうみたいだよ。無事に生まれてくれるといいけど」
「ねぇ?」
「あ、そうだね! エディトちゃん、ミカルくんのところに赤ちゃんが産まれたらお姉ちゃんか!」
エディトちゃんにとっては自分より小さな子が初めて産まれることになる。きっと診察にダンくんのお母さんは通って来るし赤ちゃんとエディトちゃんが顔を会わせることもあるはずだ。
よくは知らないけれどダンくんのご両親と私の両親は同じ年くらいだろうか。もしあのまま暮らしていたら私とファンヌにも弟や妹が産まれていたのだろうか。産まれてきた弟や妹をあの両親が可愛がるとも思えず、それくらいならあの二人には二度と子どもが出来なければいいのにと考えずにはいられない。
「ファンヌ、ボリスさんについてどう思う?」
「だれだったかしら?」
「ベルマン家のお祖父様だよ」
「おじいさま……あぁ、あのひとね。よくわからないわ」
同じ血を引くファンヌに聞いてみても答えは非常にドライなものだった。
「わたくし、ルンダールけのこどもだもの。そうじゃないと、ヨアキムくんといっしょにくらせないし、オリヴェルおにぃちゃんとも、にぃさまともいっしょにくらせないわ」
結局はそういうことなのだ。
ファンヌの言っていることは私の意見とほぼ同じだ。私もお兄ちゃんやヨアキムくんと離れてファンヌと一緒にベルマン家に行くことは考えられない。
カミラ先生もビョルンさんも優しくしてくれるしルンダールの暮らしになんの不満もないのだが、それでもほんの少しだけ私はあの両親から生まれたのだという罪悪感があった。当主代理として9年間に渡ってルンダール領の領民を苦しめ、他の貴族に顔を売ることしか考えていなくて、酒と煙草にふけり、夜ごとパーティーを渡り歩いて子どものことなど顧みなかった両親。挙句の果てにはお兄ちゃんを不治の病と言いふらして死んでも構わないと下町に捨てて、死んだことにしてしまった。
もう三年も経つのだが私はあの日を忘れていない。
お兄ちゃんを捨てた両親。アンネリ様を亡き者にした両親を許していない。
その憎しみはまた自分にも向かっていた。
私はあの両親から生まれたことから一生逃れることはできないのだ。
誰かが私を両親のことで断罪しようとしに来たら、それは甘んじて受ける気でいる。ファンヌは小さかったから分からなくても仕方がないが、私はあのときにはっきりと自分の意志があったと思っていた。
後から考えると産まれる前にアンネリ様の毒殺は行われていたのだし、自分の意志があったと言えると考えていた頃にはまだ5歳だったので、8歳の子どもの愚かな考えなのだが、その当時の私はすっかりと思い込んでいた。
「ベルマン家のボリスさんが本当にいいひとなら……」
誰にも聞こえないように布団の中で呟いた言葉を隣りのベッドのお兄ちゃんは聞いていた。
「いいひとなら、どうするの?」
「分かんない」
ベルマン家に私が戻った方がいいのか、それともルンダール家にいて良いのか、本当にそのときの私には分からなかった。
「調べてみる?」
「何を? どうやって?」
「夏休みに僕とイデオンとファンヌとヨアキムくんでベルマン家に泊ってみようか」
それはボリスさんを試す行為であって、ベルマン家の内情を探る行為でもあった。ベルマン家の使用人さんたちからも色んな話が聞けるかもしれない。
何よりお兄ちゃんがついてきてくれるというのが私には心強かった。
「やってみようかな」
「何かあったら僕がイデオンを守るよ」
大丈夫。
額にお休みのキスをしてくれるお兄ちゃんに、安心して私は眠りに落ちて行った。
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