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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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13.一人寝の夜

 子どもは一人で寝なければいけない。

 それがこの国の常識のようで、ベビーベッドで寝かされるファンヌも、夜に泣いたときのために乳母が同じ部屋で眠っていたが、2歳になってから、私と同じ部屋で子ども用のベッドで寝かされるようになった。

 宿題で眠るのが遅くなることはあるが、お兄ちゃんは私に添い寝をして寝かせてから部屋に戻って、宿題が終わるとまたベッドに戻ってきてくれる。子ども用のベッドは大人ほどの体格のあるお兄ちゃんには狭かったが、ずっとお兄ちゃんに添い寝をしてもらっていたので、私はそれが普通だと信じ込んでいた。


「そろそろ、イデオンも一人で眠れないといけないね」


 2歳のファンヌも同じ部屋とはいえ、一人でベッドで眠るのだから、4歳の私がお兄ちゃんと寝ていていいはずがない。頭では理解できていたが、お兄ちゃんと離れるのが不安で、私は泣きそうになってしまう。

 ファンヌのベッドと私のベッドは近くに置いてあるし、一人ではないと分かっているのだが、部屋の灯りが全部消されて、「おやすみなさい」と言ってお兄ちゃんが出て行った後で、私は布団の中で全然眠れなかった。

 目を瞑るとお兄ちゃんが病気で苦しんで死んでいく様子が瞼の裏に浮かんで、涙が滲んで、怖くて目を開けてしまう。目を開けると部屋は暗く、薄らぼんやりと見える家具が、お化けのようで恐ろしくて寝る前にお手洗いに行ったのにおしっこが漏れそうになってしまう。


「おにいちゃん……ねむれないの」


 泣きながら廊下を歩いてお兄ちゃんの部屋まで来た私を、お兄ちゃんは嫌な顔一つせず迎えてくれた。枕元の灯りだけ付けた部屋で、私を膝の上に抱っこして、お兄ちゃんが本を読んでくれる。

 内容は難しくてよく分からないが、人参や大根や蕪やジャガイモなどの野菜に、頭髪のように葉っぱが生えて、根っこが手足のようになっていて、顔がある挿絵を見て、私はお兄ちゃんを見上げた。


「これ、なぁに?」

「これが、イデオンが興味を持ってたマンドラゴラだよ」

「つちのなかに、これがいるの?」

「そう。収穫できないけど、イデオンに見せてあげようと思って、本を用意してたんだ」


 たくさん見せたかったものがあると、お兄ちゃんは次々に本を出してくる。虫の本では、葉っぱを食べる芋虫と、受粉を助ける蜂や蝶、それにアブラムシとそれを食べるテントウムシのページをお兄ちゃんは開いてくれた。


「これ、おにいちゃんにおしえるむし、こっちはそのままにしておくむし」

「そうだよ。イデオンはよく覚えてるね」


 他にも料理のレシピ本の挿絵で、美味しそうな絵に涎が出たりしているうちに、私は眠くなってお兄ちゃんの膝の上で眠ってしまったようだった。朝起きると、お兄ちゃんは子ども部屋に私を運んでくれていて、ベッドには一人きりだったけれど、不思議と嫌でも怖くもなかった。

 起きたファンヌが、お尻から滑らせるように足をベッドの下に降ろして、乳母を呼びに行っている。私はお兄ちゃんを呼びに行こうとしたら、お兄ちゃんの方が廊下から歩いてきてくれた。

 お手洗いに行って、お着換えをするのは、かなり自分でできるようになった。靴下だけが上手に履けないので、お兄ちゃんに手伝ってもらって、身支度をして、早朝の薬草畑に向かう。

 一番奥の畝で「びぎゃ」「ぎゃぎゃ」と話しているのが何か、私はもう知っていた。


「マンドラゴラにおみずあげたい」

「それじゃ、お願いしようかな」


 いつもと違う場所に水やりをすることになって、ファンヌも声がする畝の土の中に興味津々だった。


「う?」

「マンドラゴラだよ」

「だんどら!」

「こうきゅうなおくすりになるみたいだけど、まだそだってないの」


 それに収穫するには『死の絶叫』と呼ばれる、頭痛や吐き気をもよおす呪いの叫びから身を守らなければいけない。お兄ちゃんにはそれができるのかもしれないが、魔術を全く知らない私とファンヌにとっては、『死の絶叫』は体調を崩すかもしれないと、お兄ちゃんはマンドラゴラを収穫していなかった。


「栄養剤で早く太らせるのが主流だけど、栄養剤が開発される前は、何年もかけて巨大なものを育てていたって文献にあってね」

「おっちー?」

「これからおおきくなるんだって、ファンヌ」


 水やりをしながら、お兄ちゃんが教えてくれる。

 本はたくさんの知識を与えてくれるのだと、私はお兄ちゃんに教えられた。

 毎晩眠れなくなると、私はお兄ちゃんの部屋を訪ねた。お兄ちゃんは嫌がらず、私にたくさんの本を読んで聞かせてくれた。幼児向けのものではなかったので、内容は難しくて分からないことの方が多かったが、分かる部分だけでも、私は知識を増やしていった。


「やー! ちやい!」

「ファンヌ、きのこは、おなかのちょうしをととのえてくれるんだよ。ほねをつよくするえいようもはいっているの」

「ちゅよい?」

「そう、つよくなりたかったら、たべないと」

「あい」


 スープのキノコを嫌がるファンヌに、お兄ちゃんの本で教えてもらったことを話すと、神妙な顔でキノコを睨んで、ぱくんとお口に入れる。顔をくしゃくしゃにしながらも、咀嚼して飲み込んだファンヌに、私は拍手をして頑張りを讃える。


「きらいなものでもたべられるファンヌは、えらいよ」

「ふぁー、えやい!」

「うん、おおきくつよくなろうね」


 お兄ちゃんを守るための私の最大の味方は、小さくても根性のあるファンヌだった。賢くて、話をよく聞いて、幼いながらに考えて行動している。

 雑草抜きも腰が入っているし、水やりも私と同じくらいの量、如雨露に入れても持ち運べるファンヌ。将来は私よりも強くなるのではないかと思っている。

 兄としてそれは悔しかったり、情けなかったりするのかもしれないけれど、私はファンヌの方が強くなっても、構わないどころか、嬉しかった。ファンヌが健康で強く育ったら、両親を糾弾するときに、最高の味方になる。

 魔術学校にお兄ちゃんが行っている間に、屋敷を歩き回って、情報を得ようと努力はしているのだが、前に会ったメイドさんのように口の軽いものはなかなかいなかった。悪いときには、両親が私とファンヌをあまり大事にしていないのを知っている使用人から、意地悪な陰口を叩かれることもある。


「旦那様はあの子を当主に立てようとお考えなのだろう?」

「お可哀想なオリヴェル様」


 可哀想と言いながらも、どこか馬鹿にしたような、楽しむような言葉の響きに、私はこの使用人は信用してはいけないと心に刻んだ。

 灯台下暗しではないが、スヴェンさんから話を聞いていないことに気付いたのは、お兄ちゃんが授業で遅くなる日のことだった。厨房におやつのお手伝いをしに行ったら、スヴェンさんが暗い表情でクッキーの生地を伸ばしていた。


「イデオン坊ちゃん、ファンヌお嬢様、型抜きをされますか?」

「いいですか?」

「ちる!」


 台を持ってきてもらって、クッキーの型を抜いていく。焼いていない生地をファンヌが口に入れないように気を付けながら型抜きをしていると、スヴェンさんの口からため息が漏れた。


「どうかしましたか?」

「アンネリ様の命日も近いのに、オリヴェル様は今年も墓参りに連れて行ってもらえないのかと思うと、不憫で……」


 廊下で聞いた使用人の嘲笑う「お可哀想」とは比べ物にならないくらい、憐憫の情の入った、本物の言葉だった。


「アンネリさまの、めいにちなんですか?」

「そうです。旦那様はアンネリ様が亡くなってから、肖像画もアンネリ様の私物も、倉庫に全部隠してしまわれて、オリヴェル様は遺品も手にできないのです」


 遺品の一つでもあれば、故人を偲ぶことができるのに。

 スヴェンさんの言葉に、私が抱いたのは、父親に対する疑念だった。

 遺品を全部隠してしまったのは、そこに見られてはいけない何かがあったからではないのだろうか。

 小さな疑念は、その後ずっと私の心に残ることになる。

 焼き上がったクッキーをスヴェンさんが運んでくれて、子ども部屋に戻ると、お兄ちゃんが帰って来て、ソファで教科書を読んでいた。


「やっぱり厨房に行っていたんだね。食いしん坊さん」

「ふぁー、ちた」

「今日はファンヌもお手伝いしたの?」

「わたしも、かたぬきをしたの」


 サクサクに焼けたクッキーとミルク。お兄ちゃんは紅茶を淹れてミルクティーにして、クッキーと一緒に飲む。


「二人が作ってくれたクッキーは特に美味しいな」

「スヴェンさんがつくったきじがおいしいの」

「しゅべんしゃん、おいち!」

「ファンヌが言うと、スヴェンさんを食べてるみたいだよ」


 くすくすと笑いながら、お兄ちゃんがファンヌに教える。


「自分のことは、『わたくし』と言うんだよ」

「わたくち」

「そう、とても上手」

「わたくち、じょーじゅ」


 その光景を見ながら、私は3歳の誕生日前にお兄ちゃんにしっかりと喋り方を教えてもらったことを思い出していた。そのおかげで、今では、お兄ちゃんとファンヌと乳母以外には、敬語で話すこともできる。


「ファンヌは本当に可愛い」

「わたしは?」

「イデオンも可愛いよ」


 茶色の髪に茶色の目は、私もファンヌも同じで、どちらも父親に似たものだった。お兄ちゃんは黒髪に青い目。

 アンネリ様も同じ黒髪だったのだろう。ルンダール家は代々黒髪だと、パーティーで言っていた。

 アンネリ様の命日までに、何か遺品をお兄ちゃんに渡したい。

 目下の私の目標はそれだった。

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