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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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5.お兄ちゃんのデートの邪魔をしろ!

 心無い貴族の言葉で落ち込んでいたヨアキムくんも前のようによく笑ってファンヌと遊ぶようになった。保育所に心配したリンゴちゃんが脱走して行ってしまうのは申し訳なかったが、保育所の子どもたちに人気でキャベツを与えられて大人しく遊具代わりになっているということを聞いて安心した。

 全てが以前通りに戻った頃に私はお兄ちゃんからお願いをされていた。


「イデオン、申し訳ないんだけど、一緒に来てくれないかな?」

「私でいいの?」

「イデオンが良いんだ」


 詳しく話を聞いたところ、お兄ちゃんは課題のために図書館で借りたい本があった。その本を先に借りていた女の子がいた。女の子が返す期限まで本を借りているとお兄ちゃんは課題が間に合わない。


「しょこの本じゃダメなの?」

「書庫には置いてない本なんだ」


 お兄ちゃんが困っているのを良いことに、女の子は本をお兄ちゃんに貸すのに条件を付けて来たのだ。


「デートとか言われても困るし、僕一人で行ったら噂になりそうでしょう?」


 こうして頼ってくれたのが私というのは嬉しいことではある。

 何より私とお兄ちゃんはその女の子のことを知っていたのだ。


「前にヨアキムくんにいやなことを言ったやつのむすめさんなんだね」

「そうなんだよ。妙なことを考えてないといいんだけれど」


 ヨアキムくんに乳母さんを殺したのは自分だという罪悪感を植え付けようとした相手の娘。どうにかしてルンダール家に取り入ろうとしてくるかもしれない。

 派手な生活はしていないし、毎日薬草畑の世話をしているお兄ちゃんは日に焼けて逞しい体付きだが服も地味な方で、ルンダール領の次期当主とは一目で分からない。それでも寄って来る輩はいるのだ。


「私、わがままな悪い子になるね」

「ごめんね、イデオンに嫌な役をやらせて」

「お兄ちゃんのためなら、ぜんぜん気にしないでいいよ」


 話し合ってカミラ先生に外出許可を取るために私とお兄ちゃんはカミラ先生の執務室に行った。お兄ちゃんは今年の冬で17歳になる。外出に許可のいる年ではないが、次期当主としてどこに行くかくらいは告げておかなければならない。

 お兄ちゃんも思春期の複雑な年頃なのでカミラ先生は詮索する気はないようだった。


「次期当主ですから重々気をつけなければなりませんが、オリヴェルも自分の行きたいところには行って良い年なのですよ」

「僕が行きたいところは特にありません。魔術学校には通わせてもらっていますし」

「『通わせてもらっている』なんて、まだそんなことを言うのですね。あなたには当然の権利なのですよ」


 私の両親がルンダール領の当主代理だった時期はお兄ちゃんは魔術学校に『行かせてもらって』いた。カミラ先生が来て両親を当主代理の座から引きずりおろしてからお兄ちゃんは当然の権利としても、次期当主として知識をつけるためにも、魔術学校は行かなければいけない場所だし、行って当然の場所となっていた。

 それにまだ慣れていないような物言いがカミラ先生には気になったのだろう。


「僕は……友達を作らなくても平気みたいだし、イデオンやファンヌやヨアキムくん、それに生まれて来たエディトと一緒にいることが一番楽しいんです」


 特に外出する気はないお兄ちゃんをどうしても引きずり出したい女の子。そこにあるのが打算なのか、計算なのか、私は見極めなければいけない。

 待ち合わせ場所の公園に行くとお兄ちゃんが手を引く私の姿を見て女の子は露骨に嫌な顔をした。年はお兄ちゃんと同じ学年だから同じくらいだろう。魔術学校は進級試験に通らなかったり、入学金を溜めてから入学したりすると年が若干ずれるので完全に同じ年とは言い切れない。これもお兄ちゃんから聞いたことなのだが。


「どうして一人で来なかったの?」

「弟を一人で残しておくわけにはいかなかったから」

「お兄ちゃんといっしょがいい! お兄ちゃん、アイスたべるんでしょ? 私もたべたーい!」


 我が儘な7歳児を演じて私はお兄ちゃんに甘えて手を放さない。嫌な顔をしているが女の子は私に顔を近付けて来た。


「アイス奢ってあげるから、早く帰ってよね」

「お兄ちゃんといっしょじゃないとかえれなーい! お兄ちゃん、かえろー!」

「イデオン、もうちょっと我慢して」

「やだー。このお姉ちゃん、こわーい!」


 お兄ちゃんのためならばどれだけ我が儘で嫌な子でも私は演じられる。手足をじたばたさせて嫌がる私をお兄ちゃんは必死に宥める。女の子がお兄ちゃんの手を握ろうとするがそれも許すつもりはない。


「足がつかれたー! お兄ちゃん、だっこしてぇ」

「もう、イデオンは甘えっ子なんだから」

「だってぇ、お兄ちゃんがいいんだもんー」


 7歳にもなって抱っこされるのはちょっと恥ずかしいが、幸い私は身体が小さい方である。お兄ちゃんのためなら恥ずかしさも我慢して抱っこされると、お兄ちゃんの両手が塞がってしまって女の子と手を繋ぐことはできない。


「ルンダール家の次期当主様はブラコンなの?」

「ブラコンなのかな? 年が離れてるせいか、弟が可愛くて堪らないのは本当だけどね」

「もういい! 勝手にすれば!」


 お兄ちゃんの顔面に向かって投げられた本を私が素早く両手で受け止める。受け止めなければお兄ちゃんに当たっていたかもしれないことに怒っていると、女の子はどすどすと大股で歩き去ってしまった。


「お父様にルンダール家の次期当主を落とせって言われたけど、あんなブラコン、こっちからお断りだわ!」


 ぶつぶつと漏れる文句に、私はやはりと思ってしまった。

 女の子の狙いはお兄ちゃんを落とすこと、つまりこのデートで噂が立ったり、お兄ちゃんが女の子を気に行ったりしてルンダール家と繋がりを持つことだったのだ。

 企みは見事に破れてお兄ちゃんの借りたかった本も手に入って、私は満足だったがお兄ちゃんは私に申し訳なく思っているようだった。


「本当はイデオンは物凄く物わかりの良い良い子なのに、我が儘で愚かみたいに演じさせてごめんね」

「いいよ、気にしないで、お兄ちゃん」


 お兄ちゃんのためならそれくらい平気だし、これで妙な噂が立っても7歳の男の子が我が儘で言うことを聞かなくてお兄ちゃんにべったりの甘えたなんてこと言われたところでちょっと恥ずかしいだけだ。

 それよりもお兄ちゃんに妙な虫がつかなくて良かった。このことはカミラ先生にも報告しなければいけない。

 考えている私から本を受け取ってバッグに入れて、お兄ちゃんは私の分とお兄ちゃんの分のアイスクリームを買ってきてくれた。私はイチゴ味でお兄ちゃんがカシス味のアイスクリーム。

 公園のベンチに座って、半分ずつ分けて食べる。カシスのアイスクリームを食べるとお兄ちゃんが舌を出した。


「真っ赤!」

「カシスは舌が染まるくらい真っ赤になるんだ」

「コケモモはどうかな?」

「コケモモが気になるの?」


 そういえばカミラ先生がジャムが好きだと言っていたときにビョルンさんがコケモモのジャムがあるので持ってこようかと言っていた。ベリー系は育てたことがないが、ビョルンさんはコケモモを育てていたのだろうか。


「ベリー系をそだてられないかな?」

「薬効のあるベリーもあるよね」


 特別な薬効のあるベリーならば育て方が分かれば他の農家にも広めていける。鱗草は広まったが加工技術がまだ広まっていなくて農家の実益を上げるにはもう少し時間がかかりそうだ。

 滋養強壮効果のあるベリーでジャムを作って売るのならば、農家の実益に直結しないだろうかと思ったのだ。

 イチゴは広い面積を必要とするベリーだが木苺のように縦に伸びるものや、蔦のように壁に這うものならば植える面積も少なくて済むかもしれない。


「僕も新しい農家の利益となるものを探そうと思っていたんだ」


 アイスクリームを食べ終えてお兄ちゃんが取り出したのは、さっき投げ付けられた本だった。そこには『実のなる薬効のある植物』と書かれていた。


「ルンダール領でもあまり植えられてない薬草を調べるのが課題だったんだけど、この図鑑が図書室に一冊しかなくて、先に借りられてたんだよね」

「私も見たい!」


 飛び付いて見ようとするとお兄ちゃんは私を抱き上げて図鑑をバッグに入れてしまった。

 これがお兄ちゃんの意地悪ではないことは私にも分かっている。


「今からならおやつの時間に間に合うよ。叔母上とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんと、カスパル叔父上とブレンダ叔母上と、みんなで見よう」

「うん! 急いで帰ろう!」


 もうすっかり私は女の子のことは忘れてお屋敷に帰る気持ちでいっぱいだった。

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