22.マンドラゴラ大脱走
オースルンド領に行く前にダンくんと話しておきたくて私はお兄ちゃんと一緒にダンくんの家を訪ねた。ルンダール家の子どもが一人で出歩くのは危ない。ダンくんの家だからお兄ちゃんと二人での外出が許されたけれど、お兄ちゃんに迫る女の子を追い払うためについて行ったら攫われるきっかけになったり、魅了の魔術をかけられたりした私は、できるだけカスパルさんかブレンダさんについてきてもらって身を守るようには気を付けていた。
今日はお兄ちゃんと二人きりだから、少し油断していたのかもしれない。
ダンくんとミカルくんが出て来るまでの間薬草畑を見せてもらっていたが、マンドラゴラの植えてある畝が気になったのだ。
ルンダール家のお屋敷に植えてあるマンドラゴラは放っておいても「びぎゃ」「びぎょ」と土の中で話し合っていて、カミラ先生のお乳のために声をかければちゃんと良く太った収穫時期の蕪マンドラゴラが出て来てくれる。
ダンくんの家のマンドラゴラは喋ってもいないし葉っぱも元気がないように見えたのだ。
マンドラゴラがよく育っていないのではないだろうか。心配になって私は肩掛けのバッグから私の蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラと南瓜頭犬にあげるための栄養剤を取り出した。少しずつぽとぽとと栄養剤をかけていると葉っぱも青々としてくる気がする。
安心してお兄ちゃんのところに戻ってくるとダンくんが家から出て来てくれていた。
「待たせてごめんな、ミカルがご飯のスープこぼして、かたづけてたんだよ」
「あつくて、ふーふーしてたら、こぼれちゃったの」
「部屋があついからあせだくだったもんな」
ダンくんとミカルくんは二人そっくりの赤毛を突き合わせて話している。私とファンヌも周囲からこんな風に見えているのだろうな。お兄ちゃんとは血の繋がりがないので似ているわけないのだが、毎日同じものを食べて一緒にいるのだからちょっとでも似たらいいのにと思う。
特に身長と体格。大人の男性よりも背が高くて体格のいいお兄ちゃんのようになりたいのに、私は小さくてひょろひょろだった。
「部屋そんなに暑いの?」
「さいきんはもらった水筒とぼうしを部屋の中でも使ってて、あつさをしのがせてもらってる」
「イデオンが上げたものが役に立っているなら良かったよ」
お兄ちゃんが穏やかに微笑んで、ダンくんとミカルくんは額に滲んだ汗を拭う。
「少しの間、オースルンドりょうのお兄ちゃんのおじいさまとおばあさまのところに行って来るんだけど、その間もハチドリイチゴのおせわをおねがいしたくて」
「屋敷のセバスティアンさんにダンくんとミカルくんが来たら通してくれるようにお願いしておくから良いかな?」
私とお兄ちゃんのお願いにダンくんとミカルくんは心強く頷いた。
「もちろん、おれがひきうけるって言ったからな」
「みーがんばるよ」
いい返事に私とお兄ちゃんは安心してミカルくんの手から水筒を受け取った。ひびの入ったカップを渡されてそこにお茶を注いで飲ませてもらう。暑い日差しで焦げそうになっていた体が冷たいお茶でお腹の中から冷えていくのを感じる。
蝉の声が聞こえていたはずなのに背中の方の薬草畑が騒がしい気がする。ダンくんのお父さんとお母さんの悲鳴も聞こえてきている。
「マンドラゴラが逃げ出したー!?」
「ダン、ミカル、ちょっと手伝ってー!?」
振り返ると私が栄養剤をかけたマンドラゴラたちが元気いっぱい畝から出てきて走り回っていた。それを一生懸命ダンくんのお父さんとお母さんが追いかけて捕まえようとしていた。
「なんだ!? マンドラゴラがにげだすなんて!?」
驚いているダンくんに私も驚いてしまう。
「え? マンドラゴラって自分でうねから出て来るものじゃないの!?」
「は? そんなわけあるか!」
「うそ!?」
そういえば以前にもカミラ先生がそんなことを言っていた気がする。でも私にとってはルンダール家のマンドラゴラが普通なので、そんなことはすっかりと忘れていた。
「ふつうのマンドラゴラは、にげだしたりしない……」
「イデオン、捕まえないとダンくんのお家の収入がなくなっちゃう! 手伝うよ」
「あ、うん! お兄ちゃん、てつだおう!」
逃げ回るマンドラゴラを他の薬草畑を踏まないように捕まえるのは思ったよりも骨が折れる。薬草の茂みに隠れられてしまうとその薬草を折ったり傷付けたりしないように捕まえないといけないし、そうやって躊躇している間にちょこちょこと逃げ出してしまう。
ダンくんとミカルくんは挟み撃ちにしようとしたが、脚の間をすり抜けられて頭をぶつけていた。
「なんで急にマンドラゴラが逃げ出したんだろう」
お兄ちゃんの疑問に私は恐る恐る答えた。
「ダンくんの家のマンドラゴラは元気がないって思って、持ってたえいようざいをあげたの……」
「イデオンの持ってる栄養剤って、ビョルンさんが特別に作ってくれてるやつ?」
「そうだと思う」
私たちだけで作れる栄養剤は魔術を交えないで作る領地に解放されたレシピだが、ビョルンさんからもらったものは引き抜いてから何年も経つファンヌの人参マンドラゴラのために、ビョルンさんが魔術をかけて作った特別なものだ。それを私のマンドラゴラと南瓜頭犬にも分けてもらっていた。
まさかこんなことになるとは思わず申し訳なさに、一生懸命マンドラゴラを追いかけるけれど、他の薬草を避けるときに私は格好悪くずっこけてしまった。
「ふぇ……私のせいで……」
「イデオンは良かれと思ってやったんだもんね。すみません、イデオンがビョルンさんの特製の栄養剤を上げてしまったみたいなんです」
「それでマンドラゴラが急成長したんですね」
「走るマンドラゴラなんて初めてですね」
泣き出しそうな私を脚の方に引き寄せて撫でながら、お兄ちゃんがダンくんのご両親に説明してくれる。急にマンドラゴラが逃げ出して驚いていたダンくんのご両親もビョルンさんの名前が出て納得したようだった。
理由が分かっても、マンドラゴラが捕まらないのではどうしようもない。
泣き出しそうな私にお兄ちゃんが膝を付いて手を取ってくれる。
「イデオン、マンドラゴラと南瓜頭犬を出して、呼んでみて」
「うちのマンドラゴラとちがうんでしょう? 私がよんで来てくれるかな?」
「失敗しても良いからやってみよう」
お兄ちゃんに励まされて私は肩掛けのバッグから蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラと南瓜頭犬を出した。栄養剤を定期的に与えられて艶々と元気な蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラはダンくんの畑のマンドラゴラたちよりも一回り以上大きかった。
「しゅっかするよ! せいれつして!」
「びぎゃ!」
「びょえ!」
「びゃわん!」
私の呼びかけに合わせて私の蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラと南瓜頭犬が鳴き声を上げる。その声が薬草畑に響き渡るとダンくんの家の畑のマンドラゴラたちがびくりと反応した気がした。
「イデオン、良い感じだよ。もう一回語り掛けてみて。今度はダンくんのためになるようにって」
「分かった」
アドバイスを受けて私はもう一度声をかける。
「ダンくんとミカルくんのお家のためにも、みんなせいれつして! にげだされちゃったらダンくんのお家のみんながこまっちゃうからね。おねがい、ダンくんとミカルくんのためにも!」
「びゃーーーー!」
「ぎゃーーーー!」
「びゃうん、びゃうん!」
私の声に蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラと南瓜頭犬も一緒に叫んでくれる。逃げ回っていたマンドラゴラたちの動きが止まって、しずしずと薬草畑の茂みの中から出てきてダンくんとミカルくんの前に並んで行く。
「ダンくん、ミカルくん、袋に入れて」
「お、おう!」
「にぃたん、マンドラゴラ、おっきくなってる!」
お兄ちゃんの言葉に慌てて袋を用意してダンくんとミカルくんがマンドラゴラを袋に納めた。
「イデオン様、ありがとうございました」
「いいえ、私のせいでごめんなさい」
「いえいえ、こんなに立派なマンドラゴラに育って……」
ビョルンさんの魔術のかかった栄養剤を上げてしまった浅慮のせいで大騒ぎになってしまったけれど、ダンくんのご両親は怒っていなかった。それどころか感謝されてしまって驚く。
「これだけ育ったマンドラゴラなら、マンドラゴラ品評会に出せるかもしれませんよ」
「品評会に!?」
以前に行ったことある独特の空気のあるマンドラゴラ品評会のことをお兄ちゃんが話題に出すとダンくんのご両親は興味津々だった。
マンドラゴラ品評会でダンくんの家の畑のマンドラゴラがいい値段がついてダンくんの家の借金が無くなることを知るのは、私がオースルンド領から帰って来てからのことになる。
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