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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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12.男らしさを求めて

 日に日に朝日が昇る時間が早くなって、薬草畑の世話に起きる時間も早くなる。太陽が昇り切ってしまう前に水を上げなければ、土が乾き過ぎてしまうのだ。

 外の薬草畑の世話はお兄ちゃんに任せて、私とファンヌとヨアキムくんはバケツと如雨露を持ってハチドリイチゴの小屋に入って行った。実をつけるのは先だが葉っぱが伸びて青々と茂っている。暑さに萎れそうな葉っぱにも水をかけていくと活き活きと蘇るのが分かった。


「イデオン、虫の駆除は無理しないでね」

「ううん、がんばってみる!」


 天井が低いのでお兄ちゃんが入れないハチドリイチゴの小屋。害虫の駆除は私とダンくんがやっていた。朝に駆除できなかった分は幼年学校が終わってから来てくれるダンくんが引き受けてくれるのだが、朝の時点でも害虫を見つけてしまったら仕方がない。

 手袋を付けて勇ましくしているつもりだが、私はへっぴり腰で震えながら芋虫を摘まんだ。

 うわっ!

 柔らかい!?

 すぐに投げ捨ててしまいたくなるが我慢して、お兄ちゃんのところに持って行った。潰すのは怖くてできないのでお兄ちゃんに頼ってしまう。


「見るのとじっさいにさわるのとは、ぜんぜんちがうね」


 げっそりしている私をお兄ちゃんは労ってくれた。

 水やりを終える頃には朝日が昇っていて気温も上がって来る。お屋敷に戻ってシャワーを浴びて着替えて、涼しい風が通る魔術のかかった部屋で冷たい紅茶を飲んで一息つく。

 お兄ちゃんが私のまだ湿った髪を指で梳いた。


「イデオン、髪を伸ばしているの?」

「そういうわけじゃないけど……ぼさぼさになってる?」

「ヨアキムくんも髪を結んでるけど、イデオンも結んだらいいかもしれないね」


 ヨアキムくんは幼児特有のふわふわの髪なので理髪師さんに切ってもらっていなかった。ファンヌも髪を伸ばしている途中で、二人ともお揃いの小さな包みボタンのついた髪飾りで髪を結んでいる。それが姉妹のようで可愛くて、二人も気に入っているようだった。

 私の髪は前髪はお兄ちゃんの真似をして撫で付けようとして失敗したので横に流していて、後ろは長めに肩くらいまで伸ばしているというか気が付けば勝手に伸びていた。

 お兄ちゃんの手が丁寧に私の髪を梳いて横で髪を結んでしまう。


「とっても可愛いよ」

「かっこいいじゃなくて?」

「かっこよくなるのは、もうちょっと大きくなってからでもいいんじゃない?」


 お兄ちゃんに早く近付きたくてたまらないのにまだ7歳の自分が悔しくて堪らない私にしてみれば、可愛いという言葉は不本意でもあったけれど、お兄ちゃんに言われると不思議と受け入れてしまう。

 もっとかっこいい男性になってお兄ちゃんに並び立つようになりたい。

 鏡を見て結んでもらった髪を確認すると、映っているのはファンヌによく似た女の子のような姿でちょっと落ち込んでしまった。


「男らしくなりたいんだ」


 幼年学校で親友と思っているダンくんとフレヤちゃんに相談すると、二人とも目を丸くしていた。


「イデオンくん、知らないの……」

「やめとけ、フレヤ、知らない方がいいってことがあるんだ」

「でも……」


 フレヤちゃんは何を言いかけたのだろう。

 物凄く言いにくそうにしているフレヤちゃんに私は詰め寄る。


「なんのこと? 教えて!」

「イデオンくんは、ルンダール家の『お姫様』だってようねん学校中で有名よ?」


 え?

 ちょっと意味が分からない。

 私はクラスで一番小さくて、実は一年生でも私より大きな子がいるくらいで、顔もファンヌに似ているけれど、まぎれもない男性である。

 いつかは大きくなってお兄ちゃんを抱っこしたいという野望もあるのだ。

 それが何を間違って「お姫様」になってしまったのだろう。


「じょうきゅうせいとかが言ってるだけだよ。自分のこと『私』って言うし、ルンダール家で大事にされてるし、何かあったら妹と弟がたすけに来ちゃうし」

「すぐ泣いちゃうせんさいな子だから、まもらなきゃいけないっていうことよ」

「すぐ泣いちゃうって、そんなに私泣いてないよ!?」


 フレヤちゃんの慰めは全く慰めになっていなかった。

 女性のことを馬鹿にするつもりはないし、女性が劣っているなんてことは思わない。ルンダール領の当主代理はカミラ先生という女性だし、女の子だがファンヌはとても強い。

 それでも私は男性で「男らしく」なりたいのだ。

 その気持ちを説明したところで幼年学校中の噂が消えるわけがないが、フレヤちゃんとダンくんにだけは弁解しておきたかった。


「私、男だからね?」

「ま、まぁ、そうだよな」

「し、知ってる」


 なんだかすごく目をそらされてる気がするんだけどー!?

 それもこれもファンヌ似の顔が悪いのだ。本当は私の方が先に生まれているのでファンヌが私に似ているのだが、私はそう結論付けることにした。

 幼年学校が終わるとお兄ちゃんが迎えに来てくれて移転の魔術でお屋敷まで送り届けてくれる。

 その日のお兄ちゃんは大サービスで私を抱き上げて移転の魔術を唱えてくれた。結果としてお庭で遊んでいたファンヌとヨアキムくんの前に、私はお兄ちゃんに抱っこされた状態で現れることになる。


「イデオンにぃたま、オリヴェルにぃたま、おかえりなさい」

「わたくしもだっこして?」


 並ぶファンヌとヨアキムくんを私を降ろしたお兄ちゃんが順番に抱っこする。7歳でも抱っこされていても馬鹿にされないというのは嬉しいのだが、こういうことがあるから幼年学校で「お姫様」なんて言われているのかもしれない。

 ちょっと落ち込んでいることに気付いたお兄ちゃんが部屋に戻ってから私の話を聞いてくれた。


「今日は何があったの?」


 移転の魔術で登校するようになって、下校時間もお兄ちゃんと合うようなら移転の魔術で送ってもらう日々。馬車の中で二人きりで話す時間はなくなってしまったが、おやつまでの時間にお兄ちゃんは宿題をしながらでも私の話を聞いてくれた。

 今日は特に落ち込んでいる顔に気付かれてしまったので、お兄ちゃんは椅子を私の椅子の方に向けて膝を付き合わせて顔を覗き込んでくる。青い穏やかな目を見ていると、心が落ち着いてくるのが分かった。


「私、男らしくなりたいの」


 ぽつりと一言零れてしまうと、もう気持ちは堰を切ったかのように流れ出す。


「ようねん学校で自分が小さいって知ってショックだったんだ。いつかお兄ちゃんをだっこできるくらい大きくなりたいって思ってたから。そのうち大きくなれるかときぼうを持ってたけど、きょねんからすごく大きくなったわけでもないし」


 新学期の身体測定で測った私の身長は伸びてはいたもののすごく大きくなったという印象ではない。それどころか二年生にしてはやはりとても小さい方で二年生の中でも一番小さかったのだ。


「お兄ちゃんをまもれるようになりたい。つよい男になりたいって思うのに、ファンヌの方がずっとつよいし、ヨアキムくんみたいに呪いの力もないし」


 そこで言葉を切った私は涙で潤んだ瞳でお兄ちゃんを見上げた。


「私、学校で『お姫様』って思われてるんだって」


 苛められているわけではない。大事にされている方なのだがそれでもその言葉にショックを受けなかったわけではなかった。


「イデオンは、強くて男らしいよ」

「そんなことない。むりになぐさめなくていい」

「ううん、聞いてイデオン。僕は何度もイデオンに助けられてる。覚えてる? イデオンが薬草市で捨てられた僕を見つけてくれたこと。自分の両親を追い出して自分の身分がどうなってもいいから僕の身分を取り戻してくれたこと。叔母上の体調不良で当主の仕事を手伝おうとした僕のために、『早く大人にならなくていい』って言ってくれたこと」


 手を取られて私は洟と涙を流して泣いていた。

 お兄ちゃんの手は温かくて言葉は柔らかくて、それだけで泣けてきてしまう。


「イデオンはそのままでいいよ。僕にとっては誰よりも男らしくて、強い子だよ。ファンヌとは違う強さをイデオンは持ってる」


 垂れて来た洟をお兄ちゃんが拭いてくれて、私はぼろぼろと大粒の涙を流した。

 誰が分かってくれなくてもいい。

 大好きなお兄ちゃんだけが私のことを分かってくれていればいい。

 心の底からそう思えて、お兄ちゃんは落ち込んでいた私の気持ちを救ってくれた。


「これ、イデオンに」


 前髪を留めるクリップと髪を横で括る細めのシュシュでお兄ちゃんが私の髪を整えてくれる。クリップには綺麗な青いガラスがついていて、シュシュも青に白のストライプで、男の子が使っても構わないようなものだった。

 泣き顔を拭いてもらって髪を整えてもらった私は部屋の鏡の前に立つ。

 シュシュをくれたのも、前髪を留めるクリップをくれたのも、お兄ちゃんが私を女の子のようだと思っているからではないことは分かっていた。クリップとシュシュのデザインからもそれは伝わってくる。


「かっこいい?」

「可愛いよ、イデオン」

「もう、こういうときくらいかっこいいって言ってよ」


 それでも頑なに私のことは「可愛い」と譲らないお兄ちゃん。

 その理由が「可愛い」という言葉に特別の愛を込めてだということにそのときの私は気付いていなかった。

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