38.家族でお揃いのブローチを
私がダンくんとフレヤちゃんから貰った鱗草のラペルピンは操られたヨアキムくんの呪いを吸って変色してしまった。色が変わっても大事に取っているのだが、もう呪いを吸着したそれに呪いを防ぐ効果はない。
今年のお兄ちゃんのお誕生日お祝いには私は考えていることがあった。それにはヨアキムくんとビョルンさんの手助けが必要だった。
「ヨアキムくん、バラえんにうえてたミニバラを何本かもらってもいい?」
「いーよ。イデオンにぃたま、いっしょにいこう」
ヨアキムくんと手を繋いで庭の薔薇園に行く。冬場に咲くオレンジ色のミニ薔薇はヨアキムくんのために去年ブレンダさんが誕生日にプレゼントしたものだった。
剪定ばさみを持って切ろうとするとヨアキムくんが私を止める。
「とげで、おてて、いたいいたいなるの。にわしさん、よんでくるね」
「ありがとう、ヨアキムくん」
薔薇園に毎日のように通っているヨアキムくんは私よりも詳しかった。
切ってもらって棘も取ってもらったミニ薔薇を受け取ってお礼を言うと、庭師さんは皺の多い顔に笑みを浮かべる。
「ヨアキム様の薔薇がイデオン様のお役に立って良かったですね」
「イデオンにぃたまから、おねがいされたの、うれしい」
もじもじと照れながら喜ぶヨアキムくんは可愛い。
もらったミニ薔薇を持って私は次はビョルンさんのところを訪ねる。執務室でカミラ先生と仕事をしていたビョルンさんは、私が呼ぶと快く応じてくれた。
「生花にこうかのまじゅつをかけることができますか?」
「まずドライフラワーにしましょうか」
「ドライフラワー?」
ポプリを作ったときのように花弁をバラバラにしてしまうのかと警戒したが、そうではなくそのままの形で乾かすようだ。魔術で乾かしてしまってから、ビョルンさんはミニ薔薇を硬化させてくれた。
それに鱗草も少し硬化させてもらう。
「ありがとうございました」
「何に使うかは聞かない方がいいんですか?」
「今のところ、ないしょです」
そのうちには分かるのだが内緒にしておいた方が楽しみが増える。
乾かして硬化したミニ薔薇は触れても崩れたりしないし、茎も針金のようになっている。私がお兄ちゃんに隠れて作業できる場所はほぼないのだが、察したビョルンさんが自分の部屋を貸してくれた。
「仕事中は誰も来ませんから、自由に使ってください」
「本当にありがとうございます」
お礼を言って部屋を使わせてもらう。
ミニ薔薇と鱗草を合わせてリボンで纏めてブローチの金具につけていくと、可愛い小さな薔薇のブローチが出来上がった。同じデザインでブローチを八個、髪飾りを一個作る。ミニ薔薇はたくさんあったしブローチも髪飾りも小ぶりのものだったので材料は充分に足りた。
出来上がったブローチと髪飾りを一個ずつ小さな箱に入れてリボンをかける。それでお兄ちゃんのお誕生日の準備は万端だった。
お誕生日前にはお兄ちゃんはケーキを作ることが多い。
自分の誕生日なのだから作ってもらったら良いのに、お兄ちゃんは厨房に立つのが好きなようだった。
「お菓子を作るのは測って手順通りにすればいいでしょう? それが薬草学の授業と似てて好きなんだよね」
薬剤を作るのはお菓子作りと似ている。
マンドラゴラの栄養剤を作ったことがあるし、ビョルンさんが作るのを見たことがあるが、きっちりと量を測って手順通りにするのは確かにお菓子作りと似ていた。
今年はお兄ちゃんはチーズタルトに挑戦するようだった。先にタルト生地を作って薄く伸ばして型にはめておく。クリームチーズとお砂糖をよく混ぜて、卵と小麦粉も加えて混ぜて、更に生クリームも加えて混ぜて、軽く焼いたタルト生地の上に流し込む。
オーブンで焼けば出来上がりなのだがタルト生地のバターの良い香りとチーズの匂いに私は涎が垂れてきそうになった。
「エディトもこれなら食べられるかなと思って」
「エディトちゃんのためなんだ!」
毎年ちょっとおしゃれなケーキに挑戦するお兄ちゃんが今年は派手ではないチーズタルトにした理由を理解して、私は頷いた。
誕生日の当日はお兄ちゃんや私にとっては嫌な貴族とのパーティーがある。今年の私の誕生日パーティーで社交界デビューをしたヨアキムくんが、その日に嫌な話を聞かされて泣いてしばらく落ち込んでいたのを覚えていたので、ファンヌがヨアキムくんの手をしっかり握って、私もお兄ちゃんもヨアキムくんの守りは硬くしていた。
「なにかいやなことをいわれたら、わたくしにいうのよ。わたくしのほうちょうがだまっていません」
「いや、ファンヌ、ほうちょうはやめてね」
伝説の武器である菜切り包丁で切りかかったら大問題に発展してしまう。それよりもヨアキムくんが嫌なことを言われないことが一番だった。
「今年も私の誕生日にお集まりくださりありがとうございます」
お兄ちゃんが挨拶をすると貴族たちが小声で話しているのが聞こえる。
「来年には成人でしょう? 遂にオースルンドの魔女は帰るのでしょうか」
「いつまでもオースルンドの人間にルンダールを統治して欲しくないものだ」
領民からはカミラ先生は絶大な支持を得ているし、領地も立ち直っているのは確かなのだが、貴族からは使用人の休暇を取らせるように要請されたりと煙たい存在のようだ。
領民を搾り取ることしか考えていない貴族とカミラ先生が違うのがここでもよく見える。
「私は魔術学校卒業後、研究課程に進みルンダール領の領地をよりよくするために学ぼうと思っています。どうぞよろしくお願いします」
怖じることなくはっきりと宣言するお兄ちゃんに貴族から失望のため息が漏れるが、一部の貴族は拍手をしてお兄ちゃんを応援してくれていた。それがビョルンさんの実家のサンドバリ家のひとたちと、デニースさんのニリアン家のひとたちを筆頭としていると分かると少し安心する。
愚痴をこぼす貴族はいたが支持してくれる貴族もいる。ルンダール領を乗っ取ろうと狙っていたコーレ・ニリアンもベンノ・ニリアンももう捕まっていて危険はない。
それだけでも私たちは気分よくパーティーを終わらせることができた。
お兄ちゃんの誕生日パーティーは貴族を交えた格式ばったものにしなければいけないが、ヨアキムくんの誕生日に合同で家族だけの誕生日をするのが毎年恒例になっていた。
ヨアキムくんが5歳になる日、あらかじめ準備して置いたチーズタルトを魔術で冷やす冷蔵庫から出してきて盛大にお祝いすることになった。
お兄ちゃんからヨアキムくんには塗り絵が贈られた。動物の絵がたくさん描かれている塗り絵を見てヨアキムくんは大喜びしていた。ファンヌからは自分とお揃いのエプロン。レースの縁取りがされていてとても可愛いのだが、それを着るとヨアキムくんは顔の愛らしさも相まって性別が分からなくなってしまう。
「よー、きょうから、ぼくっていう」
「ぼくっていうの?」
「オリヴェルにぃたまがぼくっていってるから」
自分のことを名前で呼ばなくなる時期にヨアキムくんも来ているのだと思うと感慨深くなる。その「ぼく」が保育所で「おんなのこなのに、ぼくっておかしくない?」と言われることになるとは、そのときの私は知る由もない。
出て来たチーズタルトを見て赤ちゃん椅子に座らされているエディトちゃんが興奮して両手でテーブルを叩いていた。
「美味しいものが分かるのかな、エディトは」
切り分けて渡すと顔を突っ込んで食べている。私たちも紅茶と一緒にチーズタルトを楽しんだ。
デザートの後に私はカミラ先生とビョルンさんとカスパルさんとブレンダさんとヨアキムくんとファンヌとエディトちゃんとお兄ちゃんに小さな箱を渡して行った。
エディトちゃんだけはピンが危ないのでゴムの髪飾りだが、それ以外はお揃いのミニ薔薇と鱗草のブローチが入っている。
「みんなでおそろいのブローチを作ってみました。のろいもはじくし、のろいをはじいた後、変色しても使えるかなと思って」
ミニ薔薇の色と変色した後の鱗草の色が合うように考えて作ったつもりだった。
「僕にまでいいのかい?」
「私にも?」
「カスパルさんとブレンダさんも家族ですから」
去年からこのお屋敷に加わったカスパルさんとブレンダさんも私たちにとってはすっかりと家族になっていた。
「姉上にもう一人子どもができるかもしれないし、まだまだこっちにいていいって言われているんだよね」
「ときどき顔を見せに帰って来なさいとは言われたけど」
カスパルさんとブレンダさんも来年も変わりなくルンダール領にいてくれるようだ。全員揃ってのお誕生日会は盛り上がっていた。
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