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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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19.シャンプーバーは使いにくい

 向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーバーに青花を混ぜた成果は私自身で体験した。ベンノ・ニリアンの娘のヘッダさんに魅了の呪いをかけられたのをお兄ちゃんが綺麗に洗い流してくれたのだ。

 物凄く怖い体験だったので私はダンくんとフレヤちゃんにもらった鱗草のラペルピンを肌身離さず持っていようと決めていた。お風呂から出た私をカミラ先生が抱き締めてくれる。


「無事で良かったです。話を聞いて心配していました」

「すごくこわかったです。自分の考えていることじゃないことを口がかってに言って、体がかってにうごいて……つりがきにもこんなのろいがかかっているかのうせいがあったなら、さわらなくてよかったです」


 素直に恐怖を口に出すと涙が出てきそうで私はすんと洟を啜った。お兄ちゃんが私のことを信じ通してくれたからこそ連れて帰って来てもらえた。


「ベンノ・ニリアンは自分の娘を使ってでも地位を取り戻すことに必死のようですね」


 元は大貴族の家系で父親のコーレ・ニリアンから家を受け継ぐ予定だったのだろう。それが全てなくなったとなれば、妙な動きをしてもおかしくはない人物だった。

 レイフ様の魔術具をすり替えて死に追いやった疑惑も解けていないのだ。


「ベンノ・ニリアンはレイフ兄上の死後、アンネリ様とお見合いをしようと考えていたようですよ。従姉弟(いとこ)同士なので血が近すぎると止められたようですが」


 貴族ならばいとこ同士の結婚も珍しくはない。魔術師の血統を守るために近親婚が横行していた時代もあるし、それを薄めるために魔術の才能のある貴族ではない人々が売られるようにして貴族と結婚させられた歴史もこの国にはある。

 そういう馬鹿げたことがないように人身売買は国の法律で禁じられているし、それぞれの領地でも領主が厳しく取り締まっているはずだった。ただ領主自体が腐りきっている領地もあるのだ。私の父親がルンダール領の当主だった時代のようなことをしている領地もあると聞いている。

 ルンダール領はカミラ先生が当主代理となって落ち着いたし、お隣りのオースルンド領もお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様が二人で統治していて落ち着いている。

 領主の子ども同士の政略結婚も珍しくはない貴族社会で、私のお見合い写真の中に他の領地の領主の娘のものもあったのをそのときの私は知らない。それが私よりもずっと年上で、本当はお兄ちゃんとのお見合いをしたかったのだが断られたがために年の差を考えずに送って来られたものだということも。


「ファンヌ、ヘッダさんのおやしきでほうちょうは使ってなかったけど、どうしたのかな?」


 カミラ先生と話した後で子ども部屋にファンヌとヨアキムくんに私の呪いが解けたことを見せに行って、私はファンヌに問いかけた。テーブルでお絵描きをしていた二人の横顔を窓から差し込む強い日差しが眩しく照らしている。


「ほうちょうをつかったら、まっぷたつになるからダメってオリヴェルおにぃちゃんにいわれたの」

「あ、そうだね」


 ファンヌの身長より大きな包丁を振り下ろされたらドアの前に立っていた男性は真っ二つになっていただろう。そんな血生臭い光景を私は目の当たりにしたくなかったし、ファンヌの可愛い小さな手をそんなことで汚したくはなかった。

 そんなところまでお兄ちゃんは配慮してくれているのだと私は改めてお兄ちゃんを尊敬した。


「イデオンにぃたま、ぶじでよかったの」


 小さな両腕を広げて抱き締めてくれるヨアキムくんに私も両腕を広げて抱き返す。ふわふわの黒髪が鼻を掠めて、同じ向日葵駝鳥と青花の石鹸とシャンプーバーを使っているので、私とヨアキムくんは同じ匂いがした。


「そういえば、リーサさん、シャンプーバーのことなんですけど」

「新しく支給された試作品ですよね」

「あれ、どう思いますか?」


 シャンプーバー自体の効用は分かったのだが私にとって固形のシャンプーは非常に使いづらかった。泡立てにくくて元々自分一人で髪を洗うのが下手なのに、固形になるとますます髪を洗うのが難しくなる。

 いっそ髪を短く切ってしまえばいいのかもしれないが、お兄ちゃんがシュシュを買ってきてくれて、前髪もヘアクリップで留めるようになってから私は髪を切るのももったいなくてできなくなった。


「ヨアキム様とファンヌ様の髪を洗っていますが、正直に申し上げて、子ども向けではないと思いますね」

「やっぱり、あわだてにくいですか?」

「ヨアキム様もファンヌ様も自分で髪を洗う練習をしているのですが、つるつると滑って泡立てるどころではないです」


 やっぱり思った通りだった。

 リーサさんの忌憚のない意見を受けて私はお兄ちゃんを見上げる。


「シャンプーはえきたいがいいと思うんだ」

「イデオン、頭洗うの大変そうだもんね」

「えきたいにするのはむずかしいのかな」


 こういうときに私たちだけで悩んでいても仕方がない。

 おやつの時間を待って、カミラ先生がエディトちゃんにお乳をあげ終わってから話をすることにした。

 焼き上がったフィナンシエのバターの香りと冷えたフルーツティーの甘い果実の香りが部屋中に漂っている。先に食べ始めたファンヌとヨアキムくんはカミラ先生が席に着くまでに食べ終えていて、おやつの大根の葉っぱを食べ終えたリンゴちゃんと遊び始めていた。


「えきたいのシャンプーを作るのはすごくむずかしいんですか?」


 私やファンヌやヨアキムくんがシャンプーバーでは上手に扱えないことを説明してからカミラ先生に聞いてみると、答えはあっさりしたものだった。


「それほど難しくはありません。石鹸をすり下ろしてお湯で溶けば液体になりますよ」

「それなら、えきたいのシャンプーの方がいいと思います」

「ひと手間加えるので固形のままで試作品は用意していましたが、商品にするときには液体にしましょうね。他にも気が付いたことがあったら、いつでも言ってくださいね」


 呪いをかけられるのが大人だけとは限らないし、子どもに使いにくいということは大人にだって使いにくいはずなのだ。少しでも手軽に手に取ってもらえるように商品を開発するのも思い付いた私の役目なのかもしれない。


「カミラ先生は私が小さいのにばかにせずにお話を聞いてくれます。だから、私は自分の思い付いたことをきがるに口に出せます。ありがとうございます」


 頭を下げてお礼を言うとカミラ先生は少し驚いたような表情をしていた。


「イデオンくんは、自分がとても賢いことに気付いていないのですか?」

「え?」

「イデオンはすごく賢くて状況をよく見ているよ。それはファンヌの肉体強化の魔術や、ヨアキムくんの呪いに劣らないすごく素晴らしい能力だと思う」


 カミラ先生とお兄ちゃんに両方から褒められて私は驚いてしまった。

 そうか、私は賢かったのか。

 薄っすらと同年代の子どもたちよりは賢いのではないかと気付いていたが、大人に匹敵するほど賢いなんて私は思ってもいなかった。

 指摘されて初めて自分の能力に気付く。


「私はお兄ちゃんやカミラ先生のやくにたっていますか?」

「いつもイデオンくんの意見は参考にさせてもらっていますよ」


 穏やかにカミラ先生が微笑んで私は自分がファンヌやヨアキムくんのように特別な力がないことに劣等感を抱いて気にしていた分だけ嬉しさが込み上げて来た。

 私はカミラ先生やお兄ちゃんの役に立っていた。

 力が弱くて体が小さくて、攫われたり罠にかけられたりして、足を引っ張ってばかりいると思い込んでいた今まで。

 新しい発見は私の心を明るく照らし出した。


「そうだった! 工場にりょうが付けられますか?」


 言おうと思っていて忘れていたことを思い出してカミラ先生に提案すれば、カミラ先生もすぐに寮の必要性に気付いたようだった。ルンダール領全体から工場で働くひとを募集するとなると遠方から通えないので諦めるひとも出て来るだろう。そういうひとたちのためにも向日葵駝鳥の石鹸の工場には寮があった方がいい。

 一大事業で雇用者も飛躍的にこれから増えるであろうルンダール領の向日葵駝鳥の石鹸工場。

 計画は着々と進んでいた。

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