未来の夢 side.オリヴェル
リクエストいただいたオリヴェルが領主になった頃のお話です。
オリヴェル視点です。
夢落ちです。
長めに伸ばして横で括られた薄茶色の髪、丸くて可愛らしい薄茶色の目、頬にちょっと丸さの残る少年らしい顔立ち。
僕の目の前に現れたのが僕のイデオンではないことは明白だった。
僕は冬の誕生日で17歳になって、イデオンはその後の春の進級直前の誕生日で8歳になったばかりだった。それがこんなに背も伸びて華奢ながらも手足のすらりとした細身の美少年になっているはずがない。
背の高さはそれほど高くないが、目の前のイデオンは8歳の面影を残したままで15歳の少年の雰囲気を持っていた。
「お兄ちゃん……私より二つ年上の?」
「うん、そうみたい。空間が捩じれたのかもしれないけど、僕は未来に来てるみたいだね」
廊下で出会ってすぐに僕のことに気付いてくれたイデオンは、僕を執務室に連れて来てくれた。ちょうど未来の僕が席を外している間だった。
「実は、さっきまで8歳の私が来ていたんですよ」
「え? 8歳のイデオンも?」
「やっと帰れたと思ったら、お兄ちゃんが現れて」
どうやら僕とイデオンはすれ違ってしまったようだ。
一緒に未来に来てしまったのならば少しは心強かったのに。
いつでも一緒にいるからいない方が不安になってしまう。僕が臆病で小心者なのをイデオンだけは知っているはずだった。
話していると執務室の扉が開く。
「イデオン、今度はどうしたの? そのひと……僕?」
想像はしていたけれど、イデオンが15歳ということは僕は24歳か25歳になっているというわけで、今よりも胸に厚みが増して肩幅もがっしりとした大人の男になっていた。
実のところ男臭い自分の姿があまり好きではないのだが、僕はイデオンみたいに華奢で可愛くありたいとか思う間もなくこの身長と体格に育ってしまった。それが更に逞しくなるなんて直視できない。
未来の僕の方も自分が「熊のよう」とカスパル叔父上とブレンダ叔母上に言われていた父上にそっくりに育っていることを自覚しているはずなので、目が合わないのは仕方がないと思っているようだった。
「僕のイデオンがここに来ていたんですか?」
「ここにいるのは僕のイデオンだけど、小さなイデオンがさっきまで来ていておやつを食べようと思ったら消えてしまったのは確かだよ」
8歳のイデオンがいた空間をそのまま残すように執務室のデスクに椅子が寄せられていて、デスクの上にはまだ手の付けられていないアップルパイと、飲みかけのミルクティーのカップが置いてあった。
青い薔薇のカップは15歳のイデオンが使ったのだろう、8歳のイデオンが使っていたのは客用の菫柄のカップだった。
未来の僕はいつも叔母上が座っている執務室のデスクの椅子に腰掛けて、手元に書類を引き寄せた。こちらを見ないのは、未来の僕も過去の僕が自分よりは体格が出来上がっていないのを見たくないせいだろう。
イデオンのこともファンヌのこともヨアキムくんのことも可愛いと思うけれど、僕が自分をあまり好きになれないことを知っているのは、多分自分だけなのだ。
「おやつの片付けをしてきたんだけど、アップルパイ、君のイデオンが食べなかったから、食べたら?」
「お兄ちゃんが私と年が近いなんて……お兄ちゃんもこんなに可愛かったんですね」
「僕のイデオン、お茶を過去の僕にお出しして」
どことなく未来の僕の態度が僕に対して刺々しい理由はよく分かっていた。
例え自分であろうとも、可愛いイデオンが興味を持つのが面白くないのだろう。それだけ未来の僕にとっても、イデオンは特別な存在だということは変わっていなかった。
未来のイデオンが8歳のイデオンの使っていたティーカップを片付けてお茶を淹れに部屋を出て行くと、椅子に座った僕に未来の僕が詰め寄った。
「未来を知るのはいけないから、この部屋から出すことはできないけど、僕のイデオンに妙なことをしないでよね」
「妙なことって、何を考えているんだか。僕は僕のイデオンが一番可愛いから、君のイデオンには興味ないよ」
ちょっとだけ嘘を吐いた。
8歳の可愛いイデオンが七年間のときを経てあんな美少年になるのならば、話してみたいし、どう育ったのかも聞きたい。けれど、過去から来た僕が未来を知ってしまうと未来を変えかねないから、ここは我慢をしなければいけなかった。
菫の柄のカップを持って未来のイデオンが戻ってくる。8歳のイデオンと全く違う少年の手が僕にカップを渡す。
「お兄ちゃん、ミルクティーにしたけど良かった?」
「うん、ありがとう、イデオン」
「その子は、僕のイデオンだからね」
「もう、お兄ちゃんったら」
「僕の」と見分けるために言っているようだけれど、独占欲が透けて見えるようで少しおかしい。24歳か25歳になっても僕はこんなにもイデオンが特別で夢中なのだ。
未来のイデオンはそのことを知っているのだろうか。
僕にとって、イデオンがどれだけ大切な存在かを。
「イデオンには恋人も婚約者もいないの?」
「それは、教えられない」
未来のイデオンが答える前に、未来の僕に遮られてしまった。
こういう情報も駄目なようだ。
未来のイデオンと接触しようとするとことごとく遮られてしまうから、おやつを食べることに集中する。
さくりとアップルパイにフォークを入れて切り取り、口に運ぶ。シナモンの香りとバターの香る生地に歯ごたえの残る煮たリンゴ。相変わらずルンダール家の厨房は優秀なようだ。
「嫉妬深いお兄ちゃんで大変だね」
「それを僕が言う?」
「僕しか言えないでしょう」
ちょっとだけ仕返しに未来の僕をからかうとしかめっ面をされる。
「お兄ちゃん同士で、なんか、おかしいね」
「君のお兄ちゃんは大人気ないよね」
「僕のイデオンに変なことを吹き込まないでよね」
くすくすと笑う未来のイデオンに話しかけると威嚇されてしまった。年が近いし、同じ自分だから警戒しているのかもしれない。
領主になってもイデオンはきっと僕のそばにいてくれる。それが確認できたようで安心して僕は過去に帰る準備をした。
「アップルパイご馳走様。君のイデオンを大切に」
「言われなくてもわかってるよ」
「今日のお兄ちゃんは変だよ」
お皿とカップを重ねて返して、僕はイデオンを呼んだ。
「イデオン、僕のイデオン。僕を呼んで」
呼びかければきっとイデオンは応えてくれる。
目を閉じて開けたときには、僕は自室のベッドの上にいた。起きて伸びをしてイデオンの顔を覗き込むと、眠ったままで泣きそうな顔をしている。
「イデオン? 悲しい夢を見てるの?」
「おにい、ちゃん……けっこん……」
これは僕に対する問いかけではないと直感が告げていた。
執務室の二人は過去のイデオンがやってきた後だと言っていたが、眠っている間に同じ夢を見ていたのかもしれない。
それならばあれは未来の予知夢なのだろうか。
「あれ? 夢?」
「イデオン、泣きそうな顔してたから起こしたんだけど……」
「お兄ちゃん!」
起き出したイデオンが僕に飛び付いてくる。15歳のイデオンも愛らしく育っていたけれど、やっぱりこのイデオンが僕のイデオンだと実感する。
「夢を見たんだ」
「へぇ、どんな?」
「んー、秘密」
教えてもらえなかった夢の内容を、僕は知っている気がしていた。
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