7.遺品整理
すぐにでも倉庫を探してレイフ様の死の疑惑の真相を導き出したかったが、夜にはお風呂に入って寝なければいけないし、朝は薬草畑の世話をしなければいけない。私はまだ7歳で夜遅くまで起きていられない。
当然大人だけで私を外して捜査をしても良いのだろうが、お兄ちゃんもカミラ先生もそんなことはしなかった。私の生活時間に合わせてくれる。
幼年学校にお兄ちゃんに送ってもらって登校してダンくんとフレヤちゃんに今日は忙しいのでお屋敷には来てもらうのを遠慮して欲しいという話をすると、快く了承してくれた。
「れんしゅうさせてもらったおかげで、入学式のあいさつはとても上手に言えたのよ。ありがとう。ファンヌちゃんとヨアキムくんとミカルくんにもお礼を言わなきゃ」
「ミカルにはいいよ。何が何だか分かってなかったし」
「いてくれたのが大事なのよ」
挨拶を聞く役をしてくれた三人にお礼を言うというフレヤちゃん。そういえば今月はダンくんの誕生月で、来月はフレヤちゃんの誕生月だと気付く。私は7歳になったばかりなのに二人がもう8歳になってしまうのは悔しい気もしたが、それよりもお誕生日お祝いを考えなければいけない。
何が喜ばれるだろう。私のお誕生日には二人は鱗草のラペルピンをくれたのだ。絶対にお返しをしなければいけない。
そのことについてもお兄ちゃんに相談しようと決めて幼年学校が終わってお兄ちゃんを待っていると、移転の魔術でお兄ちゃんが校門前に現れて私を迎えに来てくれる。
「危ないことはなかった?」
「平気だよ。学校にはけっかいがはってあるからね」
「良かった。昨日も移転の魔術でさっさと帰ってしまえば良かったね」
昨日は馬車を待っている間に囲まれてしまって連れ去られた私たち。馬車と移転の魔術とどちらが安全か比べるものではないが、あのときは移転の魔術を使っていた方が良かったのかもしれない。
「指標になる場所からじゃないと移転の魔術も難しいんだよね」
「ポータル?」
「ルンダールのお屋敷や、魔術学校、幼年学校には魔術がかかっていて、目印になりやすいんだ。目印がないままに移転の魔術で飛ぶと、位置がずれることがある」
行きは公園で指標となる魔術がかかっていなかったので馬車に乗った。帰りはお屋敷に戻るので指標があったのだが行きが馬車で、馬車が迎えに来てくれる話になっていたから移転の魔術を使わなかった。
安全を考えれば馬車を断って移転の魔術で帰るべきだったのだが、御者さんにお願いしてしまったものを取り消すのが面倒だったし、まさか公園で囲まれて攫われるとは思わなかったのだ。
何が起こるか分からない。
昨日の事件はそれを私に叩き込んだ出来事でもあった。
お屋敷に戻るとカミラ先生とビョルンさんは準備をして待っていた。ファンヌとヨアキムくんもエプロン姿に三角巾、口はハンカチでマスクのようにして完全防備で待っている。
「そうこをおそうじするのでしょう?」
「ほこり、いっぱいなの。リーサさんが、してくれたの」
小さなファンヌとヨアキムくんが埃で身体を壊したりしないようにリーサさんはきっちりと準備させてくれていたようだ。カミラ先生も長い黒髪を纏めて、口にハンカチでマスクをしている。ビョルンさんはよれよれの白衣を着て、ハンカチでマスクをしている。
私もお兄ちゃんにハンカチでマスクをしてもらって、お兄ちゃんもハンカチをマスクにしてアンネリ様のものが詰められた倉庫に入った。重い雨戸をカミラ先生とビョルンさんが開けると、光と新鮮な空気が入って来る。
「アンネリ様はレイフ様のいひんも大事に取っていたでしょうね」
「多分、ケントとドロテーアの二人には何がレイフ兄上のもので何がアンネリ様のものか分からなかったでしょう」
分からなかったからアンネリ様の遺品は全て倉庫に詰め込んで、誰にも触れられないようにしてしまった私の両親。大きな倉庫の中身を私たちはまだ隅から隅までは見ていなかった。
一つ一つ箱を開けていくとアンネリ様の服や装飾品などが出て来る。
「あまり大きなひとではなかったんだね……」
「お兄ちゃん、おぼえてる?」
「ううん、あまり覚えてないんだ」
亡くなったのがお兄ちゃんが5歳のときだというから覚えていなくても仕方がないだろう。出て来たドレスを広げてしみじみとそのサイズにお兄ちゃんはため息を吐いていた。
「僕、母よりずっと大きくなっちゃったんだね」
「お兄ちゃんが大きくなってアンネリ様はうれしいと思うよ」
「そうかな? 母には似てないのに?」
「アンネリ様の大好きなレイフ様ににてるんでしょう?」
慰めるとお兄ちゃんは潤んだ瞳を隠すように立ち上がって棚の引き出しを開けた。使っていた棚ごと倉庫に入れてしまうなんてずさんなやり方だと思うが、アンネリ様のものが荒らされずに残っているのならば私たちにとっては幸運だ。
「いつか目にしなければいけないと分かっていましたが、レイフ兄上が亡くなったのを実感するようで倉庫の整理を後回しにしていました」
「叔母上、責任を感じることはないです。僕も母のものはどうすればいいか分からなくて、話に出しませんでしたから」
ケントとドロテーアの夫婦が警備兵に連れて行かれて、カミラ先生が当主代理となって倉庫に自由に出入りできるようになってから、お兄ちゃんは幾つか思い出になる品は貰っていたが倉庫はそのままにしておいた。男性のお兄ちゃんが女性のアンネリ様の遺品を貰うのも抵抗があったのかもしれない。
「薔薇の花の髪飾り……薔薇が好きだったんだ」
棚から出した箱には赤い薔薇の髪飾りが入っていた。しみじみと呟くお兄ちゃんはきっとビョルンさんから聞いたアンネリ様の話を思い出しているのだろう。
レイフ様から薔薇を貰ってジャムにしてしまって叔母にあたるビョルンさんのお母様に叱られた話。それ以降薔薇が大好きで、それを知ったレイフ様が庭にアンネリ様のための薔薇園を作った話。
「きれーばら……」
「きれいね」
覗き込んでうっとりとしているヨアキムくんとファンヌ。お兄ちゃんはファンヌの頭に赤い薔薇の髪飾りを乗せた。まだ幼児特有のふわふわの髪のファンヌには早いが赤い薔薇の髪飾りを合わせてもらってファンヌは誇らしげに胸を張っている。
「大きくなったら、ファンヌが使ってくれる?」
「わたくしが? いいの?」
「僕を助けてくれたのはファンヌとイデオンだし、使われないよりも使われた方が髪飾りも母も喜ぶと思う」
箱に入れた赤い薔薇の髪飾りを受け取ってファンヌは嬉しそうにヨアキムくんと踊っていた。
「ちょっと、これを見ていただけますか?」
棚の中を探していたときにビョルンさんが声を上げた。引き出しの裏に隠し場所があるようなのだ。そこを開けるとブレスレットとアンクレットとネックレスとイヤリングの一式が出て来た。磨いていないので色が変わりかけているが、銀のシンプルな作りのそれは女性ものとは思えないサイズだった。
「これは、レイフ兄上が結婚のときに持って行った魔術具と似ていますね」
「本当にそうなのでしょうか? 魔術の痕跡が感じられないのですが」
魔術具ならば守護の魔術など魔術の痕跡が感じられてしかるべきものだが、その魔術具からは弱い魔術の痕跡しか感じられないとビョルンさんは言う。
「まじゅつが年月でぬけていくとか、あるのですか?」
「そんな粗悪なものをオースルンド領の領主が息子に持たせて婿入りさせるはずがありません」
「それがにせものという可能性は?」
手を翳して魔術を読み取るカミラ先生の眉根が寄る。
「レイフ兄上が持って行ったものとそっくりです……しかし、魔術がほとんどかかっていない」
魔術具は常に身に着けているので、毎回魔術がかかっているかどうかを調べるようなことはしない。一度取り換えられてしまえば、気付かずに魔術のほとんどかかっていないものを着けていくということもあり得るのだ。
カミラ先生の話を聞いて私は息を飲んだ。
「はやり病にかかったのは、しゅごのまじゅつがかかっていなかったから?」
「その可能性が高くなってきましたね」
誰が魔術具をすり替えたのか。
呪いをかけたのならばその痕跡から魔術を使ったものを調べることができるが、魔術具がすり替えられてその結果として病で亡くなったのであれば、手がかりを得ることは難しくなる。
「もう少し情報を集めましょう」
今すぐには答えは出せなくても、少しずつ証拠を集めて追い詰めていく。
犯人もコーレ・ニリアンの息子であろうと見当はついているが、はっきりとした証拠を見せなければ詭弁で逃げられてしまうだけだ。
情報が圧倒的に足りていない。
まだレイフ様の暗殺疑惑の真相に辿り着くには時間がかかりそうだった。
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