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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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30.仕掛けて来たベンノ・ニリアン

 近々仕掛けてくるに違いない。

 確信はあったが、それがいつかは完全に読めていなかった。

 ファンヌとヨアキムくんとセバスティアンさんの乗った馬車が襲われたのは夏休みが開けて初日のことだった。保育所に行く途中の馬車が襲われてファンヌとヨアキムくんが攫われてしまった。

 肉体強化の魔術を使えるファンヌと呪いを使えるヨアキムくんだが、先に魅了の呪いをかけられてしまえば抵抗はできない。戻ってきてファンヌとヨアキムくんが連れ去られたことを告げたセバスティアンさんの乗っていた馬車には濃厚な呪いの魔術の痕跡があったと後で私は聞くことになる。

 幼年学校にカミラ先生が迎えに来て急用で私は連れ帰られて、お兄ちゃんもビョルンさんにお屋敷に連れ帰られていた。

 届いたのは一通の手紙。


「ヨアキムくんとファンヌちゃんを無事に帰す代わりに、自分たちが国外に逃げるのを見逃せと要求していますね」

「ヨアキムくんとファンヌはみりょうののろいにかけられているんです」


 お兄ちゃんの目の前でほっぺたにキスをされて、言いたくもないことを言ってやりたくもないことをさせられた。呪いの恐ろしさを私は身を以て知っていた。


「二人は鱗草の髪飾りとブローチを付けていなかったんですね」

「保育所で邪魔になるから華美なものは付けさせないで下さいと言われていました」


 セバスティアンさんが申し訳なさそうに肩を縮めている。魔術を使うことのできないセバスティアンさんに抵抗する術はなかったのだから仕方がないのだが、私たちも油断しすぎていた。

 狙われるならば私かお兄ちゃんのどちらかで、ファンヌとヨアキムくんは肉体強化と呪いがあるから平気だとばかり思っていたのだ。しかもファンヌには魔術に対する抵抗も持っていた。その油断が今回の事件を招いてしまった。

 どうすればいいのか。

 ファンヌの居場所をどこにいても知っている生き物に私は気付いていた。


「ドラゴンさんはでんせつのぶきと、その持ち主のいばしょが分かります」

「ファンヌちゃんは人参のポシェットに伝説の武器を入れていますね」

「ドラゴンさんをよびましょう!」


 私が助けを求めるときにドラゴンさんは必ず答えてくれる。

 庭に出てできるだけ広く拓けた場所に移動して私はドラゴンさんを呼んだ。


「ファンヌが大変なんです。ヨアキムくんも。おねがいです、助けてください」


 祈っていると大きな影が空を過ってドラゴンさんが降りて来る。


「ファンヌちゃんとヨアキムくんのところへ案内してください」

『全員は乗せられぬぞ?』

「どうしよう……カミラ先生とビョルンさんを……」

『大人を乗せるわけにはいかぬ。その者たちは伝説の武器の所有者でもない』

「そんな……」


 こうしている間にもファンヌとヨアキムくんは苦しめられているかもしれないのだ。どうするか悩む私にお兄ちゃんが背を押してくれる。


「イデオン、行ってきて。降り立った先で、魔術具で僕と叔母上とビョルンさんを呼ぶんだ」

「私、一人で……!?」


 一人でドラゴンさんの背中に乗るのは正直物凄く怖かった。

 けれどドラゴンさんは乗せられる相手が決まっているようだ。カミラ先生がファンヌの菜切り包丁に触れたときのように電撃が走っては乗っているどころではなくなる。


「分かりました、私がのります」

「イデオン、すぐに助けを求めるんだよ」

「お兄ちゃん、助けに来てね」


 手を握って約束をして私は勇気を出してドラゴンさんの背中によじ登った。登りやすいように体を低くしてくれてはいるのだが、その当時の私は年齢よりも小さい方で山登りでもするつもりで必死に鱗のある肌を掴み、鬣を掴んで登っていく。

 何とか首の付け根に座るとドラゴンさんの鬣をぎゅっと握って落ちないようにする。胸に付けたダンくんとフレヤちゃんから貰ったラペルピンが飛ばないようにきちんと留まっているか確認する。


『飛ぶぞ、落ちるなよ』

「おとさないでくださいよー!」


 半泣きになりながら私はドラゴンさんの背に乗ったまま空へと飛びあがった。風が強くて目を開けていられない。眼下にはルンダールの街が広がっているのだろうが、それもよく分からない。ただ口をぎゅっと結んで鬣を握り締めていると、ドラゴンさんはルンダール領の外れの林の中にある小屋の前に降り立った。

 小屋が小さいので上に降り立つとファンヌやヨアキムくんごと壊しかねなかったのだろう。

 ずるずるとドラゴンさんの背から降りて膝も震えたままで私は首から下げた魔術具を握った。先に呼んでおかないと魅了の呪いをかけられてしまうかもしれない。


「にぃさま、おかくごー!」

「イデオンにぃたま、ふこうになれー!」


 こんな風に。

 小屋から走り出て来たファンヌは菜切り包丁を背丈より長くして振り上げているし、ヨアキムくんは呪いを私にかけようとしている。いつもつけているダンくんとフレヤちゃんから貰った鱗草のラペルピンが赤紫色に染まって助けてくれなければ、私はヨアキムくんに呪いをかけられていただろう。


『良くないな……伝説の武器が罪なきものを襲ってはならぬ』


 ふんっとドラゴンさんが鼻息を吹きかけると、ファンヌとヨアキムくんが吹き飛ばされて地面にころんころんと小屋の扉まで転がって行った。ファンヌの手からは伝説の武器が外れて勢い余ってこちらに飛んでくる。

 子ども用の菜切り包丁になった伝説の武器が私のすぐそばに落ちて来たので、私はそれを拾った。

 やっぱりまな板だ。

 まな板になった伝説の武器を握ったまま突っ立っていると、小屋の中からベンノ・ニリアンとヘッダさんの親子が出て来た。


「お前もすぐに私の言うなりになるんだ」


 まずい。

 鱗草のラペルピンはもうヨアキムくんの呪いを吸ってしまっている。新しい呪いがかけられると対処ができない。

 反射的にまな板を前にして私は後ろに隠れるような格好になった。するとまな板が私の背丈まで大きくなってしっかりと魅了の呪いを弾いて守ってくれる。


「まな板なのにこうせいのう!?」


 驚いている私の横にお兄ちゃんとカミラ先生とビョルンさんも来ていた。


「この林は警備兵に囲まれています。大人しく投降しなさい」

「何故? 私が何をしたと?」


 この期に及んで言い逃れしようするベンノ・ニリアンに私は罪を突き付ける。


「ルンダール家のメイドさんをにんしんさせてころしたでしょう! それにレイフさまのまじゅつぐをすりかえさせた!」

「魔術具をすり替えたのはメイドだ。それにメイド一人の命程度、どうでもいいだろう。飼い犬ほどの価値もない」


 この男は何を言っているんだろう。

 メイドさんのご両親の苦労で刻まれた皺のある顔を流れていく涙が私の頭を過る。亡骸でもいいから娘を自分たちの元へ返して欲しいとカミラ先生の手を握って懇願したご両親。


「貴族でもない、所詮ただの領民だろう?」


 嘲笑いながらベンノ・ニリアンはメイドさんのことを吐き捨てた。一人の人間として、大切な娘として愛されていたメイドさん。それを殺してその命が飼い犬ほどもない、貴族ではないから価値はないと言うだなんて。

 その上メイドさんに罪を擦り付けて自分は魔術具をすり替えたことを認めない。

 あまりのことに絶句しているとお兄ちゃんが私の肩を抱いた。


「もう逃げ場はない。大人しく罪を認めろ!」

「それはつまり、子どもたちの命はいらないということだな?」


 にやりと嫌な笑顔をベンノ・ニリアンが浮かべる。

 ころんころんと転がっていたファンヌとヨアキムくんが立ち上がってふらふらとベンノ・ニリアンとヘッダさんの元に歩いて行く。その目は虚ろで操られているのが一目で分かる。

 ヘッダさんとベンノ・ニリアンの手がファンヌとヨアキムくんの白く華奢な首にかかった。


「こんな首、折ってしまうのは簡単だろうな」


 私の妹と弟のような存在をベンノ・ニリアンはあっさりと殺してしまおうとしている。

 メイドさんの命を奪ったことを罪と思っていないどころか貴族でなければ人間ではないようなことを言い、次はファンヌとヨアキムくんの命まで奪ってしまおうとしているベンノ・ニリアン。


「ゆるさない……ぜったいに、ゆるさない!」


 怒りが腹の底からわいてきて私は子ども用のサイズに戻ったまな板を投げていた。

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