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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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31.ベンノ・ニリアンとの決着

 投げたまな板が宙を舞う。

 7歳の力なので大したことはなくへろへろと飛んでいくまな板が途中で軌道を変え、速度を増して見事にベンノ・ニリアンの股間に角が直撃した。


「うぎゃ!?」


 股間を押さえて悶えるベンノ・ニリアン。ブーメランのように私の手元に戻ってきたまな板をもう一度投げると、父親の悶絶具合に驚いているヘッダさんの鳩尾に的確に角が当たる。

 鳩尾を押さえて崩れ落ちるヘッダさんと、股間を押さえて悶絶しているベンノ・ニリアンの親子に素早く詰め寄って、カミラ先生は筋力強化を施した足で蹴りを放った。再び股間を蹴り上げられてベンノ・ニリアンは白目を剥いて泡を吹いている。

 これは痛い。

 見ている私も股間が痛くなるような気がして足をすり合わせてしまうし、お兄ちゃんもビョルンさんも何となく股間を気にしているようだった。


「ゆるさないのー!」

「ふこう、なれー!」


 操られているファンヌとヨアキムくんをカミラ先生は構わずに抱き上げた。カミラ先生の髪に挿している鱗草のコサージュが赤紫に色を変える。


「とりあえずですが」


 ビョルンさんが持っていた鞄から鱗草の葉っぱを二枚出してファンヌとヨアキムくんの口に一枚ずつ放り込んだ。鱗草の葉っぱを飲み込んだ二人はしばらくもがいていたが、少しすると大人しくなる。


「にぃさま……わたくしは……?」

「よー、なにしたの?」

「あやつられてたんだよ、きにしなくていいよ」


 私が下ろされたファンヌとヨアキムくんを慰めている間に、父親を捨てて逃げようとしたヘッダさんが林を取り囲んでいた警備兵に捕まっていた。


「私は何もしていない……メイドが勝手にやったことだ」

「そのメイドを操り殺したのはあなたでしょう?」

「メイドの命など知らぬわ」


 もがきながらも警備兵に捕らえられるベンノ・ニリアンはまだ醜く言い訳をしている。ひとを一人殺したことには変わりなくその言い訳が通るわけがないのを彼は気付いてもいないのだろう。


「あのおじさんにうでをつかまれたら、かんがえてないことをしちゃったの」

「よー、イデオンにぃたまをふこうしたくなかったのよ」

「分かってるよ。私もみりょうされてお兄ちゃんに言いたくないことを言ってしまったもの」


 しょんぼりしているファンヌとヨアキムくんに言いながらも私の腹の底はまだ怒りで燃えていた。そうだった、ヘッダさんのせいで私はお兄ちゃんに言いたくないことをたくさん言わされてしまったのだ。


「魔術具をすり替えた件でも厳しく調査してもらいますが、ファンヌちゃんとヨアキムくんの誘拐の罪も加わりましたね」

「イデオンくんとオリヴェル様誘拐未遂の件も」


 警備兵に申し伝えるカミラ先生とビョルンさんの表情は明らかに怒りに燃えていた。

 そっとヨアキムくんの手を握って私は警備兵の脚の間からベンノ・ニリアンとヘッダさんが見える位置に行く。ヨアキムくんの顔を見れば心得たようにこくんと頷いた。


「ふこー、なれ!」


 操られていた分の恨みも込めて呟かれた言葉に、ベンノ・ニリアンがよろけて転ぶ。それに巻き込まれたヘッダさんの肘がベンノ・ニリアンの股間に直撃したのを見て、私とヨアキムくんは顔を見合わせて頷いた。

 魅了の呪いが解けたファンヌの元に戻ってきてまな板を返すと、それは菜切り包丁になる。


「にぃさま、まないた……」

「まな板なんだ」


 前回は必死で見えていなかったし、会話もよく聞いていなかったようで、今更ながらにファンヌはまな板を見て解せぬ顔だったが、それは使い手に選ばれた私が一番理解できていなかった。

 なにはともあれ、ベンノ・ニリアンは捕まった。娘のヘッダさんも魅了の呪いを使った罪を問われるだろう。

 どちらにせよ二人がルンダール領に戻ってくることはない。

 王都での尋問でベンノ・ニリアンがどこまで真実を言うのか。

 後はそれだけだった。

 昼食までには私たちはルンダールのお屋敷に戻ることができていた。

 まずファンヌとヨアキムくんは向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーで綺麗に洗われてさっぱりとして戻って来た。


「イデオンにぃたま、ごめんなさい」

「にぃさまのむねのうろこくさ、あかむらさきになっちゃったの」

「のろいから守ってくれたあかしだよ。きっとダンくんもフレヤちゃんもよろこんでくれる」


 こういうときのために貰ったラペルピンを肌身離さずつけていたのだから、役に立ったのならばくれたダンくんとフレヤちゃんは喜んでくれるだろう。


「それにしてもファンヌはまじゅつに対するていこうがあるのに、なんでみりょうのまじゅつがかかってしまったんでしょう?」

「相手の呪いが上回った可能性がありますね。ベンノ・ニリアンは魔力を上げる道具を使っていたのかもしれません」


 向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーのようにベンノ・ニリアンとヘッダさんも魔力を上げる道具を使っていた、もしくはファンヌの魔術への抵抗を無効化させる魔術具を使っていた。

 それはあり得ない話ではなかった。

 小さなファンヌとヨアキムくんでも警戒して万全の態勢を取って攫ったベンノ・ニリアンの狡猾さに腹が立ってくる。


「もう一回くらいまな板なげつければよかった」


 怒っている私にビョルンさんがなぜか遠い目をしている。


「あれは、もう使い物にならないだろうなぁ」

「どういうことですか?」

「いや、まな板が当たった挙句にカミラ様に蹴られて、最後は転んで娘の肘が当たった……もうベンノ・ニリアンは子どもを作るようなことはできないってことだよ」


 よく分からないが股間が男性にとって大事な場所でぶつけたりするととても痛いということは私もついているので知っていた。当時7歳の私はそれが子どもができるできないに関わるというのは知らなかったし、具体的にどうやって子どもができるのかも知るはずがない。ただ、今後ベンノ・ニリアンが子どもを作るようなことができなくなっても自業自得だとしか思えない。


「あのひと、自分の子どもをころしたんですよ……」


 実家に帰ろうとしてベンノ・ニリアンに捕まって殺されてしまったメイドさんのお腹には、ベンノ・ニリアンの赤ちゃんがいた。メイドさんのみならず赤ちゃんまでベンノ・ニリアンは殺してしまったのだ。


「操られていたとはいえ、可哀想に……あんな男に」


 飼い犬にも劣る、貴族でないから価値がないとはっきりと口にしてしまうような男は二度と子どもを持たない方がいい。ヘッダさんもどこか戒律の厳しい女性だけの場所に閉じ込められて二度と出てこれなくなればいい。

 いつまでも怒りに任せているわけにはいかなかった。

 昼食を食べ終えてお昼寝に行ったファンヌとヨアキムくんをリーサさんに頼んで、私とお兄ちゃんとカミラ先生とビョルンさんは黒い服に着替えた。

 馬車を呼んで街外れの農地の中にある小さな墓地に向かう。

 メイドさんの遺体は迅速に捜査されて、その後ご両親の元へ返されていた。

 しとしとと霧のような雨が降り始めていた。墓地では棺を前にメイドさんのご両親が泣き崩れている。


「私の甥が本当に申し訳ありませんでした。これは、彼女からあなたたちの元に持って帰るはずだったものです」


 屋敷を探しているとメイドさんの持たされた給金にルンダール家でお金を足したものが見つかって、それに僅かばかりの私品も見つかって、それを葬儀に来ていたデニースさんがメイドさんのご両親に渡していた。

 泣きながら受け取ったメイドさんのご両親が棺に縋って泣く。


「生きて帰って来てくれさえすれば、何もいらなかったのに」

「どうして、こんな惨いことを」


 メイドさんの死因は魔術によるものでその痕跡は明らかにベンノ・ニリアンを示していたと警備兵から報告があった。墓地に掘られた虚な深い穴に棺が下ろされて埋められていく。泣き崩れるご両親の姿を私は直視していられなかった。


「必ずベンノ・ニリアンには厳罰を処してもらうようにします」

「牢から逃げられないように対処もしてもらいます」

「心からお悔やみを申し上げます」


 カミラ先生とビョルンさんの言葉に泣き崩れていたご両親は、なんとか立ち上がって頭を何度も下げていた。

 ヨアキムくんの呪いで二人の輸送されていく馬車が壊れて外に投げ出されたり、歩くたびに転んで身体をぶつけたりしていることを知っても、私は同情すらする気はなかった。

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