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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
四章 幼年学校で勉強します!(二年生編)
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4.ヨアキムくんを心配してたのは

 初めてヨアキムくんに出会ったときにヨアキムくんはまだ2歳。

 お喋りは上手だったが幼すぎて、呪いで自分の乳母さんと飼っていた犬が死んだことは聞いて気付いたようだが、その呪いと自分との因果関係が分かっていなかったようなのだ。4歳になってエディトちゃんのお披露目のパーティーでカミラ先生がヨアキムくんがルンダールのお屋敷でファンヌの学友として、いずれは婚約者として育つことを宣言した後で、悲劇は起きた。

 心無い貴族の一人がヨアキムくんの耳に囁いたのだ。

 具体的にどのようなことを言われたのかは想像でしかないが、貴族を追いかけた先で私はヨアキムくんの呪いが乳母を殺したこと、つまりヨアキムくんが乳母さんを殺したと彼らが陰口を叩いている場面に出くわしてしまった。

 ヨアキムくんの呪いは両親とアルビノの呪術師がかけたもので、そこにヨアキムくんの意志は存在しない。ヨアキムくんは被害者であるとまで思っていただけに、「殺した」という表現があまりにもショックで言葉を紡げなくなってしまった私にお兄ちゃんが代わりに貴族を一喝してくれた。

 私ですらショックを受けたのだ、ヨアキムくんのショックはどれほどだっただろう。

 泣き出したヨアキムくんを部屋に連れ戻し、カミラ先生は優しく語り掛けながらヨアキムくんをずっと抱き締めていた。

 そういう経緯から次のお休みにはヨアキムくんの乳母さんのお墓にお参りに行くことになった。あの日から表情が暗くなってしまったヨアキムくんと手を繋いでファンヌが薔薇園の庭師さんにお願いをしに行く。


「ヨアキムくんのだいじなひとに、おまいりにいくの」

「よーに、おはな、いっぱいください」


 二人でお願いをすると普段からヨアキムくんと仲良くしている庭師さんは色とりどりの薔薇を切って花束にしてくれた。怪我をしないように棘を取ってくれているのも優しさが伝わってくる。


「よー、おはな、からした。よー、わんわん、ころした」


 あの日からヨアキムくんの言い方が変わってしまった。

 お花は枯れたのではなくて、枯らした。犬は死んでしまったのではなくて、殺した。

 そのときには2歳で両親に依頼をされた呪術師がヨアキムくんの身体に呪いを溜め続けて、ヨアキムくんの寿命すらも縮めても構わないようなことをしていたのに、その罪をヨアキムくんは自分で背負ってしまおうとしている。

 そうじゃないと言いたいのに上手く言葉が選べなくて涙ぐんだ私に、お兄ちゃんがヨアキムくんの前に膝を付いた。


「僕の母は、毒で殺されたんだ。ヨアキムくんにははっきり話したことがなかったね」

「オリヴェルおにぃたんのおかぁたま、どくでころされたの?」

「そうだよ。とてもつらかった。相手はルンダール家の財産を狙って、母を自分の意志で殺したんだから」


 つらかったというお兄ちゃんの言葉にヨアキムくんの黒い目が潤んでくる。


「でも、ヨアキムくんは、乳母さんや飼ってた犬を殺したかったんじゃないよね」

「よーがいなければ、しななかった!」

「ヨアキムくんは、乳母さんや犬に死んでほしかったの?」

「ちがう! よーは、いきててほしかった」


 大きな黒い瞳から涙が零れる。優しく癖のある黒髪を撫でて、お兄ちゃんはヨアキムくんの濡れた頬を手の平で拭う。


「殺したんじゃないよ。ヨアキムくんは悪くない」

「よー、わるくない? よーのせいで、しんだのよ?」

「ヨアキムくんのせいじゃないよ」


 誰のせいかは言わずとも分かっていた。ぷにぷにのほっぺをくっ付けてファンヌがヨアキムくんを抱き締める。ファンヌも泣いていたがヨアキムくんはお兄ちゃんの言葉で少しは救われたようだった。


「よー、おはかでおれいいう」

「そうしようね」

「わたくしも、ヨアキムくんをそだててくれてありがとうって、おれいいっぱいいうわ」


 0歳から2歳までの子どもが大人の世話なくして生きていけたわけがない。命を懸けてでもヨアキムくんを育てることを選んだヨアキムくんの乳母さんには感謝してもしきれない。おかげでこうして可愛いヨアキムくんはルンダール家に引き取られて、私の弟のようにして育てているのだ。

 まだ外出のできないエディトちゃんをリーサさんに預けて春の日にヨアキムくんの乳母さんのお墓にみんなでお参りに行った。寂れた小さな墓地で小さな墓石に溢れるほどの春薔薇を備えてヨアキムくんは一生懸命乳母さんにお礼を言っていた。


「よほどヨアキムくんが可愛かったのでしょうね……自分が弱って死ぬと分かっていても、ヨアキムくんを死なせるよりはいいと思ったのでしょう」


 脅して面倒をみさせたのだったらヨアキムくんはこんなに素直で優しい子には育たなかった。乳母さんの愛情があったからこそヨアキムくんは呪いをその身に蓄積されながらも愛らしく育てたのだ。

 本当にありがとうと私も会ったことのないヨアキムくんの乳母さんのお墓に感謝した。


「それにしても、恐れていたことが起きましたね」


 帰りの馬車の中でカミラ先生がしみじみと呟く。

 2歳で保護したヨアキムくんを表舞台に出さなかったのはこういう事態が必ず起きるからだと分かっていたからだが、エディトちゃんのお披露目のパーティーでヨアキムくんのことを少し紹介しただけなのに恐れていた事態は起きてしまった。

 こんなことならヨアキムくんを表舞台に出さない方が良いのではないかと私は心配していたがファンヌはヨアキムくんの手を握ってきりりと表情を引き締めていた。


「いやなこと、これからいっぱいいわれるかもしれないの。わたくし、ヨアキムくんとぜったいにはなれないから、いつでもないていいのよ」

「ファンヌたん……よー、ないてもいいの?」

「かなしいときは、おおきなこえでないていいの! わたくしがだっこしてかくしてあげる」


 ぎゅっと抱き締め合う小さな妹と弟のような存在は、あまりにも可愛かった。ファンヌがいればヨアキムくんも大丈夫かもしれない。私もそう思うことができた。

 お参りに行った日からヨアキムくんはまた元気になって、リンゴちゃんと一緒にお庭を駆け回るようになった。保育所でも泣くことが多くなったヨアキムくんを先生は心配していたが、すっかり元気になったので保育所でも泣かなくなったと先生から報告が来た。

 その矢先、幼年学校が早く終わって、魔術学校は遅い日で馬車で帰る私は、保育所にファンヌとヨアキムくんを迎えに行って唖然と立ち尽くしてしまった。

 保育所の庭にウサギのリンゴちゃんがいる。

 保育所の子どもたちは大きなウサギに驚いているようだが、果敢によじ登ったり草を上げてみたり、リンゴちゃんは玩具のような扱いになっていた。


「リンゴちゃん、来ちゃったの?」

「ヨアキムくんがさいきんげんきがなかったから、しんぱいだったみたい」

「わー……」


 何と言って良いのか分からないが、飼ってくれているご主人様のヨアキムくんを心配してリンゴちゃんが保育所に来たのはいい話なのだが、保育所の子どもたちに大型の遊具のように扱われてしまっているのがちょっと可哀想だ。


「リンゴちゃんはオモチャじゃないからね」

「ほんとうにウサギたん?」

「おっちーの」

「のりたい!」


 子どもたちに囲まれて乱暴にもできずリンゴちゃんはストレスを溜めているのかギリィと歯ぎしりをしている。ウサギは鳴かないので嫌がっていることがなかなか分からない上に、身体が大きいので子どもを踏み潰したり、蹴飛ばしたりしないようにリンゴちゃんなりに耐えているのだろう。


「もう保育所に来ちゃだめだよ?」


 言い聞かせて子どもたちを散らせて馬車に乗せると、リンゴちゃんは安心したようにヨアキムくんとファンヌの足元で寛いでいた。


「ヨアキムくんはリンゴちゃんにも心配されてたんだよ」

「リンゴたん、よー、しんぱいしてくれたの?」

「みんなヨアキムくんが大好きだから、元気がないと心配なの」

「わたくしもしんぱいしてたのよ」


 私とファンヌの言葉にヨアキムくんが頬を染めて花が咲き誇るように微笑む。


「うれしい……よーも、みんな、だいすきなの」


 出会ってから2年近く、ヨアキムくんは私にとってかけがえのない家族になっている。

 それはそれとして、ヨアキムくんの心を傷付けた貴族には鉄槌を下さねばならないと思っていた。お兄ちゃんにはこういうところは見せたくないので内緒だが、夜中にお兄ちゃんのくれたランタンを持って廊下に抜け出すと、カミラ先生が寝ぼけ眼のヨアキムくんを抱っこして待っていてくれた。無言で顔を見合わせて頷いて、手早く着替えて貴族の集まるパーティー会場にカミラ先生の移転の魔術で行く。

 ダンスパーティーを開いていた貴族の主催の例の男性とその取り巻きがヨアキムくんに嫌なことを言ったのだとカミラ先生は突き留めていた。仮面で顔を隠しつつも主催にヨアキムくんを抱っこしたまま近付いていく。


「ヨアキムくん、あのひとの顔を覚えてますね」

「あい……きらい。よーに、いやなこと、いった!」


 口をへの字にして眉を吊り上げたヨアキムくんに、主催は気付いていないがその綺麗な靴の底が両方とも剥がれて踊っている途中で盛大に転んだのを私とヨアキムくんとカミラ先生は見届けた。慌てて集まって来る取り巻きたちは、スカートの裾を踏んだり、お互いに脚を引っかけたりして転んでいる。

 しばらくヨアキムくんの呪いのせいで彼らには小さな不幸が訪れ続けるだろう。

 それを確認して私とカミラ先生とヨアキムくんはお屋敷に戻った。

 着替えてランタンを枕元に置いてベッドに入ると、お隣のベッドのお兄ちゃんが起きていた。


「お手洗い? 随分時間がかかったみたいだけど」

「えっと……も、もらしそうになって、下着をぬらしちゃって、きがえてたの」

「言ってくれればついて行ったのに」


 眠そうにしながらも申し出てくれるお兄ちゃんは優しい。

 その優しさに絶対今夜のことは言えないと思いながら私は布団を被って寝てしまうことにした。

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