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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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45.カミラ先生の休業宣言

 ラッピング用品をお兄ちゃんと買いに行ってお菓子を小分けにしたり、お誕生日お祝いの薔薇の苗木をヨアキムくんと薔薇園に植えに行ったりして、冬休みはゆっくりと過ぎて行った。カミラ先生のお腹も大きくなり始めているので旅行などはしなかったが、買い物にはカスパルさんやブレンダさんがついてきてくれて私たちは不自由することなく暮らしていた。

 最近カスパルさんは子ども部屋に顔を出すことが多い。リーサさんに会いに来ているようなのだがその好意が分かりやすくて微笑ましくもある。


「一緒にお茶でもいかがですか?」

「わたくしは仕事中ですので申し訳ありません」

「どんな花がお好きですか?」

「花はヨアキム様からいただいております」


 仕事第一のリーサさんにとってはカスパルさんのアプローチは簡単に流されてしまう。しょんぼりしながら執務室に戻って行くカスパルさんをブレンダさんが笑っているのは良いのだが、それにしてもリーサさんはカスパルさんをどう思っているのだろう。

 私としては売られるようにしてこのお屋敷にやってきて、子どもも産んでいないのに乳母にさせられたリーサさんは大変お世話になったひとで、現在進行形でファンヌとヨアキムくんがお世話になっている。夏休み明けからは保育所でもお手伝いをしてくれているし、忙しい身であることは分かっていた。


「カスパルさんとリーサさん、さいきん、たくさんはなしてるみたいだけど」

「カスパル様にはわたくしのような女が珍しいのでしょうね」


 始まりはファンヌとヨアキムくんとミカルくんのちょっとした諍いだったようだ。そのときに泣いてしまったミカルくんをリーサさんは泣き止むまで見守っていた。


「それを見られてしまったようなのです。子どもはご機嫌取りをするものではないのかと言われて」


 それは違うとリーサさんは答えた。

 ご機嫌取りをするのではなくて泣いたら必ず構ってもらえるという状況を作らず、泣き止んだら自分で自分の気持ちを立て直せたことに対する評価をしてあげないと、子どもは間違った認識で周囲を振り回すようになってしまう。特にミカルくんはその傾向が強いのでリーサさんは泣いてもすぐには対処しないで見守ることが多かった。


「それ、カミラせんせいもかんしんしてたよね」

「ファンヌ様とヨアキム様は賢い子たちですが、それでも喧嘩をすることや譲れないことがありますからね」


 そういうときにもどちらの味方に付くわけでもなく、どちらの話も聞いて中立の立場で話を進めていく冷静さがリーサさんにはある。それでいて私が熱を出したときには屋敷でも恐れられている父のところに直談判しに行って、灰皿を投げ付けられた過去もある。

 勇気があって冷静なリーサさんだからこそ、カスパルさんは気になるのだろう。


「貴族で領主の御子息ですから、遊びだとは思うのですが、あの綺麗な顔で話しかけられると浮かれないように気をつけないといけませんよね」

「カスパルさんはそんなひとじゃないよ」


 リーサさんのことを遊んだりしない。

 そう言い切りたかったけれど貴族と使用人と言われればそういう関係にしかなれないのを私も聞いた話では知っていた。貴族の子息に遊ばれてどこの家の使用人が孕まされて辞めさせられたとかいう嫌な噂が6歳の私の耳にも流れてくるのが貴族社会というものなのだ。ちなみにその当時の私は「孕む」というのが何かいけないことなのだという響きには勘付いていたが、細かな意味は知らなかった。

 カスパルさんは信頼して良いと思うのだが確証は持てない私はそれ以上何も言うことはできなかった。

 冬休みは足早に過ぎて新年のお祝いのパーティーもヨアキムくん抜きで問題なく開かれた。パーティーの場でカミラ先生は宣言した。


「カスパルとブレンダとビョルンさんに当主代理の座はしばらく預けて、私は出産のための休みに入ろうと思います」


 出産は春だがカミラ先生は一度早産しかけているし、無理をしないためにも早めの休みをとることに決めたようだった。

 周囲の貴族からひそひそと陰口が聞こえたが、カミラ先生は凛として立っていたし、その隣りでビョルンさんも真剣な眼差しでいたし、カスパルさんとブレンダさんは陰口を叩く貴族を威嚇するように微笑んでいた。

 カミラ先生がオースルンド領の領主になれば補佐となることが決まっているカスパルさんとブレンダさん。兄弟三人で守られるオースルンド領のようにルンダール領も将来お兄ちゃんと私とファンヌの三人で守っていきたいと思った。

 新年のパーティーも終われば幼年学校と魔術学校の冬休みが終わって三学期が始まる。保育所も始まってファンヌとヨアキムくんも馬車で通うようになった。

 二人とリーサさんの乗った馬車を見送ってから、お兄ちゃんと私は今年の薬草畑の計画について話し合っていた。

 去年は向日葵駝鳥に挑戦して大成功だった。今年も向日葵駝鳥を育てるつもりではあるが、それ以外に新しいことにも挑戦したい。植物図鑑のページを捲って今年挑戦する薬草を考える。


「歌い薔薇はどうかな?」

「うたいばら? どれ?」


 図鑑のページを開いてもらってその項目を読むと、美しい薔薇の花に顔がついたような植物があって、名称は「歌い薔薇」、美しい歌声を響かせてひとを安眠させる効果があると書いてある。


「ほいくしょのおひるねのじかんにいいかも」

「貴族の乳母用にも良いかもしれないね」


 それにこれは薔薇の花の一種だ。薔薇が好きなヨアキムくんも喜ぶのではないだろうか。

 そんなことを考えていると幼年学校と魔術学校に行く時間になって私は準備を整えてお兄ちゃんと手を繋いだ。移転の魔術で一瞬で空間を捻じ曲げて飛んでいけるが、出かける前にお兄ちゃんにしっかりとハグをして「いってらっしゃい」をしてもらえる。

 私もお兄ちゃんに「いってきます」と「いってらっしゃい」を言って幼年学校の敷地に入った。教室に入っても寒いので校舎に入っていく生徒たちはコートやセーターで着膨れしていた。

 新学期でクラスではダンくんとフレヤちゃんが何か話し合っていた。ダンくんとフレヤちゃんも暖かそうなセーターを着ている。二人は私が来ると話をやめてしまった。


「どうしたの?」

「ちょっとな」

「こんど、ファンヌちゃんにあいにいってもいいかしら?」


 話題をすり替えられた気がしたけれど気にしないことにした。

 ファンヌはフレヤちゃんに懐いているし、お姉ちゃんが欲しかったみたいだから遊びに来てくれたら喜ぶだろう。


「だいかんげいだよ。ダンくんもミカルくんとくればいいよ」

「ふゆやすみはあまりいけなくて、しゅくだいがはかどらなかったんだよな」

「なにかあったの?」


 聞いてみればダンくんはこっそりと教えてくれた。


「カミラさまがごしゅっさんがちかいんだろ? あまりめいわくかけちゃいけないって、とうちゃんとかあちゃんが」

「カミラせんせいはもうおやすみにはいるし、しゅじいのビョルンさんもいるし、そんなにきをつかわなくてもいいのに」


 考えてみればダンくんのお母さんはミカルくんを産むときに母子共に危なかったのだった。それを考慮してカミラ先生に負担のないようにしてくれているのだろう。

 お屋敷には子どもの世話をする乳母のリーサさんもいるし、ミカルくんもそんなに泣かないようになったし、ダンくんは私とお兄ちゃんの部屋で大人しく勉強をしているので困るようなことは何もないのだが、大人はどうしても遠慮してしまうものみたいだ。


「わたし、ファンヌとはとしがちかいから、ファンヌがうまれたときのこと、ぜんぜんおぼえてないんだよね」

「おれはミカルがうまれたときのこと、ちょっとおぼえてるぞ」

「うまれたばかりのあかちゃんってどうすればいいのか、ダンくんにおしえてもらえたらうれしいな」


 ミカルくんとダンくんの年齢差はおよそ4歳で、その頃の記憶がダンくんにはあるという。ファンヌが産まれたときの記憶はないし、新生児をどうやって扱っていいか分からない私は、カミラ先生の出産に先立って勉強しておきたかった。


「そういうことなら、リーサさんにきいたほうがいいんじゃないか?」

「あ、そうか。でも、ダンくんのはなしもききたい」


 子どもの視線から赤ちゃんをどう見ていたかを知りたい。

 お願いするとダンくんはちょっと嬉しそうにお屋敷に来てくれることを約束してくれた。

 カミラ先生の赤ちゃんはカミラ先生とビョルンさんにとっても初めての子どもになる。私たちの面倒を見て家庭教師をしてくれたし、カスパルさんとブレンダさんという弟妹がいたとはいえ、カミラ先生が産む赤ちゃんは初めてなのだ。

 男の子か女の子かも分かっていない赤ちゃん。

 新しい家族が増えるのが楽しみなような、ちょっとドキドキしてしまうような、私は不思議な気分だった。

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