41.次の一年に向けて
短い冬休みが終わると幼年学校と魔術学校と保育所がまた始まる。
年末の進級試験でお兄ちゃんは合格していたようなので残りの期間は早く帰れる日が多いと聞いて私は毎日お兄ちゃんが移転の魔術で迎えに来てくれるのだと大喜びしていた。
胸にはみんなお揃いの私が作ったミニ薔薇と鱗草のブローチをつけてくれているのが嬉しい。
冬が過ぎて春先になってくると薬草畑の開墾が始まる。私もスコップを持って土を掘り返して畝を作るのを手伝うことができるようになっていた。毎朝幼年学校の前に早起きして薬草畑のお世話をしているせいか力も付いてきた気がする。
ハチドリイチゴを育てていた場所に今年は何を植えるかも考えなければいけなかった。
「ハチドリイチゴは養蜂家さんの手も借りないといけないし、小屋も作らないといけないから、どこの農家でも気軽に手を出せる植物ではなかったね」
「次はなにがいいのかな?」
土を掘り返しながらお兄ちゃんと話していると、ヨアキムくんがファンヌと小さなスコップで果敢に土に挑みながら聞いてくる。
「あのこや、こわしちゃうの?」
「植えるものによっては壊さないといけないかもしれないね」
「リンゴちゃん、くだものすきだよ。くだものはだめ?」
リンゴちゃん大好きなヨアキムくんに果物と言われて私とお兄ちゃんは顔を見合わせる。ハチドリイチゴは低い位置になる果物だが果物のほとんどが木で成るイメージが強い。ベリー系ならば違うのだろうが、と思いかけて私ははたと気付いた。
「お兄ちゃん、メロン、食べたことある?」
「メロン……おやつに出て来たっけ?」
「メロンゼリーは食べたことあるけど、メロンそのものを私、見たことない気がする」
スイカ猫はお兄ちゃんがこっそり育てていたので見たことはあるがメロンは私にはあまり馴染みのない果物だった。スイカと同じで低い位置に育つというのは図鑑で見て知っている。
「メロンか……良いかもしれないね」
リンゴちゃんのために果物を育てたいというヨアキムくんの考えと、木で成らずに一年で収穫できる果物ということでメロンは最適な気がしていた。
開墾作業を終えて植え付けは明日にして部屋に戻ってシャワーを浴びると、学校に行くまでの間図鑑を広げて調べる。
「ニワトリメロン!?」
「育つまでは足が蔓に繋がってるけど、育ったら蔓を切って羽ばたくんだって。飛べないけど、飛び上がることはできるって」
「赤い色のかにくで、みずみずしく、水分ほきゅうにもてきしていて、夏のねっちゅうしょうたいさくによく使われる……ねっちゅうしょうだよ!」
ルンダール領の夏は暑さが厳しい。そのために魔術のかかった道具を買えなくて部屋を涼しくできなかったり、農作業の際に涼しくできなかったりすると熱中症になってしまう患者が多いのだ。
去年はそれを心配してフレヤちゃんとダンくんとミカルくんに魔術のかかった帽子や水筒をあげたのだった。
一時的に暑さを和らげて体温を下げる効果もあるというニワトリメロンは熱中症に悩まされるルンダールのひとたちを救うのではないだろうか。
「これにしよう」
お兄ちゃんと私の意見は一致した。
幼年学校に登校するとフレヤちゃんとダンくんが何か話している。私が「おはよう」と声をかけると話をやめて私の方を見た。
「そのブローチはイデオンが作ったのか?」
「そうだよ。ビョルンさんにきょうりょくしてもらったんだ」
「そうか……」
「その線はなくなったわね」
あ、分かった。
ダンくんとフレヤちゃんは私のお誕生日お祝いを考えてくれているのだ。去年貰ったラペルピンはブローチ代わりに使っていたけれど、ヨアキムくんの呪いを防いでくれて本当に助かった。
こういうときは知らないふりをするのがいいのだろう。
そういえば春休みも近付いて私の誕生日も近くなっていた。
「私が8さいになっても、ダンくんとフレヤちゃんはすぐに9さいになっておいこしちゃうのか」
一生埋められない月齢の差を気にしてしまうのは私がまだ幼い証拠なのだろう。
「60さいと61さいになったら気にならないかもしれないよ」
「60さい!?」
まだ8歳にもなっていないのに50年以上先の話をされて私は驚いてしまった。でも50年後も元気ならばフレヤちゃんとダンくんとは友達でいたい。
「私が60さいになったら、お兄ちゃんは69さいか70さい……」
約一年の差は数字が大きくなるとあまり変わらないように思えてくるが、10歳の年の差はやはり大きかった。それでももっともっと長生きすれば差などほとんど感じなくなるのかもしれない。
70歳と80歳の違いなんてまだ8歳にもなっていない私には想像もついていなかった。
家に帰ってお兄ちゃんにその話をすると興味津々だった。
「8歳と18歳だとすごく年の差を感じるかもしれないけれど、18歳と28歳だと意外と結婚するひともいるよね」
「けっこん!?」
お兄ちゃんと私は男同士で結婚なんてできるわけがない。それなのに結婚という言葉を聞いて狼狽えてしまうのはなんでなのかそのときの私には分からなかった。
何気なくお兄ちゃんの口から出た結婚という言葉。
「それじゃあ、お兄ちゃんが30さいのとき、ファンヌは18さいでしょう? ファンヌとけっこんしたいと思う?」
「ファンヌはヨアキムくんがいるし、妹みたいなものだもの」
妹みたいなもの。
それならば私は弟みたいなものなのだろうか。
なんで胸がちくちくと痛むのか分からない。
この感情に私はまだ名前を付けることができなかった。
誕生日の日にはお兄ちゃんがショートケーキを作ってくれた。エディトちゃんの誕生日も同じ日なのでパーティーは開かれたが、前回のようにサンドバリ家のひとたちとニリアン家のひとたちが私たちを囲んでくれて、それに賛同する貴族も近くに来てくれて、私たちに嫌な感情を持っている貴族は遠ざけられていた。
いずれ私たちに敵対する貴族たちへの対処も考えて行かなければいけない。
パーティーはお昼だったので晩ご飯にはお兄ちゃんの作ってくれたショートケーキが出された。
エディトちゃんは上に乗っているイチゴを手掴みでぱくりと食べて、ケーキも加減が分からず握り潰しながら一生懸命食べていた。私もフォークで大事にケーキをいただく。
「イデオン、お誕生日おめでとう」
お兄ちゃんがくれたのは綺麗な箔押しされた薄水色の便箋と封筒だった。そんな綺麗な紙を見たことがなかったので私は見惚れてしまう。
「前にお手紙を書いていたよね。イデオンも正式な手紙を書ける時期になったのかなと思って」
「こちらは私たちからです」
カミラ先生とビョルンさんからはガラスペンをもらって、カスパルさんとブレンダさんからはガラスペンで使うインクをもらった。星空を閉じ込めたようなガラスペンはとても綺麗で使うのがもったいないくらいだった。
「試し書きしてみてよ」
カスパルさんに促されてどきどきしながらガラスペンを握ってインク瓶に浸して書いてみると青の濃淡が出て、しかもきらきら光るインクだったので私は目を丸くした。
「こんなにいいものを、ありがとうございます」
「インクは魔術で大量に入ってるから、どんどん使ってね」
「勿体なくて使えないなんて言わないでよ」
カスパルさんとブレンダさんにもお礼を言って大事に便箋と封筒とガラスペンとインク瓶を部屋に持って帰った。ガラスペンは割れにくいように魔術がかかっているが、保管するための皮のケースもついていたのでそこに大事にしまう。
「今年もファンヌといっしょにたんじょうびを祝われるのかと思ってた」
「イデオンももう8歳だから別々に祝おうって話に叔母上となったんだよ。エディトの誕生日でもあるし」
お兄ちゃんは私がどうすれば一番喜ぶのかを知っている気がして、涙が出てきそうになった。
数日後のファンヌの誕生日には、エディトちゃんがとてとてと数歩歩くことができるようになって、そのことでみんなで盛り上がった。
エディトちゃんが生まれてから一年、色んなことがあった。
ヨアキムくんが初めて出たパーティーで嫌なことを言われたり、ベンノ・ニリアンの娘のヘッダさんに魅了の呪いで操られたり、ベンノ・ニリアンに攫われかけたり、ベンノ・ニリアンにファンヌとヨアキムくんが攫われたり、本当に大変な一年だった。
それでも楽しいこともたくさんあった。
次の一年もお兄ちゃんと一緒に楽しく過ごせるように。
そのことだけを8歳の私は願っていた。
これで四章は終わりです。
イデオンたちの成長、いかがでしたでしょうか。
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