3.エディトちゃんのお披露目
エディトちゃんを気にしなくていいようにリビングにベビーベッドを用意して食事のときには側でリーサさんがエディトちゃんを見ていてくれるようになった。
「目はあまり見えていないと言いますが、音は聞こえているのでしょうね。皆様と同じ場にいる方がエディト様も落ち着いているのですよ」
リーサさんがいても他の子どもたちが子ども部屋にいなくなってしまうと、音で気付いて泣いてしまうことが多いというエディトちゃん。食事をする私たちの声を聞きながらうとうとと眠り始めていた。先ほどまでカミラ先生がお乳をあげていたようだからお腹もいっぱいになったのだろう。
「カミラ先生、オースルンドりょうには、ようねん学校やまじゅつ学校が休みのきかんも開いているとしょかんがあると聞きました」
「ルンダール領にはないのですね。貧しい子どもたちも無料で使えるので領地の学びの場となっていました」
幼年学校を卒業した後に魔術学校に行くだけの魔術の才能はないが高等教育を受けたかった子も、図書館で自分で勉強していたりしていたとカミラ先生は教えてくれた。
魔術学校以外の高等教育の場を設けるというのはオースルンド領でも大事な議題になっているようだ。
「徒弟制度を発達させた形で、それぞれが専門の師匠の徒弟になれる形にしようとオースルンドでは準備がされています」
「じゅぎょう料はどうなっていますか?」
「徒弟ですから自分たちで稼ぐ分が入っていて、かなり安くは設定されているし、奨学金制度も用いるつもりです」
「それをルンダールりょうもまねできませんかね?」
カミラ先生がオースルンド領から来たからルンダール領をオースルンド領に染めてしまうのかという貴族の反発はあるかもしれない。しかし、必要なことを学んでそれに追随するというのは悪いことではないと私は感じていた。
「僕も図書館ができれば良いと思っています。魔術学校にも図書室はありますが休みの間は使えないし、広さ的にも上級生で占領されて下級生は入れもしないような状態です」
「それはそれで問題ですね。魔術学校の図書室も、図書館くらい大きくしなければいけませんね」
カミラ先生の前に様々な問題が積み上がる。お兄ちゃんは16歳で魔術学校の五年生。専門課程まで卒業するまでにはまだ5年の時間が必要だった。
赤ちゃんを産んだばかりで休んでいるカミラ先生も生後一か月のエディトちゃんのお披露目をきっかけに、当主代理として復帰する。復帰した後もしばらくはエディトちゃんのお乳をあげたりするために仕事を抜けなければいけないので、残り半年はカスパルさんとブレンダさんはこのお屋敷でカミラ先生の補佐をしてくれることになっていた。
「教育の専門家から話を聞いた方がいいかもしれないね」
「王都から専門家を招いて会議を開くのはどうでしょう?」
カスパルさんとブレンダさんの意見にカミラ先生は食事を摂りながら頷いていた。
もう一つ、私たちはエディトちゃんのお披露目までに話し合わなければいけないことがあった。
それはヨアキムくんのことだった。
これまではヨアキムくんが両親の罪や呪いをかけられていたことで心無い貴族に傷付けられることのないようにパーティーには出席させていなかったのだが、ヨアキムくんを正式にルンダールに引き取ったのならばそのお披露目もするようにという圧力がかかってきていたのだ。
ルンダールの養子ではないのになぜヨアキムくんをルンダールの屋敷に住まわせておくのか。貴族たちは公の場での説明を求めていた。ルンダール家が存続していくための資金は貴族からの税金でも支払われているし、ヨアキムくんが毎日食べているご飯も着ている服もルンダール領の税金から出ている。
呪いの件に関してヨアキムくんに全く咎がないとしても両親が邪なことを考えて私たちと接触させたのは確かなので、そんな危険な子どもをルンダールに置いていることに疑問の声を上げるものがいても仕方がない。ヨアキムくんの呪いが完全に解けていることと、ヨアキムくんがこれからもルンダールの家で暮らすことは示しておかなければいけなかった。
「ヨアキムくん、ファンヌちゃんと一緒にエディトのお披露目に出てくれますか?」
「あい」
「嫌なことを言われるかもしれません。歓迎されないかもしれません。しかし、私はルンダール領の当主代理として説明責任を果たさなければならないのです」
「カミラてんてー、よー、へいき」
健気に微笑むヨアキムくんに一抹の不安を抱えながらも、私たちはエディトちゃんのお披露目のパーティーの日を迎えた。白いベビードレスを着せられたエディトちゃんはカミラ先生とビョルンさんが順番に抱っこして、貴族たちがその顔を見に来る。
「女か……」
エディトちゃんが産まれて来ただけでも私たちにとっては嬉しくて幸せなのに、がっかりしたような声が聞こえて私はかっとなってしまう。
「私も7さいになりました。妹のファンヌも5さいです。これからもよろしくおねがいいたします」
「おねがいいたします!」
大きな声で挨拶をして頭を下げて嫌な言葉はかき消してしまう。ファンヌも一緒にぺこりと頭を下げたところで、カミラ先生がエディトちゃんをビョルンさんに預けてファンヌとヨアキムくんを引き寄せた。
「ヨアキム・アシェルはまだ4歳ですが、ファンヌ・ルンダールと結婚の約束をしております。そうでなくてもルンダール家の息女が学友として同じ年の子どもと共に育つのは良いことだと思っております」
「ビョルン医師のおかげで皆さまが心配しているような呪いは全て解けましたので、ヨアキムくんは普通の4歳の子どもとして暮らしていくことができます」
カミラ先生の説明にお兄ちゃんが付け加えてヨアキムくんがぺこりと頭を下げる。長めの黒髪がふわふわと揺れて女の子のように可愛いヨアキムくんが頬を染めるのが、私には微笑ましく見えた。
事件はその後に起きた。
挨拶に来た貴族の男性が何事かヨアキムくんの耳に囁いたのだ。
黒い瞳にみるみる涙が溜まって、ぽろぽろと雫になって零れ落ちる。何が起きたのかとその貴族を追いかけた私は大人に囲まれてしまった。
「あんなに小さいのに可哀想に」
「自分の乳母を自分の呪いで殺したなんて」
「幼いから罪の意味も分かってなかったのでしょう」
同情するような口調で吐き出される毒のある言葉に私は絶句してしまった。振り返るとお兄ちゃんが私の後ろに来てくれている。大人よりも上背のあるお兄ちゃんは大人の貴族たちに対しても一歩も退かなかった。
「あの子に罪などあるわけがないでしょう! 全ては両親の企んだこと。分かっていてなんて惨いことを仰るのか!」
お兄ちゃんに一喝されて気まずそうに貴族たちは散っていくが壇上ではもうヨアキムくんは耐えられなくなっていた。
「よー、うば、ころした……よーが……うぁぁぁ!」
大声を上げて泣き出すヨアキムくんをカスパルさんとブレンダさんが抱き上げて必死で宥めるが涙が止まる気配はない。それどころか無意識のうちに呪いをまき散らしそうだったので、ヨアキムくんとファンヌと私とお兄ちゃんはエディトちゃんを抱っこしたカミラ先生と一緒に先に下がることになった。
一番恐れていたことが起こってしまった。
「よーが、ころした……うば、よーだっこしてくれた。ごはんたべさせてくれた……うば、よーかわいがってくれた」
呪いのせいで触れることを厭う両親の代わりにヨアキムくんの乳母さんはヨアキムくんの世話を確りと行っていたようだった。そのせいで呪いに蝕まれて死んだ。
それは決してヨアキムくんが殺したわけではないのだが、呪いを身体に貯めこんで触れるものにまき散らす体質を作る上で触れなければ世話ができない乳母さんをヨアキムくんの両親は犠牲にしたのだ。
「ヨアキムくんが殺したのではありませんよ」
「よーののろいのせいで、しんだって……」
「そうだとしても、それだけヨアキムくんが可愛かったのでしょうね」
エディトちゃんをリーサさんに預けてヨアキムくんを抱き上げたカミラ先生が、穏やかにヨアキムくんに語り掛ける。
「乳母さんも分かっていたのだと思います。ヨアキムくんに触れることが自分の命を削ることを。それでも触れなければヨアキムくんの世話ができずにヨアキムくんが死んでしまう」
ヨアキムくんの命と自分の命を秤にかけて、ヨアキムくんの乳母さんはヨアキムくんを選んでくれたのだ。
その話を聞いていると私の目からも涙がぽろぽろと零れる。ファンヌも洟を垂らして泣いていた。
「乳母さんのお墓にお礼に行きましょうね。こんなに可愛い子を生かしておいてくれてありがとうと」
「よー、にくまれてない?」
「ヨアキムくんが可愛かったから、命を懸けてでも守ろうと乳母さんはしたのだと思いますよ。私も親になったので気持ちが分かります」
ヨアキムくんを泣かせた貴族は許せないとしても、ヨアキムくんの気持ちを納得させるためにヨアキムくんの乳母のお墓には行かなければいけない。
「お兄ちゃん、お花をもっていこうね」
「ヨアキムくんの大好きな薔薇園のお花をいっぱい持って行こう」
泣いている私を後ろから抱き締めてくれるお兄ちゃんにしがみ付いて、私はしばらく涙を流していた。
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