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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
番外編 未来の夢
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未来の夢 side.イデオン

リクエストいただいた領主になったオリヴェルとイデオンのお話です。

夢落ちですが。

 気が付いたらぽつんとルンダール家のお屋敷の廊下に立っていた。

 生まれたときから過ごしているよく知っているお屋敷のはずなのに、何かよく分からない違和感が私を包み込む。空気が違うとでもいうのか。

 きょろきょろと周囲を見回しながら自分の部屋を覗くと、お兄ちゃんも誰もいなかった。まだ帰って来ていないのかと思って執務室の扉をノックすると中からお兄ちゃんの声が聞こえる。


「誰かな?」

「お兄ちゃん、イデオンだよ。ここにいたんだ」

「え?」


 扉を開けた瞬間、違和感の正体を私は知った。

 目の前にいるお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんであって、私のお兄ちゃんではなかった。髪の毛は私が知っているように前髪を撫で付けて額と青い目を露わにしているが、顔立ちも体付きも私が知っている17歳のお兄ちゃんとは全く違う。

 胸板も厚くて腕もがっしりとしていて、肩幅もしっかりしていて、明らかに大人の男性だった。

 お兄ちゃんの方も私を見て驚いている。


「イデオン……イデオンだよね? どうしちゃったの、そんなに小さくなって」

「私は、小さくなっちゃったの?」

「僕のイデオンは15歳のはずなんだけど」

「私、8歳になったばかり……」


 違和感はあったがまさか七年後の世界に自分がいるなんて、私は到底信じられなかった。驚きと恐怖で涙が滲んでくる。


「ふぇ……わ、私のお兄ちゃんは? 私は、帰れるの?」

「イデオン、落ち着いて。あぁ、こんなに小さかったんだ」


 普段はカミラ先生が座っている執務室の椅子に座っていたお兄ちゃんが立ち上がって私を抱き上げて抱き締めてくれる。お兄ちゃんには違いないのに、大人になったお兄ちゃんは私のお兄ちゃんではないことがはっきりと分かって、混乱して涙が止まらない。


「お兄ちゃん、ただいま……って、え?」

「イデオン、すぐに扉を閉めて。ファンヌやヨアキムくんに知られたら大変なことになる」

「あ、はい」


 気軽に声をかけて戻って来た私ではない私が執務室の扉を閉める。15歳の私は背はそれほど高くないけれど細身で、ファンヌとよく似たまだ幼さの抜けない顔立ちをしていた。癖のある薄茶色の髪は長めに伸ばして横で括っている。


「どういうことなの? 私が二人いるって。お兄ちゃん、魔術で動く人形でも買ったの?」

「違うよ。よく分からないけど、小さなイデオンが過去から迷い込んで来てしまったみたいなんだよ」

「過去の私……こんなに小さかったんだ」


 ショック!

 小さいことを気にしているのは自分でも分かっているはずなのに、15歳の私の酷い言葉に私はショックを受ける。


「小さくて可愛い身体、薄茶色の髪、薄茶色の大きなお目目……間違いなく8歳のイデオンだ」

「私ってこんなだったんだ……」


 15歳の私は私で、自分が小さいことにショックを受けているようだった。

 大きくはならないと思ってはいたけれど、現実を突き付けられるとつらい。


「イデオン、僕とイデオンは……ややこしいな、僕と僕のイデオンは仕事があるから、小さいイデオンはしばらくこの部屋で大人しくしておいてくれる? 僕のイデオン、小さいイデオンにお茶とお菓子を用意してあげて」

「お、お兄ちゃんったら、『僕の』なんて、言っちゃって」

「分かりやすさのためだよ」


 照れ臭そうにしながら15歳の私は執務室から出て、私のためにお茶とお菓子を準備しに行ってくれた。用意された椅子に座って執務室の端っこでお兄ちゃんを見つめる。

 書類に目を通して書き加え、サインをして、次の書類に向かうお兄ちゃんは立派な領主様の顔をしていた。真剣な眼差しに私はお兄ちゃんに見惚れてしまう。


「小さい私、お茶とお菓子をどうぞ」

「ありがとう、おおき……くないね、私」

「気にしてるから言わないで」


 15歳だからまだ成長途中なのだが、お兄ちゃんはこの年の頃には大人よりも大きかったことを思うとどうしても15歳の私を小さいとしか思えない私がいた。お兄ちゃんが基準だからいけないのだと分かっているが、私にとってはお兄ちゃんが一番身近な男のひとで、15歳の私はそれに比べるとあまりにも華奢だった。

 お茶を受け取ると、15歳の私はお兄ちゃんにもお茶を差し出す。


「根詰めすぎないでよ」

「明日は叔母上が来てくれるから、できるだけ書類を仕上げて見てもらわないと」


 私が15歳なのだから24歳か25歳のお兄ちゃんは領主様になってからまだ2年ほどしか経っていないのだろう。必死で頑張っている様子が見えて私はお兄ちゃんを尊敬する。


「カミラ先生はまだ助けてくれてるの?」

「ときどきルンダールに来て、僕の仕事を見てくれているよ」

「オースルンドのお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様はご健在?」

「そうだね。小さいイデオンが過去から来たなら、あまり未来のことは知らない方がいいかもしれない」


 そう言われて私は紅茶のカップを持つ手に力を入れた。


「どうして?」

「未来を知ってしまったら、未来を変えるようなことをしてしまうかもしれないでしょう」

「そっか……それで、ファンヌとヨアキムくんには会わせてもらえなかったのか」


 私が15歳ならファンヌは12歳、ヨアキムくんは11歳か12歳。どんな子に育ったか見てみたかったけれど無理なようだ。


「イデオン……あ、僕のイデオンの方ね。ここ、見てくれる?」

「農家からの害虫の被害か……数年ごとにあるよね」

「駆除薬の開発チームが今年こそは開発してくれるといいんだけど」


 椅子に座ってミルクティーを飲みながら見ていることしかできないが、15歳の私はお兄ちゃんの役に立っているようだ。魔術学校から帰ってくるとすぐにお兄ちゃんの執務室に来て仕事を手伝っている。

 私もこんな風になれるのだろうか。

 尊敬の念を持って見ていると、15歳の私と目が合う。


「お兄ちゃん、おやつも今日はここで食べるって言っておくね」

「うん、ありがとう、僕のイデオン。僕のイデオンもここで食べると良いよ」


 おやつの時間が近付いてきているようだ。先にお菓子をもらっていた私にもさっくりと焼けたアップルパイが持って来られる。執務室のデスクを片付けて、お兄ちゃんが伸びをした。


「手を洗って来るよ。インクのせいで、ほら」


 手を見せるお兄ちゃんは小指の付け根から手首あたりまでがインクで汚れていた。手を洗いにお兄ちゃんが行っている間に、私と15歳の私は二人きりになってしまう。


「お兄ちゃんは、立派な領主様なんだね」

「まだ若いから未熟なところはあるけど、評価されてるよ」

「お兄ちゃんは……」


 聞きたいことが喉に詰まって言葉が出てこない。


「結婚……」


 しているのか、していないのか。

 貴族で24歳や25歳と言えば結婚していておかしくない年齢だった。


「教えたってお兄ちゃんには内緒だよ。してない」


 悪戯っぽく微笑んだ15歳の私の答えに私の心が浮き上がる。

 お兄ちゃんは結婚していない。

 そのことがなんでこんなに嬉しいのか分からないけれど、嬉しくて堪らない。

 帰って来たお兄ちゃんとアップルパイを食べようとしたところで視界が歪んだ。


「小さいイデオン?」


――イデオン?


 お兄ちゃんの声が二つ聞こえる。

 そのどちらが私のお兄ちゃんの声か私にははっきりと分かっていた。


「お兄ちゃん!」


 声を上げた瞬間、目が覚めた。


「あれ? 夢?」

「イデオン、泣きそうな顔してたから起こしたんだけど……」

「お兄ちゃん!」


 結婚の話をしようとして泣きそうになっていた私は寝ている間も顔に出ていたらしい。


「夢を見たんだ」

「へぇ、どんな?」


 お兄ちゃんに聞かれて私ははっとする。

 私とお兄ちゃんは同じ夢を見た場合は、未来予知になるかもしれないのだ。

 あの夢が本当か、どうなのか、お兄ちゃんに聞きたいけれど、ただの夢だったらがっかりしてしまうかもしれない。

 私は曖昧に笑って誤魔化した。

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