27.湖で舟遊び
オースルンド領にいる間に思い出になることをしようとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が湖に誘ってくれた。海には行ったことがあるけれど湖はない私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんは連れて行って貰うことにした。
カスパルさんとブレンダさんとリーサさんも一緒で、リーサさんはエディトちゃんを乳母車に乗せての参加だった。
カミラ先生とビョルンさんは保護者としてついてきてくれる。ピクニック気分で魔術のかかったバスケットにたくさんのサンドイッチと焼き菓子、水筒も入れてカスパルさんが持ち、ブレンダさんは敷物の入った魔術のかかった袋を持っていた。
ピクニック気分で移転の魔術で飛んで行った先はお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の湖畔の高台の別荘で、そこから湖が見えていた。緑の木々に覆われた林とそこを抜けたら見える青い湖面。きらきらと太陽を反射する湖面が涼しそうにさざ波を立てている。
「うみとちがうの?」
「海よりもずっと小さいんですよ」
「おみず、いっぱい、おっきーよ?」
「海みたいに塩辛いお水ではありませんし」
不思議そうに黒い目で湖を見下ろしているヨアキムくんは歩いて近寄れば近寄るほど、湖が大きいので海と見分けが付かなくなってくるようだった。
「水不足の際にはこの湖からオースルンド全域に水が供給されます。大事な水がめともいえるでしょう」
カミラ先生の説明に私はなるほどと思ったが、ファンヌとヨアキムくんがどこまで分かっているのかは分からない。
「湖ではボートに乗れるのよ。乗ったことがある?」
「ない!」
「ありません」
教えてくれるブレンダさんに元気よく答えるファンヌと私だが、ヨアキムくんは会話についていけていなかった。
「ボート、なぁに?」
湖に行ったこともないし、ボートに乗ったこともないのだから知らなくても仕方がない。私とファンヌも本で読んだことがある程度なのだ。
「僕も乗ったことはないけど、湖の上に浮かばせて遊べる小さな舟みたいなものかな」
「ふね! よーものりたい!」
船と言われれば海でも見ているので理解できたようでヨアキムくんは大きく手を上げて自己主張していた。石畳の道が途切れて土の道に変わる。周囲には雑木林が広がって、そこで蝉や虫が煩いほどに鳴き交わしていた。土の道は柔らかく踏みしめるとふかふかしているのが分かる。
昨日は午後から土砂降りの雨だったから土が水を吸っているのかもしれない。
湖の近くまで行くと白鳥が泳いでいるのが見えた。興味津々でヨアキムくんとファンヌが近付こうとするのを、リンゴちゃんがシャツを噛んで止めている。
「とりたん、さわりたい」
「ヨアキムくん、お水におちちゃうよ?」
「しろいとりさん、はくちょうっていうのよ。わたくし、しってます」
図鑑で見た知識を披露するファンヌをお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は褒めてくれる。褒められて鼻高々になっているファンヌは、ヨアキムくんの手を握った。
「ボートにのったらもっとちかくにいけるかもしれないわ」
「よー、ボートのる」
今すぐにでもボートに乗りたい風情の二人だが、先にリーサさんとエディトちゃんとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の寛げる場所を作らなければいけなかった。
湖の利用者のために屋根のある場所は作られていたのでそこに敷物を敷いてエディトちゃんが転がれるようにする。
「わたくしはエディト様と待っておりますので、ボートに乗ってきてくださいませ」
「僕も残るよ」
ボートには乗れる人数が決まっている。
カミラ先生とビョルンさんとヨアキムくんとファンヌ、ブレンダさんとお兄ちゃんと私の二グループに分かれた。二人から三人乗りなのだが、ヨアキムくんとファンヌは小さいので二人で一人として計算して、お兄ちゃんは大人以上に大きいので一人と計算するとどうしてもこういう別れ方しかなかった。
「たっぷり楽しんでいらっしゃい」
「何が見えたか戻ったら教えておくれ」
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様も快く私たちを送り出してくれた。
ボートの管理人からボートを借りて乗り込む。乗り場の木を組んで浮かせた場所から乗るのだが足元がぐらぐらしてなかなか一歩が踏み出せない私を、先に乗ったお兄ちゃんが手を差し出して助けてくれた。抱き留められるようにしてボートに乗ると最初は大きく揺れて怖い。
横で見ているとファンヌとヨアキムくんはボートに乗ったカミラ先生に、乗り場から抱っこしたビョルンさんによって渡されていた。
落ちても溺れないように厳重に守護の魔術をかけられて、お兄ちゃんとブレンダさんがオールでボートを漕ぐ真ん中に私は座っていた。湖面を波打たせる風が吹いて帽子を持って行かれないように押さえる。ルンダールのお屋敷の敷地よりもずっと広い湖は漕ぎだすと風が涼しくて心地よかった。
岸辺でお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が手を振っているのが見える。
「もうちょっと寄ってみる?」
「オールの使い方がよく分からなくて」
「やっていれば慣れるよ」
ブレンダさんに習いながら漕いでいたお兄ちゃんだが、二人の息が合わないとボートは目的の方向に向かわずその場でくるくると回転してしまう。お兄ちゃんは真剣だと分かっているので私は静かにしていたが、ブレンダさんにはおかしかったのか大笑いされてしまった。
それでもお兄ちゃんはすぐにコツを掴んでボートはお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様のいる岸辺の方へ向かう。
大きく手を振るとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様も振り返してくれたし、お留守番を言いつけられたリンゴちゃんが大きく跳ねていた。
「白鳥の方に行ってみますか?」
「いいよ」
白鳥の群れは近付こうとすると逃げていく。白鳥の群れを追いかけているとカミラ先生とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんのボートの近くに来た。
「ぶつかりそうですね、離れますか?」
「こういうときは、オールを漕がないでいたら大丈夫だから」
オールを漕ぐのを止めると、カミラ先生とビョルンさんもオールを漕ぐのを止めたようでゆらゆらとボートは漂いながら一定の距離を開けて近付いていく。
「ファンヌ! ヨアキムくん!」
「イデオンおにぃたん、オリヴェルおにぃたん、はくちょうさんがちかくまできたの」
「えさをもってるかとおもわれたみたい」
ボートで白鳥に餌をやる客もいるようでそれと間違われたというファンヌとヨアキムくんはすごく嬉しそうだった。
「はくちょうさん、はねのなかにあかちゃんがいたのよ」
「え!? 白鳥って羽根の中で赤ちゃんを育てるんですか?」
驚いたお兄ちゃんがブレンダさんに聞いてみると答えが返ってくる。
「泳ぎの下手な雛を背中に乗せていることはあるみたいよ」
「すごい、見たかった」
ファンヌとヨアキムくんはそれを見られたのだろう。幸運だったと羨ましく思うがもう白鳥は遠くに行ってしまっているのでこれ以上追いかける気にはならなかった。
もう一度お兄ちゃんとブレンダさんがオールを持って、ヨアキムくんとファンヌの乗ったボートから離れていく。身を乗り出さないようにヨアキムくんはビョルンさんの脚の間、ファンヌはカミラ先生の脚の間にしっかりと確保されていた。
手を振ってしばしの別れを告げてボートは湖面を滑っていく。一生懸命漕いでくれているお兄ちゃんとブレンダさんの帽子の下の額には汗が滲んでいた。
ボートでの舟遊びを楽しんで戻ってくるとお兄ちゃんが手を見せてくれた。農作業で皮が厚くなっている手の平は真っ赤になっている。
「オールを使うのに力んじゃったみたい」
「初めてだもんね。私ばっかり乗せてもらってごめんなさい」
「イデオン、こういうときはごめんなさいじゃない方が嬉しいな」
「あ、はい。お兄ちゃん、ありがとう」
飛び付いて抱き付くとお兄ちゃんは私を受け止めてにっこりと微笑んでくれた。
興奮気味でリーサさんとカスパルさんとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様のところに戻って来たファンヌとヨアキムくんは白鳥のことを鼻息荒く報告する。
「はくちょうさん、はねのしたにあかちゃんいたの!」
「えさをもっているとかんちがいして、こっちにきてくれたのよ」
「良かったわねぇ」
穏やかにお兄ちゃんのお祖母様が聞いてくれて、その間にリーサさんは全員分の食事の用意をする。お皿に取り分けられたサンドイッチ各種と焼き菓子、それにカップに注がれた冷たい紅茶。
紅茶を飲むと汗が引いていく気がした。
昼食を終えるとエディトちゃんのおっぱいの時間になる。
布で隠しておっぱいを上げるカミラ先生に私たちは少し離れて待っていたが、エディトちゃんもいつもと違う場所にきて疲れていたのか少ししか飲まずに寝てしまった。
移転の魔術でお屋敷に戻って、ファンヌとヨアキムくんはお昼寝に、私とお兄ちゃんは部屋で休む。
オースルンドで過ごす休暇は終わりに近付いていた。
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