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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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36.ハチドリイチゴの収穫

 街路樹の葉も落ちてきてかさかさと乾いた音を立てながら庭の土の上を転がっていく。庭師さんたちが掃除をしても落ち葉が降り積もる季節になってしまった。

 冬の兆しが見え始める頃に私とお兄ちゃんはダンくんとミカルくんとフレヤちゃんをお屋敷に呼んでいた。遂にハチドリイチゴが実って収穫の時期を迎えたのだ。

 春に植えるハチドリイチゴは秋に収穫を迎える。完熟したものの方がジャムには適しているので冬直前まで収穫を待っていたのだ。幼年学校と魔術学校が休みの週末、それは決行された。

 ハチドリイチゴの小屋の中は羽のようになったヘタを羽ばたかせてハチドリイチゴが所々に設置してある栄養剤の皿から栄養剤を飲む姿が見られる。野生の鳥に餌をあげるときのように高めの場所に栄養剤の皿を用意しておくと自然とハチドリイチゴが群がって飲むことが分かったのも、今回ハチドリイチゴを育ててみてよく分かったことだった。

 養蜂家さんとも繋がりができたし、ハチドリイチゴの育成は私たちに非常に良い学習の場を与えてくれた。

 それも今日で収穫を終えてしまうことになる。

 小屋の高さを考えると入れるのは私とフレヤちゃんとダンくんとミカルくんとファンヌとヨアキムくんという子どもたちばかり。お兄ちゃんは外で待っていることになっていた。


「ヘタをとってしまうともう栄養剤は飲めなくなるけど、飛んで逃げることはなくなるから、ヘタを取って籠に入れてくれる?」

「分かった! ミカル、できるな?」

「あい!」

「私も頑張ります」


 ダンくんとミカルくんとフレヤちゃんはやる気満々だった。


「わたくし、がんばります! おかくご!」

「ファンヌ、ほうちょうはしまって」

「いけませんの!?」

「よーもがんばる!」

「ヨアキムくんはエプロンがにあってるね」


 ハチドリイチゴは柔らかな果実である。完熟になるまで育てているのですぐに潰れて色が付くのでファンヌもヨアキムくんも可愛らしいフリルのついたエプロンを着せられていた。菜切り包丁を構えているファンヌにはそれはいらないのだと言い聞かせて、ヨアキムくんには手で強く握りすぎないように教える。


「やさしくつかまえて、ヘタをちぎるんだよ?」

「あい! やさしくするの!」

「わたくしのわんりょくは、ひつようない?」

「むしろ、おさえてね」


 肉体強化の魔術を使えるファンヌはしっかりとそれを抑える魔術具を身に着けての参戦となった。

 小屋の中は天井が低いがそれなりに広い。それでも子ども6人が入ると狭かった。

 飛んで逃げるハチドリイチゴを捕まえるのは楽ではない。天井が高ければ高い場所に飛んで逃げられていただろうが、幸い天井は低く設定されていたので手が届く範囲にはいた。

 捕まえたハチドリイチゴは活きがよく動いているがヘタをとると大人しくなる。飛べないハチドリイチゴを籠の中に入れるのだが、やっぱり多少は潰してしまって私たちの手や服は赤く染まった。

 鮮やかな赤い色にお兄ちゃんは驚いたようだが収穫した籠を渡すと中にずっしりと入っているハチドリイチゴを見て笑顔になる。


「ちょっと潰れててもジャムにするから平気だよ」

「まだなんびきかつかまえられてないんだ」

「虫取り網を使ってみる?」


 小屋の中をちょこまかと飛び回るハチドリイチゴの数匹は捕まえられずに残っている。それを捕まえようとするにはかなりの根気が必要だった。

 最初は集団だったのでつかみ取り状態だったが数が少なくなると相手も逃げるのが上手くなってくる。


「ダンくん、これ、むしとりあみ!」

「お! ありがとう。ちょっとおれ以外出てくれるか?」


 狭い場所で虫取り網を振り回す危険を理解しているダンくんは、自分以外が小屋の外に出てから残りのハチドリイチゴと格闘を始めた。虫取り網を振り回してハチドリイチゴを捕まえていくダンくんはかっこいい。


「すごい、後いっぴき!」

「がんばってーにぃたん!」


 応援する私とミカルくんの声にも熱が籠る。

 最後の一匹まで捕まえてヘタを取ってダンくんは小屋から出て来た。


「おわったぜ。これ、ざっそうを食べてくれたリンゴちゃんに」


 最後に捕まえた一匹をリンゴちゃんに渡すと目を輝かせて飛び上がって受け取る。ベンノ・ニリアンの罠にかけられて人参と蕪と大根ばかりの食事からは解放されたが、まだおやつまでは許されていないリンゴちゃんにとって果物は久しぶりで物凄く嬉しそうだった。

 もちゅもちゅと口の周りを真っ赤にして食べている様子を見ると、なんとなく巨大なウサギが小鳥を食べているようで恐ろしい光景にも見える。


「あれは、イチゴ……ただのイチゴ……」


 唱えているとヨアキムくんがリンゴちゃんを撫でていた。


「くだもの、おいしーねー」


 そういえばハチドリイチゴは美味しいのだろうか。私たちもまだ食べたことがない。


「お兄ちゃん、いっこずつだけ食べてみたらダメかな?」

「良いと思うよ。洗ってこようね」


 採れたてのハチドリイチゴを水で洗って食べる。リンゴちゃんの口の周りが真っ赤になるわけも分かるくらいとても瑞々しくて、齧り付くと果汁が垂れそうになってしまった。


「あまぁい!」

「おいしいな!」

「ハチドリイチゴってこんなあじなのね」


 ダンくんもフレヤちゃんも食べて驚いていた。


「おいしいけど、みー、おててまっかなの」

「よー、エプロンしてるから」

「わたくしも」


 ミカルくんは果汁が垂れてお手手が真っ赤になってしまってダンくんと一緒に手を洗っていた。ヨアキムくんとファンヌはエプロンで手を拭っているが、エプロンは洗濯しなければいけないくらい赤く染まっているし、手もシャワーのときによく洗わないとべたべたになっているだろう。

 収穫を終えてダンくんとミカルくんとフレヤちゃんは帰り支度をしている。


「できあがったジャムは分けるね」

「いつも悪いな」

「ありがとう。お姉ちゃんと食べるわ」

「みー、とうたんとかあたんとにぃたんとたべる」


 手を振って帰っていくダンくんとミカルくんとフレヤちゃんにもう一度お礼を言って私は部屋に戻ってシャワーを浴びた。バスルームはタイルが冷たくて暖かいお湯が出て来るまで震えてしまうので、冬場の朝のシャワーはお兄ちゃんが先に入ってすぐにお湯が出るようになってから私を入れてくれるようになっていた。


「お兄ちゃん、さむくない?」

「僕の方が体が大きいから気にしなくていいよ」


 優しいお兄ちゃんのおかげで私は暖かな湯気に包まれたバスルームに入ってシャワーを浴びることができた。

 朝ご飯を食べて厨房のスヴェンさんのところに行くと、スヴェンさんは既にハチドリイチゴを洗ってお砂糖とレモンを用意して準備万端で待っていてくれた。

 新しいエプロンに着替えたファンヌとヨアキムくんも台に乗ってジャム作りに参加する。


「洗ったハチドリイチゴをお鍋に入れて、お砂糖とレモン汁を入れるんだ。ヨアキムくん、お砂糖を入れてくれる?」

「よー、おさとういれる!」

「ファンヌはレモン汁を絞ろうか。この網で濾すから上手にこの上に絞ってね」

「わかりましたわ!」

「イデオンはハチドリイチゴの実を四分の一くらいに切ってくれる?」

「はい!」


 小さな網をボウルの上に置いてファンヌの前に置くお兄ちゃんに、ファンヌが「ふんぬー!」と気合を入れてレモンを絞る。果肉が入ってぐちゃぐちゃに潰れるほどレモンは絞られてしまったが網で濾すので安心だ。

 ヨアキムくんはスヴェンさんが測ってくれていたお砂糖を大きなスプーンで掬って少しずつ鍋に移していた。

 私はまな板の上でひたすらハチドリイチゴの実を切っては鍋に入れる。まな板を見ると伝説の武器が頭を過るのだが、そういえば3歳のときにお兄ちゃんとマフィンを作りに初めて厨房に行った日のことも思い出した。あの日も子ども用のまな板があった気がする。それが私の伝説の武器と関係があったなどそのときの私が気付くわけもない。

 二人の作業が終わるとお兄ちゃんが鍋にレモン汁を加える。私が切り終えたハチドリイチゴの実がお砂糖とレモン汁を被ってお鍋の中で半分くらい隠れている。


「これでいいの?」

「煮ているうちにお砂糖は溶けるし、ハチドリイチゴの実からも汁が出て来るからね」


 確認してお兄ちゃんはお鍋を火にかけた。


「イデオン、ファンヌとヨアキムくんと一緒にお鍋が焦げ付かないように混ぜていてくれる?」

「そのあいだ、お兄ちゃんは?」

「瓶を煮沸消毒するよ」


 カミラ先生がジャム好きなのでこのお屋敷にはたくさんのジャムの空き瓶があった。ラベルを剥がして綺麗に洗ってある空き瓶を、お兄ちゃんは私たちがお鍋を洗っている横で水を張ったお鍋の中に入れていく。水がお湯になると蓋も入れて数分お湯に浸けて、お兄ちゃんは空き瓶を鍋から菜箸で取り出した。


「しゃふつしょうどくって、にること?」

「こうやって空き瓶のばい菌を殺しておくとジャムが長持ちするんだ」

「しゃふつしょうどく、すごいね」


 煮沸消毒した空き瓶が冷めるまでくつくつとハチドリイチゴとお砂糖とレモン汁を煮詰める。

 一度鮮やかな色が汁の中に逃げてしまうのだが、煮続けているとまた実に戻ってくることもお兄ちゃんは教えてくれた。

 出来上がったジャムは粗熱を取って空き瓶に入れる。


「ここでもう一回煮沸消毒だよ」

「え? もう一回?」

「そう。今度は蓋を閉めた瓶を煮沸消毒するんだ」


 漏れがないようにしっかりと蓋を閉めた瓶をお兄ちゃんは沸騰したお湯の中に入れていく。二度目の煮沸を終えた瓶は密閉されて蓋の中央が少しへこんでいた。


「叔母上はすぐに食べちゃうかもしれないけど、安全には越したことないでしょ?」

「ジャムにはしゃふつしょうどくが大事。べんきょうになったよ」

「しゃふつしょうどく……ぐつぐつ!」

「そうよ、ヨアキムくん、せいかい!」


 ヨアキムくんとファンヌも二人なりに煮沸を学んだようだった。

 冬の間マンドラゴラの成長はよくなくなって、カミラ先生のお乳を出すためにスープにしている蕪マンドラゴラも取れなくなるかもしれない。そのときのためのジャムが大量に出来上がって、私たちは大満足だった。

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