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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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11.赤ん坊に関する素朴な疑問

 このお屋敷の使用人さんのどれくらいが幼年学校卒業程度の知識があるのか。私は調べる方法を知らない。けれどほとんどが教育を受けられない状況にあったのではないかと予測できる。

 アンネリ様の時代ですらリーサさんは売られるようにしてこのお屋敷にやって来た。それ以前の使用人さんの扱いがどうかというのは考えるまでもなかっただろう。

 季節は春。暖かな日差しが入る子ども部屋の端で、カミラ先生がエディトちゃんにお乳をあげていて、リーサさんがそれに付き添い、ファンヌとヨアキムくんがエディトちゃんを応援している。

 使用人さんのことに想いを馳せている私の耳にセバスティアンさんの遠慮がちな声が聞こえたのは、そのときだった。


「デニース・ニリアンと仰る方が訪ねて来ております」


 デニース・ニリアンとはカミラ先生に決闘を挑んでファンヌとドラゴンさんにやっつけられたコーレ・ニリアンの妹だ。以前にエディトちゃんのお披露目パーティーで顔を会わせて、私がわざとジュースをドレスにかけて別室で話をした。

 何か情報が入ったのかとエディトちゃんにお乳をあげ終えたカミラ先生が応接室に移るのに、私は部屋に戻ってお兄ちゃんを呼んできた。


「デニースさんが来てるよ」

「分かった。すぐ行く」


 勉強をしていたお兄ちゃんはすぐに切り上げて椅子から立ち上がった。お兄ちゃんと一緒に応接室に行くと、ビョルンさんとカスパルさんとブレンダさんも合流していた。


「イデオンくんとオリヴェルも来たのですね。デニースさんはイデオンくんとオリヴェルを訪ねて来たと仰っていて」

「お久しぶりです、ルンダール家のオリヴェル様、イデオン様」


 深々と頭を下げられて私も頭を下げる。横を見ればお兄ちゃんも頭を下げていた。お茶が運んでこられて、お茶を飲みながら話をする。季節の新鮮なイチゴジャムを紅茶に入れると甘い香りが部屋に広がった。


「ベンノ・ニリアンのことをご存じですか?」

「いいえ、どなたですか?」


 知らなかったので素直に問い返すと、デニースさんは説明してくれた。


「兄のコーレ・ニリアンの息子でこのお屋敷のメイドに手を出して、アンネリ様から叱責されて一時期謹慎を言い渡されていた男です」

「ルンダール家のメイドさんにですか?」


 こういう男がいるからリーサさんはカスパルさんに遊ばれるかもしれないとか考えてしまうのだ。お腹の底から怒りがわいてくる私だが、お兄ちゃんが声を潜めたのに何か怪訝なものを感じ取っていた。


「そのメイドさんはどうなったのですか?」

「孕まされて……仕事を辞めて故郷に帰ったと聞きます」


 はらまされる?

 噂として耳にしたことはあったが、まだ7歳の私は「孕まされる」という言葉の意味が分からなかった。その当時の私は政治や教育や薬草についての知識はたっぷりとあったのだが、男女のことについては全く知識がなかったのだ。


「お兄ちゃん、はらまされるって、なぁに?」


 重々しい空気だったがその意味を知らなければ話が進まないような気がして、恐る恐る聞いてみるとお兄ちゃんは私がその意味を知らなかったことに驚いたようだった。


「女性が男性に望まない形で妊娠させられることを、孕まされるって今の説明では使ったのかな」

「え? にんしんって、赤ちゃんができることでしょう?」

「そうだよ」

「けっこんしてないのに、赤ちゃんができることがあるの?」


 まだ7歳の私にしては素朴な疑問のつもりだったのだ。

 男女が揃わないと赤ちゃんができないことは知っていたが、細かな性の知識などそのとき7歳だった私にあるはずがない。

 赤ちゃんとは結婚をした男女が授かるものだと勝手に信じていたのだ。ビョルンさんとカミラ先生もそうだったし、私の両親も結婚前から付き合っていたとはいえ結婚してから私とファンヌが生まれている。そういう両親の揃った家庭以外を知らない私の世界は狭かったのだと後に知る。


「結婚してなくても、男性と女性が赤ちゃんができるようなことをすれば、赤ちゃんはできちゃうんだ」

「そ、そうなの!?」


 それならばリーサさんの言っていた「過ちは犯していません」という言葉の意味も分かる。よく分からなかったのでカスパルさんと付き合っていないという意味かと思ったが、リーサさんは赤ちゃんができるようなことをしていないという意味で言ったのだろう。

 ちなみに具体的な方法は聞いてはいけない気がして聞かなかった。

 私の疑問が解決するとカミラ先生がデニースさんに問いかける。


「ベンノ・ニリアンはこのお屋敷のメイドと深い関係だったわけですね」

「ちょうどレイフ様が亡くなる前だと聞いています」


 レイフ様が亡くなる前にベンノ・ニリアンはこのお屋敷のメイドさんと男女の仲にあった。男女の仲と言ってみてはいるが、もちろん私にはよく分からない。ただ、メイドさんを利用してレイフ様の魔術具をすり替える機会があったのだけは確かだ。


「今のところ分かっているのはそれだけです」

「充分です。デニースさん、ありがとうございます」


 カミラ先生に感謝されてデニースさんは頭を下げて退出していく。男女の仲については疑問だらけだがお兄ちゃんにも聞いてはいけない気がして、それはそれとして置いておくことにした。


「お屋敷を出て行ったメイドさんの行方が分からないでしょうか?」


 お兄ちゃんの言葉にカミラ先生が紅茶を飲み干して難しい表情になる。


「このお屋敷に記録があるかもしれません。探させましょう」


 使用人さんはお屋敷を逃げ出したり、物を盗んだりすることがある。そういうときに足取りが掴めるように全員の素性が明らかにされているはずなのだ。素性の明らかではない使用人さんはそもそも雇い入れない。


「カミラ先生、話は変わるのですが、しようにんさんにしょこを開放するのはどうでしょう? リーサさんのように学びたくても学べなかったひとたちがいるかもしれません」

「書庫を……本の中には高価なものもありますからね。持ち出しは禁止にして、書庫だけで閲覧するようにして、書庫の管理人も置けば可能かもしれませんね」

「他のきぞくのおやしきでも、同じようにするようにはたらきかけられませんか?」


 私の提案はできる限り汲んでくれるカミラ先生だったが、この提案に関しては難しい表情を崩さなかった。


「イデオンくん、貴族は使用人が知恵をつけるのを好まないのですよ」

「どうしてですか?」

「読み書きと計算ができれば、もっといい職に就いたり、自分たちの給料が少ないことに気付いたりしてしまう。そういう考えが貴族の主流です」


 そうか。

 ルンダール領の領民全てが教育を受けることが好ましいと思っているのは私たちだけで、他の貴族にとっては使用人さんが知恵をつけることは小賢しいことなのかもしれない。


「各々の家のことまで強制はできません。法が変わって使用人にも休みが取れるようになったので、図書館が出来上がればそこで勉強する可能性も出てきます」

「としょかんのけんせつをいそがないといけないんですね」


 貴族の他の家に使用人さんの教育まで強制することはできないが、自ら学びたいと思うひとが図書館に通えるようにはすることができる。それだけでも私にとっては希望の光が差したようだった。

 部屋に戻ってお兄ちゃんの宿題が終わるのを待つ。宿題が終わるまで隣りの椅子に座っていると、お兄ちゃんが声をかけて来てくれた。


「イデオンが赤ちゃんのことを知らないなんてびっくりしたけど、そうだよね、イデオンはまだ7歳だったね」

「そういうことは、だれも教えてくれないでしょう?」

「実は僕もあまり詳細には分かってないんだよね」


 お兄ちゃんの告白に私は驚く。

 お兄ちゃんは私の知らないことを何でも知っているイメージしかなかった。


「貴族の子息はある程度の年齢になると、女性のいるところに連れて行かれて、経験するらしいんだけど……僕はそういうの嫌だし、ビョルンさんや叔母上がそういうことをさせるとも思わないし」

「け、けいけん!?」

「そう。そういうことを商売にしているひととするんだって」

「え……」


 何をするのかは分からないがお兄ちゃんが知らない女性と赤ちゃんができるようなことをする。想像しただけで私は泣きだしそうになってしまう。


「僕はするつもりはないよ」


 それでも無理やりに連れて行かれてお兄ちゃんがそんな事態に陥ったら私はどうすればいいのだろう。想像だけで怖くて涙ぐんだ私をお兄ちゃんは大きな手で頬を撫でて慰めてくれた。


「イデオンにもそんなことさせるつもりはないからね。叔母上だって絶対にそうだよ」


 だから安心してと言われても落ち着かない気持ちの私だった。

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