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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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14.お兄ちゃんの恐怖と手紙の解読

 夕食の終わった寛ぎの時間。それは一日の報告の時間でもあった。


「リンゴたん、ほいくしょにきたの。みんなよろこんでたの」

「リンゴちゃんはキャベツあげたらのせてくれるもの」


 保育所での出来事を話すヨアキムくんとファンヌに足元でもしゅもしゅとレタスとリンゴを食べていたリンゴちゃんが耳を動かす。すっかり大きくなってしまったリンゴちゃんはポニーくらいあって、それに子どもたちが乗りたがるのも仕方のないことだろう。

 ヨアキムくんがエディトちゃんのお披露目パーティーで嫌なことを言われて泣いてしまって落ち込んで以来、リンゴちゃんはヨアキムくんの傍を離れず寄り添うようになった。体の小さいヨアキムくんはリンゴちゃんとファンヌが大好きで一緒にいると安心するようだった。


「ひまわりだちょうの種からとれた油がせっけんになるんじゃないかってお兄ちゃんと話していたんです」

「農家の収入を増やすために、向日葵駝鳥の石鹸やシャンプーを作る方法を公開したらいいのではないかと思っています」


 カミラ先生が当主代理になってからマンドラゴラの栄養剤のレシピも公開したし、農家ができる限り自分たちで収入を増やしていく工夫は凝らしていた。向日葵駝鳥の種から取れる油の活用方法の提案もその一つのつもりだった。


「農家が自分たちで作るのは現実的ではないですね。油にして手元に戻して、また加工するとなると手間もかかりますし、途中で加工料を取られます」

「いいかんがえだと思ったんですが」

「アイデアは悪くないと思います。使えば魔力の上がる石鹸やシャンプーは魔術師の貴族に売れるでしょう。ルンダール領の特産品として工場を建設するというのはどうでしょうか?」


 農家の子どもたちも全員が農地を受け継げるわけではない。両親が健在の間は他の工房で働いている場合も多いし、受け継ぐにしても両親が働けなくなってからという形も多いのだ。兄弟が多かったりするとリーサさんの家のように幼年学校を出た年から働きに出なければいけない子どももたくさんいるだろう。

 働き手の受け皿としてルンダール領が主体となって向日葵駝鳥の種から絞った油の加工工場を作る。そこで雇用が増えればおのずとルンダール領も豊かになっていく。


「薬草市で二束三文で買いたたかれるよりも、農家と契約を結んで向日葵駝鳥の種を仲介なしの料金で買い上げて、加工にもひとを雇うとなれば一大事業になりますね」

「ルンダールりょうのひとたちは、ねっちゅうしょうをふせぐためのまじゅつのかかった道具も買えないじょうきょうだと知りました。ルンダールりょう自体が豊かになればそれもかいぜんされるのではないでしょうか」

「えぇ、とてもいい考えだと思います。今年の向日葵駝鳥の収穫までには間に合うように工場を作らせなければいけませんね」


 この事業が成功すれば農家だけでなくて、農地を手放して日雇いで暮らすひとたちや仕事を得られないもっと貧しいひとたちへの救済にもなるかもしれない。

 農家のことしか考えられていなかった7歳の視野の狭い私の考えをカミラ先生はもっと現実味のある大きな事業に持って行ってくれた。工場と直接契約をすることによって農家の収入も増えるという更なるアイデアを添えて。

 やはり大人はすごいのだと感心した私は、まだ7歳の幼い自分の言葉をカミラ先生が汲んでくれるという有難さにもそのときなりに気付いてはいた。


「良かったね、イデオン」


 食後の寛ぎの時間も終わってお兄ちゃんとお風呂に入ると髪を洗ってくれながらお兄ちゃんがしみじみと私に呟いた。雑貨を売っているお店に寄ったついでに買ってきた新しいシャンプーは、森林のような爽やかな香りがした。


「私だけじゃ考えが足りなかった」

「それでも、イデオンは叔母上に気付きを与えたんだと思うよ。イデオンはこういうところがすごいと思う」


 褒められると照れ臭いような嬉しいような気分になる。夏場なのでシャワーだけで済ませて先に出た私はバスタオルで身体を髪を拭いてパジャマに着替える。お兄ちゃんが出て来る頃には私は先に部屋に帰っているのだが、部屋に戻ってからベッドに倒れ込んで考え事をしていた。

 ベンノ・ニリアンの情報はあれ以来入って来ない。孕まされたというメイドさんの実家にセバスティアンさんが連絡を取っても、そのメイドさんの行方は知れなくなっているということだった。


「もしかして、ころされた……」


 赤ちゃんができて邪魔になったメイドさんをベンノ・ニリアンは始末したのかもしれない。もしそのメイドさんがレイフ様の魔術具を取り換えたのだったら、口封じに殺されていてもおかしくはない。


「『殺された』って、怖いことを口にしてどうしたの、イデオン?」


 部屋に戻って来たお兄ちゃんに聞かれていたようで私はベッドから体を起こした。外は雨が降り出したようだ。大粒の雫が屋根や窓を叩く音が聞こえる。


「ベンノ・ニリアンは、メイドさんをころしてしまったんじゃないかと考えてたんだ」

「あり得ない話じゃない。父を殺そうとした事実が発覚するくらいならメイドさんを始末して口封じした方が良いと考えてもおかしくない輩だよね」

「お兄ちゃん……アンネリ様もおじいさまもおばあさまもころされたって分かって、レイフ様までって聞いて、怖くない?」


 雨音がお兄ちゃんの沈黙を際立たせるようだった。

 お兄ちゃんは私のベッドに腰かけて私の身体を抱き締めて来る。


「どうして、イデオンには分かっちゃうのかな」


 抱き締められてお兄ちゃんの表情は分からないけれど、私もお兄ちゃんの胴に手を回して必死にしがみ付いた。


「貴族社会は謀略と暗殺の歴史があるって言うけど、実際に僕の周りのひとたちはそれに巻き込まれ過ぎてる気がするんだよね。ルンダール家は呪われているって言われても仕方がない」

「お兄ちゃんはそんなことにはならないよ」

「叔母上もビョルンさんもカスパル叔父上もブレンダ叔母上も守ってくれると分かっているんだけど、それも期限付きだって思うと、怖くなることがあるよ」


 お兄ちゃんも怖かった。

 前からお兄ちゃんは自分が臆病だと言っていたがやはり近親者が次々と殺されたという事実が出てきて、怖くないはずがない。


「最終的に僕には何も残らないのかもしれない。僕の命すら危ないのかもしれない」

「お兄ちゃんに何ものこらないなんてないよ! 私はずっとお兄ちゃんのそばにいる!」

「イデオン、お願い。僕を一人にしないで」


 抱き締めるお兄ちゃんの腕は震えているような気がした。


「私とファンヌとヨアキムくんはどこにもいかない。お兄ちゃんのそばにずっといるよ」


 カスパルさんとブレンダさんがカミラ先生の補佐としてオースルンド領のお屋敷に残るように、私もファンヌもヨアキムくんもお兄ちゃんと一緒にずっとルンダールのお屋敷にいる。

 そう告げるとお兄ちゃんは安心したのか私を抱き締める手を緩めた。


「ありがとう。いい夢が見られそうだよ。おやすみ、イデオン」


 額にキスをされて私も額を押さえてベッドに倒れ込んだ。

 雨は翌朝まで降り続いていた。

 雨の日は水やりの必要はないけれど、薬草畑は見回りに行く。傘をさして水漏れのしないブーツを履いて出かけるとお兄ちゃんが私の足を見て言った。


「そのブーツちょっと小さくなったかもしれないね」

「うん、ちょっときゅうくつ」


 新しいブーツを作ってもらうのは申し訳ないし面倒だったが、ブーツが小さくなったということは私が大きくなったということで嬉しくもある。

 部屋に戻ると登校まで時間があったが、珍しくリーサさんがエディトちゃんを抱っこしたままで私とお兄ちゃんの部屋を訪ねて来た。


「お手数をおかけしますが、少しだけお時間をいただけませんか?」

「なんですか?」

「この手紙……分からないところがあるのです」


 遂にリーサさんの学習は進んでカスパルさんの手紙を読めるくらいに到達したようだ。読むかどうか分からないと言っていたリーサさんが手紙を読もうという心境が変化したのも喜ばしいことかもしれない。

 あまり内容に追求しないようにしつつお兄ちゃんの机の上に広げられた手紙を見て、一目で私とお兄ちゃんは気付いた。


「かっこつけてる……」

「詩的な難しい単語がたくさんですね……」


 ラブレターなのだから格好つけるのは当然なのかもしれないが、そのせいでリーサさんが読めなくなるなんて本末転倒も甚だしい。


 貴女の流麗なその髪に、内に秘めたる獣が猛り狂いそうになる。

 貴女のその姿は薔薇の幾重に連なる花弁に似て、真なる心の岸辺を覆い隠してしまう。

 硬く閉じた蕾の如くに甘い誘惑の芳香を秘める頑なな貴女。

 その柳眉を寄せさせるようなことはしたくはないが、この心が貴女を所望する。そして眠れぬ夜を明かす。

 貴女の蕾が花開くその刹那を私は待ち侘びている。


 少し読んだだけで私でも「?」が頭に出て来てしまう。

 その他にも心根が美しいだとか、芯がしっかりしているだとかそういう意味のことが美辞麗句で書かれているので、読んでいるこちらが恥ずかしくなる。

 リーサさんも真っ赤、私も真っ赤、お兄ちゃんも真っ赤で、手紙の解読は進んだ。


「ここに柳とあるのですが」

柳眉(りゅうび)ですね。美しい眉、そしてその持ち主のことを言います」

「りゅうび……突然柳が出て来るので意味が分かりませんでした」


 カスパルさんの詩的に書いた手紙が大いに空回っていることを知ってしまった私たちだった。

 それでもリーサさんが手紙を読みたいと思ったのは一歩前進なのではないだろうか。見守ることしかできないが幼い頃から私の世話をしてくれた優しいリーサさんに幸せが来ることを願わずにいられなかった。

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