29.様々な疑問
ベンノ・ニリアンが捕まらなくても私たちの日常は続く。
養蜂家さんにお願いしてミツバチの巣箱を借りたハチドリイチゴの小屋の中は花が散って小さな実が成り始めていた。秋にこれが収穫できるようになるのももうすぐだ。
夏休みの終わりの日もダンくんとミカルくんはハチドリイチゴの世話に来てくれていた。オースルンドでのことを話しながら水やりに雑草抜き、害虫駆除をしているとダンくんとミカルくんは驚き目を丸くしていた。ミカルくんの持っている如雨露から水がぽたぽたと垂れてハチドリイチゴの小さな実を濡らした。
「悪いやつにつかまりそうになったのか」
「それで、まないたなげたのか!」
「そう、ファンヌにはなきりぼうちょうだったけど、私にはまな板だったみたいで」
伝説の武器はダンくんは実際にファンヌが振るうのを見ているから分かっているだろうが、ミカルくんにはあまり実感がわいていないようだった。伝説の武器が包丁とまな板なんて私も信じたくない。
それでも確かに私の弱い力で目を瞑って投げ付けたのに、まな板は的確にベンノ・ニリアンの額に角をぶつけて額を割った。その辺はさすが伝説の武器といったところなのだろう。
「なんでまな板なんだ?」
「分かんない」
ダンくんも理解できないが私も理解できないのでそう答えるしかない。伝説の武器の守り手であるドラゴンさんすら分からなかったことが私に分かるわけがない。
伝説の武器が私に使えなければあの窮地からは抜け出せなかったのだけれど、格好いい武器とまでは行かなくても、せめて刃物か盾であって欲しかった。そうでなくても他のものはたくさんあったはずなのになぜまな板なのだろう。
解せぬままに私はハチドリイチゴの世話を終えて小屋から出て来た。ファンヌとヨアキムくんとリンゴちゃんも出て来る。
「リンゴたん、ちいさなイチゴをじっとみてた」
「さいきん、くだものをもらってないから」
おやつの時間に今まで果物を貰っていたリンゴちゃんは、ベンノ・ニリアンの策にはまってしまってから果物を禁止する罰を与えられている。代わりに二度と拾い食いをしないように朝晩のご飯に山盛りの人参と蕪と大根を与えられているが、最初は喜んでいたけれど次第に食傷気味になってそれでも食べないとお腹が空くので憂鬱そうにもそもそと食べるようになった。
キャベツや小松菜を恋しがっているのは間違いない。
朝の畑仕事が終わるとダンくんとミカルくんは朝ご飯を食べに帰って行った。私たちも部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えて朝ご飯を食べに食卓に着いた。
向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーバーの爽やかな香りがお兄ちゃんからも私からもヨアキムくんからもファンヌからもしている。
朝ご飯を食べると明日からの学校に備えて宿題のチェックをする。全部の宿題は早いうちに終わらせていたのでなんの問題もなかったが、夏休みが終わって私はちょっとだけ服が窮屈になって靴も小さくなった。
ファンヌもヨアキムくんもそうなので、保育所や幼年学校に通う普段着を買いに行こうとブレンダさんとカスパルさんと街に出かけた。
子ども服を売っているお店で試着をしてサイズを確かめて買っていくのだが、お兄ちゃんが両手いっぱいに服を持ってくるから私もファンヌもヨアキムくんも着替えるのが大変だった。一応自分で着替えられるようにはなっているが、ヨアキムくんとファンヌはそんなに早く着替えられない。それをブレンダさんとカスパルさんがそれぞれ手伝ってくれる。
「そのズボンとシャツ、良いね」
「わたくしのスカートは?」
「すごく可愛いよ」
「よー、スカートは?」
「ヨアキムくんはスカートははかないんだよ」
何か不思議な言葉を聞いてしまった気がして私はヨアキムくんを凝視した。きょとんとしているがヨアキムくんはファンヌが履いているふわふわのスカートとカボチャパンツのセットを欲しがっているようだ。
「ヨアキムくんは男の子だから……」
男の子は何故スカートを履いてはいけないのだろう。
私は訳が分からなくなってしまった。
「よー、にあうよ?」
「それはにあうとおもうよ」
それでも一般的に男の子はスカートを履かないのだということをヨアキムくんに教えなければいけない。助けを求めるようにお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんが膝を付いてヨアキムくんに視線を合わせていた。
「ヨアキムくんは男の子だよね?」
「よー、おとこのこ!」
「スカートは女の子が履くことが多いかな。どうしてもヨアキムくんが履きたいんだったら、叔母上に相談してみるけど」
「ファンヌたんとおそろい、だめなの?」
「お揃いにしたかったら、同じ柄のズボンじゃダメかな?」
お兄ちゃんに説得されてヨアキムくんは同じ柄のハーフパンツを買ってもらって喜んでいた。
スカートは女性が身に着けるものだと信じ込んでいたけれど、それがどうしてなのか私には分からなかった。
「お兄ちゃん、スカートを男のひとははかないよね」
「はく地方もあるみたいだけど、民族衣装だね」
「なんでなんだろう?」
「昔からの風習だからじゃないかな」
お兄ちゃんにも分からないことがあるようだ。
買い物から帰って来るとダンくんがミカルくんを連れてお屋敷に来ていた。ミカルくんはファンヌとヨアキムくんと遊ぶつもりだったようだが二人はお昼ご飯を食べると眠くなってしまう。
「わたくしが見ていますから良いですよ」
エディトちゃんの様子を見ながらリーサさんがミカルくんと遊んでくれると申し出てくれたので、私とダンくんとお兄ちゃんは部屋に戻った。ダンくんは終わっていない宿題を広げて私の机で一生懸命終わらせている。
迷ったときや分からなくなったときは私やお兄ちゃんに聞いていた。
「イデオンにはお兄ちゃんがいていいな」
「ダンくんはミカルくんのお兄ちゃんだもんね」
「おれにもお兄ちゃんがいたらなぁ」
羨ましがられるのもなんとなくくすぐったくて嬉しい。
おやつの時間までダンくんは集中して宿題をして終わらせて、おやつを食べてミカルくんと一緒に帰ることになった。
「ファンヌたんとヨアキムくんとあそびたかった」
「明日からほいくしょであそべるだろ」
「あしたもきていーい?」
お昼寝から起きて来ておやつを食べたファンヌとヨアキムくんとミカルくんは結局遊ぶことが出来なくて寂しそうだった。
「あしたもハチドリイチゴのおせわをするのよ」
「まってるね」
保育所に行く前にハチドリイチゴの世話をするのは大変だが、ミカルくんは約束してもらって安心して家に帰って行った。
夏休みが終わる。
まだ暑いので涼しい風が吹く魔術を使っているが、そのうちに窓を開けているだけで風が通って涼しくなって魔術はいらなくなるだろう。まだ鳴いている蝉の声もそろそろ終わりに近付いていた。
「向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプー工場の設備が整ったので、働き手を募集することになりました。初めは小さな規模ですが少しずつ拡大していく予定です」
晩ご飯のときにカミラ先生から発表があって私とお兄ちゃんは姿勢を正した。ルンダール領の未来を懸けた一大事業が始まろうとしている。
夏の間に作り上げた工場の設備は万全とは言えなかったが、まず向日葵駝鳥の油を搾ることと、青花を買い上げることから始めなければいけない。それがある程度済んだ頃に石鹸とシャンプーを作る設備が整っていればいい。
「養蜂家さんからも生の蜂蜜を買い上げてシャンプー作りに使わせてもらうことにしました。ハチドリイチゴの花の蜜からとった蜂蜜は、ルンダール家で買い取ることになりました」
「はちみつ、よー、たべてもへーき?」
「ヨアキムくんは赤ちゃんじゃないので平気ですよ」
「わたくしも?」
「もちろん、ファンヌちゃんもです」
赤ちゃんに蜂蜜は危険だという話を二人はしっかりと聞いていたようだ。何歳からが赤ちゃんなのか二人にはよく分からなかったのだろう。自分では赤ちゃんじゃないと思っているが、二人のことを小さいから赤ちゃん扱いする輩はたくさんいるのだ。
「そういえば、男のひとはなんでスカートをはかないんですか?」
二人の素朴な疑問のついでに私が問いかけるとカスパルさんとブレンダさんに笑われてしまった。けれど私は本当に分からなかったので答えが欲しかった。
「それは、男のひとと女のひとの身体の作りの違いにあるかもしれませんね」
真剣な私に真面目にビョルンさんが答えてくれて、私はカスパルさんとブレンダさんが笑った意味が分かった。お手洗いに行くときに男性はズボンの前を開けるだけでいいけれど、女性はズボンを全部脱いでしまわなければいけない。
そういうことなのかもしれないと分かれば私は黙ったがヨアキムくんとファンヌは分かっていないようだった。
首を捻る二人にビョルンさんもそれ以上説明できずに答えに困っていた。
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