26.問い詰められるドラゴンさん
お屋敷に戻って私とお兄ちゃんはまずシャワーを浴びて向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーバーで身体と髪をごしごしと洗った。呪いはもう解けているが影響が残っていないとも限らないし、同じ空間にいた私も呪いの影響を受けている可能性がないわけでもない。しっかりと洗い流してから爽やかな香りに包まれて、私とお兄ちゃんはカミラ先生とビョルンさん、カスパルさんとブレンダさん、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の前でベンノ・ニリアンが仕掛けてきたこと説明したのだった。
「ベンノ・ニリアンは娘と共にひとを操作する呪いに長けているようです」
「お兄ちゃんと私をさらって、むすめとみあいをさせようとしたみたいなんです」
「前にもイデオンが攫われて娘に魅了の呪いをかけられました」
私たちの報告をカミラ先生は重く受け止めてくれた。
「自分の腹を探られている気配に、娘とオリヴェルやイデオンくんを婚約させて味方に付けようという魂胆なのでしょうね」
「なんて汚い男だ」
怒りを込めてビョルンさんも言ってくれるが、これで一つ核心に近付いた気が私はしていた。
「みりょうののろいで、ルンダール家のメイドさんもあやつられたんじゃないでしょうか」
「あり得ますね」
「そのあとで……しょぶんされた……」
自分でも怖いことを口にしている自覚はあった。子ども用のサイズになったまな板を抱き締めて震えているとカミラ先生が角に血のついたまな板に目をやった。
「その板はなんですか?」
「ファンヌが持っていたなきりぼうちょうです」
「は?」
驚いて動きが止まってしまったカミラ先生の気持ちもよく分かる。
伝説の武器が私にも使えたことも驚きだが、何よりどうしてまな板なのか全く分からない。菜切り包丁はまだ刃物だから納得できないにしても武器と言えるかもしれないが、私が持っているのはごく普通の木でできたまな板だ。
「……ちょっと、イデオンくん、ドラゴンを呼んでくれますか?」
「ふぁ!? どこに!?」
「庭に出ます。少し、話し合ってきます」
びっくりして妙な声が出てしまったけれどカミラ先生は本気だった。
私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんを連れて、カミラ先生はビョルンさんと共に庭に出た。できるだけ広く拓けている場所を選んでドラゴンさんを心で念じて呼ぶと大きな影が空から夏の庭に落ちてきて、翼の起こす風と共にドラゴンさんが降り立つ。
「イデオンくんも伝説の武器を使えたのですか?」
『幼子二人でなければ抜けなかった武器だ。二人とも使えてもおかしくはない』
「武器ですよね? なんでまな板なんですか?」
語調も荒く詰め寄るカミラ先生。リンゴちゃんも自分が巻き込まれた事件なので納得がいっていないのか、後ろ脚をバシバシ鳴らしてドラゴンさんに詰め寄っている。
元々はリンゴちゃんの食欲が招いた事件だったのだが、その辺はウサギなので忘れているようだ。
『何故まな板なのであろうな……』
「あなたは伝説の武器の管理者なのでしょう? 責任をもってきっちり説明してください!」
『我とて分からぬことはある……そもそも幼子の武器が菜切り包丁であったのも納得がいっておらぬし』
あ、やっぱりドラゴンさんもファンヌの武器が菜切り包丁だったことに納得がいっていなかったのか。私も全然理解ができていなかったけれど、今度はまな板である。菜切り包丁を遥かに超えるインパクトがあった。
『伝説の武器は持ち主によって形を変える。まな板となったのは、その幼子が誰も傷付ける気がない証拠でもあり、妹の菜切り包丁を受け止める気だったのかもしれぬ』
「上手に纏めたつもりになってますけど、まな板ですよ、まな板! 盾ですらないんですよ?」
『我をそんなに責めるな、ひとの「魔女」よ』
カミラ先生の前にはドラゴンさんもたじたじになってしまうようだった。
解せぬ顔のままカミラ先生はドラゴンさんを帰し、リンゴちゃんがバシバシと地面を後ろ足で叩いている姿にため息を吐く。
「あなたがウサギだということは重々承知しています。ですが、今回のことは反省してください」
説教の気配にびくりとリンゴちゃんは大きな身体を縮めた。
「しばらく、果物は禁止です」
罰を言い渡されてリンゴちゃんは頭を下げてがっくりと意気消沈している様子だった。バナナやリンゴやイチゴなど、私たちのおやつの時間に合わせて与えられる果物をリンゴちゃんはとても楽しみにしているのは知っていた。
それがなくなるのだからショックだろう。
それでも、リンゴちゃんのしてしまったことはそれだけの罰を受けるべきことだった。
「よーが、みてなかったの。ごめんね、リンゴたん」
「わたくしもバラをみていたらねむくなってしまって」
思い出したのかファンヌが大きく欠伸をする。
攫われかけた事件とシャワーで既に大幅にお昼ご飯の時間を過ぎていた。お昼ご飯の後はお昼寝をしている二人はもう眠くなってもおかしくない時間だ。
「まずはお昼ご飯を食べましょう。イデオンくん、伝説の武器……と思いたくないのですが、そのまな板をファンヌちゃんに返してくれますか?」
「はい。ファンヌ、ああいうときは助けをよびにいかないとダメだよ」
「わたくしがかてるとおもったの。ごめんなさい」
謝るファンヌにまな板を手渡すとそれが形を変えて鞘に入った子ども用の菜切り包丁になる。どういう原理か分からないが伝説の武器は確かに形を変えるようだ。
「それにしても、まな板……」
「間違いなくまな板だったね……」
目を瞑っていたので分からなかったが私はまな板をベンノ・ニリアンに投げて、それの角がベンノ・ニリアンの頭に当たって石畳の上に倒したようなのだ。
もっと格好いい武器が世の中にはどれだけでもあるはずなのに、私にお似合いの武器はまな板だと思うとどうしても解せない。まな板は武器ではないし、私の使い方も極めて間違っていた気がする。
まな板を投げ付けられて倒れたなんてベンノ・ニリアンも他人に言えないだろう。
「痛くもない腹を探られたなら普通は仕掛けてきませんよね」
簡単に摘まめるお昼ご飯を食べながら呟いたお兄ちゃんに、カミラ先生が同意する。
「後ろめたいことがあるから、オリヴェルやイデオンくんを自分の元に引き込んで、味方に付けようという魂胆だったのでしょう」
「魅了の呪いでイデオンと僕が操られていたらと思うと恐ろしいです」
「魅了の呪いは使うことを禁じられているはず。その線からじわじわとベンノ・ニリアンを追い詰めていくことができるかもしれませんね」
魔術具をすり替えたのがベンノ・ニリアンでなくても、メイドさんを操っていたのならば罪はベンノ・ニリアンにある。
「ただ、魔術具をすり替えただけでは、ベンノ・ニリアンを追い詰められないのですよね」
すり替えられた魔術具のせいでレイフ様が亡くなったとしても、直接ベンノ・ニリアンが手を下したわけではないから重い罪に問うことはできない。精々罰金刑くらいでしかないと説明されて私は眉間に皺を寄せる。
「それくらいですませるのは、なっとくがいきません」
「僕もです」
私とお兄ちゃんの言葉にカミラ先生はもう一つの案を提示して来た。
「メイドを処分した件では、明らかに殺人の罪に問えるかもしれません」
魅了し操り孕ませたメイドさんを用なしになったら処分した可能性の高いベンノ・ニリアン。
メイドさんの遺体が見つかればその罪を暴くことができる。
「ニリアン家の敷地内を捜索させてもらいましょう」
幸い現在のニリアン家の当主のデニースさんは私たちに協力的だった。
ルンダール領に戻ったらデニースさんに申し入れることにして、私たちは昼食を終えて眠たいファンヌとヨアキムくんはお昼寝に行った。その間私とお兄ちゃんは部屋で椅子に腰かけて話をしていた。
「操られたのがイデオンじゃなくて良かった。あんな姿もう見たくなかったからね」
「お兄ちゃんがあやつられて、すごくこわかった」
思い出すと涙が滲んでくる。
開け放した窓から湿った風が吹き込んで来ていた。一雨来そうに空が暗くなっている。
「お兄ちゃん、もっと気をつけないといけないね」
「ルンダール家の人間はニリアン家の人間に狙われている」
お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様、それにレイフ様。アンネリ様だってコーレ・ニリアンの勧めた再婚相手と結婚して毒殺されてしまった。
狙われているからこそ私たちは協力して生き抜かねばならない。
それを痛感した一日でもあった。
外は土砂降りの雨が降り出していた。
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