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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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8.ハチドリイチゴと恋文

「は……イチゴ? これ、なんて読むの?」

「ハチドリイチゴだね」

「ハチドリイチゴ!」


 お兄ちゃんと二人きりで部屋にいる私は、お兄ちゃんが勉強するついでに図書室から借りた図鑑を見せてもらっていた。丸い薄桃色の実に緑の葉っぱが羽のようについたイチゴの絵に私は目を奪われる。

 収穫時期は秋のようなので今から植えても間に合うかもしれないというのもきっちりチェックしていた。


「ハチドリイチゴはすごくえいようがあるんだって」

「甘酸っぱくて美味しいって書いてあるね。レシピもあるかな」


 宿題を終えたお兄ちゃんは書庫にレシピの本を探しに行った。ハチドリイチゴは珍しいのでレシピはなくて書庫から戻ってくる途中で、カスパルさんとブレンダさんに廊下で鉢合わせする。


「宿題? 教えてあげようか?」

「カスパルは攻撃魔術専門でしょう?」

「ブレンダは結界魔術専門じゃないか」


 どうしても対抗してしまう二人だが、ハチドリイチゴのページを見せると何か思い出してくれたようだ。


「これ、領主のお屋敷に貰ったことがあるわ」

「火を通すと栄養価が増すからジャムにして届けてくれたんだったっけ」


 領民から領主様へのプレゼントとしてもらったジャム。

 ジャムと聞いて一番に浮かんだのはカミラ先生だった。ジャムを紅茶に入れて飲むのが大好きで、今は赤ん坊のお乳をあげるために滋養に良い蕪マンドラゴラを毎日スープにして食べている。

 春生まれのエディトちゃんは秋になってもお乳を飲んでいるだろうし、マンドラゴラも冬場は育ちが悪くなる。それを考えれば保存が利くジャムを作るのは悪くないような気がしていた。


「お兄ちゃん、ハチドリイチゴの苗をかおう!」

「僕もそれを考えてた」


 マンドラゴラだけでなく農家が収入を得るためにハチドリイチゴも視野に入れて考えた方が良いかもしれない。相談するとすぐにカスパルさんもブレンダさんも私たちを薬草市に連れて行ってくれた。

 前回は二人きりで公園で待ち合わせをして攫われてしまったので、細心の注意を払ってカスパルさんとブレンダさんから離れないようにする。カミラ先生ほどではないが魔術の才能のある二人ならば多少のことがあっても平気だろう。


「リーサさんはなんの花が好きだろう」

「下心のない花ね。ヨアキムくんの摘んだ花みたいな」

「僕のは下心じゃなくて真心だよ」


 騒いでいる二人の声を聞きながら苗を売っている露店で育て方の注意点を聞く。


「実が育ってきたら(くちばし)から水や栄養剤を飲むから、与えた方が良いよ。完熟すると自分で茎を切って飛び立って次の場所に種を落とそうとするから、完熟前に収穫して鳥籠で熟すまで水と栄養剤を与えるといい」


 去年はスイカ猫と南瓜頭犬に挑戦したが、スイカ猫と南瓜頭犬は完熟すると自分で蔦を切って逃げ出してしまうのでネットで覆っていた。ハチドリイチゴも同じように逃げ出すみたいだが飛んで行ってしまうとなるとそれは面倒になる。


「とりかごも買わないといけないね」

「たくさん植えるつもりなら小さい鳥籠を買うよりも、大きな鳥籠を設置する方がいいよ」


 アドバイスに私は閃いた。

 保育所に南瓜頭犬とスイカ猫を寄付したが、そのときに立ててもらった小屋のようなものがあれば良いのではないだろうか。


「小屋をたてて、止まり木をよういして、逃げ出さないようにあみの目をこまかくしたらいいんじゃないかな?」

「小屋か……大仕事になりそうだね」


 向日葵駝鳥の柵はまだ残ってるが、今年はハチドリイチゴを育てるのでその場所に畑と小屋を作ればいい。

 計画を立てながら苗を多めに買って私とお兄ちゃんはブレンダさんとカスパルさんにお屋敷に連れて帰ってもらった。

 帰り着くとカミラ先生とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんが待っていた。


「どこに出かけていたのですか?」

「新しい植物に挑戦したくて、薬草市で苗を買っていました」

「今年は向日葵駝鳥は植えないのですね」

「今年は別のものに挑戦します」


 向日葵駝鳥の育て方については去年の経験をお兄ちゃんがまとめたものがあったので、これまで向日葵駝鳥を育てていなかった農家にもそれを無料で配布できるように準備していた。海沿いの街では向日葵駝鳥は盛んに育てられているが、お屋敷近くの農家ではまだまだそこまで手が回っていない。

 ケントとドロテーアの悪政が終わってから二年。領民はやっと日常生活を取り戻しつつあった。


「おやつの時間に皆さんに報告があって待っていたのですよ」

「オリヴェルにぃたま、イデオンにぃたま、すごいの!」


 お目目を煌めかせているヨアキムくんは先に教えてもらったようだった。

 お茶とおやつが配膳されるのを待っている間、私とお兄ちゃんはなんのことだろうとそわそわしていた。


「ヨアキムくんを泣かせて、オリヴェルとイデオンくんを攫ったあの貴族の屋敷を更地にして、跡地に図書館の建設が決まりました」


 魔術の才能のない子どもでも高等教育を受けられる学校は必要だが、そのためにはまず教育制度と教員の確保が必要だ。施設もルンダール領の全土から来るので寮も必要で、土地探しにも苦労していた。こちらも早急に進めなければいけない事業ではあったが、中々難しい。

 そこで、カミラ先生は誰もが使える図書館の方を先に着工したようなのだ。ちょうど更地になって空いていたあの貴族の屋敷跡が使えるということにヨアキムくんは大喜びだった。


「よー、かなしかったけど、おやしき、みんなのやくにたつばしょになるの」

「ヨアキムくんをなかせたやつのおやしきが、ゆうこうりようできてよかったね」


 喜び合っているヨアキムくんとファンヌをリンゴちゃんが足元にすり寄って幸福そうに見つめていた。幸福そうな顔をしているのはおやつにバナナの欠片をもらったからかもしれないけれど。

 その日のおやつはバナナのキャラメル煮に生クリームを乗せたタルトだった。甘くて美味しいタルトとミルクティーを飲みながら、私とお兄ちゃんは今年の薬草畑の計画についてカミラ先生やビョルンさんにも話した。


「ハチドリイチゴを育てようと思っています。向日葵駝鳥の柵を撤去して、畑と鳥小屋にして」

「ハチドリイチゴ。あのジャムが美味しいのですよ」

「すごくじようがあると聞きました。カミラ先生にぜひ食べてもらいたいと思って」

「私のために?」


 驚いた顔をしているカミラ先生が、すぐに笑顔になって私とお兄ちゃんを抱き締める。


「蕪マンドラゴラは冬場には育ちが良くありませんし、ジャムならば保存もききます」

「エディトちゃんにおちちがいっぱいでるように」

「なんて良い子たちなんでしょう。私は幸せ者ですね」


 喜んでもらえたようで安心したところでファンヌとヨアキムくんにも協力を仰ぐことにした。


「ファンヌ、小屋作りをてつだってくれる?」

「まかせて!」

「ヨアキムくんは、リンゴちゃんに雑草を食べてくれるように言ってくれるかな?」

「あい!」


 話が纏まったところで私は視界の端でカスパルさんがリーサさんにお花を渡しているのを確認していた。断るわけにはいかないので困り顔だが、嫌そうではない。

 以前からカスパルさんはリーサさんを気にしていたようだが、リーサさんはカスパルさんが遊びだと警戒しているようだった。


「お兄ちゃん、見た?」

「うん、見たよ」


 密やかに頷き合って私たちはおやつの後でエディトちゃんをベビーベッドに寝かせたリーサさんに近付いた。貰ったのは白い花で窓際に飾ってある。

 ガラスの花瓶に入れてある白い花は、大切にされているように見える。


「リーサさん、カスパルさんのことは……」

「すきなの?」


 おっと、なんということだろう。

 話しかけようとしたところで興味津々の顔でファンヌが割って入って来た。カミラ先生とビョルンさんのときもそうだったけれど、ファンヌは幼いせいか物言いがストレートすぎるのだ。


「嫌いではありませんよ。嫌いなどと言える身分でもありませんし」

「身分は関係ないのではないですか?」

「そうでしょうか? わたくしは12の年にこのお屋敷に来て、何の教育も受けていません。カスパル様に釣り合うような女ではありませんよ」


 お兄ちゃんの言葉にリーサさんは淡々と冷静に答える。

 確かにその通りなのだがそれはリーサさんのせいではない。リーサさんの家が貧しかったのも、売られるようにしてお屋敷に来たのも、教育を受けられなかったのもリーサさんのせいではないのだ。

 悲し気に微笑んでリーサさんはカスパルさんから受け取った手紙を私とお兄ちゃんとファンヌに見せてくれた。

 中身はよく見ていないが詩的な内容が書かれている気がする。


「カスパル様からいただきました」

「カスパル叔父上の気持ちが書かれているのではないですか?」

「オリヴェル様、わたくしは、難しい字が読めないのですよ?」


 幼年学校は義務教育で給食が無料だから行かせている家は多いのだが、幼い子どもでも働かせないと家計が成り立たない家の子どももいるのは確かだ。幼年学校にほとんど通わせてもらえなかったリーサさんは、私やファンヌの衣類に名前を刺繍してくれたくらいの簡単な文字列は読み書きできるのだが難しい単語が読めないという。

 どれだけ詩的な恋文をカスパルさんが送ってもリーサさんはそれを読むことができない。

 そのことが二人の間に決定的な溝を作っている。

 教育も受けられなかった使用人と、オースルンド領の領主の息子として何不自由なく生きて来たカスパルさん。カスパルさんはリーサさんが難しい単語を読めないなんてこと想像もしていないのだ。その感覚の違いも二人を引き裂く大きな要因な気がした。


「読めるように、なりたいですか?」

「わたくしが、ですか?」

「そのてがみを、読みたいですか?」


 しばらく逡巡した後のリーサさんの答えは「分からない」だった。


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