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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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12.父の疑惑

 アンネリ様は毒殺されたかもしれない。

 そうなると、私の父親は犯罪者で、当主としてルンダール家にいる資格はなくなる。それどころか、警備兵に捕らえられて、犯罪者として裁かれることになる。


「アンネリさまは、げんきだったの?」

「僕の覚えている限り、病気をしたことはないし、セバスティアンさんも、なんで急に弱って死んでいったのか不思議でならないと言っていたよ」


 朝の畑仕事をしながら、私はお兄ちゃんに問いかける。私とファンヌのために始めに大きなバケツに水を汲んでくれる。そこから私とファンヌは象さんの如雨露に水を汲む。お兄ちゃんは違うバケツに水を汲んで、柄杓で薬草畑に水をやる。日の出前に行わなければいけないので、私たちは自然と早寝早起きになっていた。

 春はまだいいのだが、夏場はお日様が出てから水をやると、逆に土がからからに乾いてしまう。毎晩社交界のパーティーに押しかけて、酒を飲んで、昼まで寝ている両親の目が絶対に向くことがないというのも、早朝の良さだった。


「あんたま?」

「おにいちゃんのおかあさまだよ」

「ないない?」

「わたしたちがうまれるまえに、なくなったって」


 お兄ちゃんは私が小さくても、馬鹿にすることなく、どんな質問にも誠実に答えてくれた。尊敬するお兄ちゃんのようになりたくて、私もファンヌの問いかけにできる限りの言葉を尽くして答える。

 お気に入りの象さん如雨露で水をかけながら、ファンヌは神妙な顔で頷いて聞いていた。


「毒殺の証拠もないし、調べようにも当時の使用人はほとんど解雇されている。それに、僕は部屋から自由に出られない……」


 私とファンヌの面倒を見るようになってから、厨房に顔を出したり、散歩という名目で裏庭で薬草畑の世話をしたりできるようになったが、それまでお兄ちゃんは黴臭い書庫だった部屋に閉じ込められていた。

 両親は多分、本の価値が分かっていない。書庫を改造して、ベッドも作って、生活できるようにしたお兄ちゃんは、幼年学校以外の時間を閉じ込められていた間、ずっと本を読んで勉強していた。結果として、薬草の育て方を部屋から出られるようになると、すぐに実践することができた。

 嫌がらせで日の当たらない黴臭い書庫に閉じ込めたつもりだったのだろうが、それがお兄ちゃんには良い方向に働いたのだ。


「セバスティアンさんもわからないの?」

「弱っていく母に近付くことが許されなかったみたいなんだ」


 流行り病だとうつってはいけないからと、アンネリ様の執事のセバスティアンさんも近寄らせず、父親はお兄ちゃんとアンネリ様の間も引き裂いた。お見舞いに行くこともできないまま、お兄ちゃんは5歳で実の母親であるアンネリ様の死を知らされたのだ。

 思い出したのだろう悲し気なお兄ちゃんの脚元に歩いて行って、ファンヌがぎゅっと抱き締める。


「ふぁー、だこする」

「抱っこしてくれてるの? ありがとう、ファンヌ」


 優しいお兄ちゃんは、大好きなアンネリ様の死に際にも会えなかった。それこそ怪しいと私は父親を疑っていた。

 どこの屋敷でもメイドさんはお喋りなものだ。お兄ちゃんが魔術学校に行っている間に部屋から抜け出した私は、ファンヌと二人頷き合った。廊下から走り出たファンヌが、洗濯をしているメイドさんの前でべちゃりとこける。


「ふぇ……いちゃい……」

「お嬢様!?」

「ファンヌ、だいじょうぶ?」


 注目を集めたところで、私が出てきて、ファンヌを抱き締めた。嘘泣きのつもりが、転んだのが若干痛かったファンヌは半泣きで、私にしがみ付いてきた。


「坊ちゃま、お部屋から出てはいけませんよ」

「ごめんなさい……ちちうえにいいますか?」


 上目遣いでメイドさんに問いかけると、メイドさんは困った表情になった。


「内緒にしておきましょうね」


 よし、このメイドさんは父親の味方じゃない。

 ファンヌにも優しくしてくれる様子を見せていたし、私のことも内緒にしてくれると言っている。


「ちちうえと、ははうえのこと、しってますか?」

「旦那様と奥様がどうされたのですか?」


 具体的にどう聞いて良いのか分からない4歳の私は、必死に頭を捻るが言葉が出て来ない。単刀直入に「アンネリさまはどくさつされたのですか?」と口に出してしまったら、メイドさんは絶対何も教えてくれない気がしていた。

 困り顔のメイドさんの後ろから、他のメイドさんが顔を出す。


「坊ちゃま、ご心配なさらずとも、旦那様と奥様は愛し合っておいでですよ」

「せいりゃくけっこんじゃないの?」

「政略結婚だったのは、アンネリ様との方で、本来は旦那様は、奥様と結婚するはずだったんですもの」


 なんだと!?

 掴んだ事実の大きさに、目を丸くしている私に、4歳児には意味が分からないだろうとメイドさんはぺらぺらと喋る。

 父親は私の母親と結婚したかったが、貴族の長男でも財産も魔術の才能もなく、家を継げないので貴族の娘の両親から許されなかった。そのために財産を手に入れるために、父親はルンダール家に入り婿に来た。


「何を小さな子に言っているのですか」

「こんな小さな子に言っても意味が分かりませんよ」


 笑っているメイドさんには悪いが、私はお兄ちゃんに教育されていたおかげで、普通の4歳児よりも頭が良かった。

 財産のために結婚した後で、父親はアンネリ様が邪魔になった。そうなれば毒殺してもおかしくはない。

 動機は掴めたが、証拠がない。

 部屋に戻ってメイドさんの言葉を反芻していると、お兄ちゃんが魔術学校から帰って来た。


「おかえりなさい、おにいちゃん! ……げんきがないの。やくそう、うれなかった?」

「薬草は売れたよ。いい値段がついた」

「よかったの。でも、げんきがないのはどうして?」


 飛び付いてお帰りなさいをすると、部屋に戻って着替えて来たお兄ちゃんが、今日の魔術学校であったことを教えてくれた。


「魔術学校の先生が、僕に聞いてくるんだ。体は大丈夫なのかって」


 父親の嘘がそこまで広がっていたとは。

 オリヴェル様は病弱で、病気がち。新年のお祝いでも、誕生日パーティーでも繰り返していた嘘は、遂に魔術学校の先生にまで届いてしまった。


「病気を隠しているなら、休学して、治療に専念した方が良いんじゃないかって言われて……旦那様が、学校にも僕が病弱だと言ったみたいなんだ」

「おにいちゃん、びょうじゃくじゃないの」

「違うと言っても、母のことがあるから、無理をしているんじゃないかと言われて」


 毎日薬草畑の世話をするほど健康だったアンネリ様は、私の父親と結婚してから急に病弱になって、病気で亡くなってしまった。そんな風にお兄ちゃんも急に体を悪くするのではないかと、魔術学校の先生たちは心配しているのだ。お兄ちゃんが無理をしているのではないかと、危惧している。


「セバスティアンさんが、パーティーのおりょうりは、たべないほうがいいって、いったの」

「魔術で皿の上のものに毒を混ぜることができるって本で読んだことがある。絶対にしてはならない、禁呪だけど」


 歴史の本の中には、そんな魔術で暗殺された有名人が載っていたとお兄ちゃんは教えてくれた。

 父親は最初から私の母親と結婚するつもりで、領地を乗っ取るためにルンダール家に来たのだとしたら、アンネリ様の暗殺を考えないはずがない。

 私の父親への信用は、地に落ちていた。


「きいたの。ちちうえは、アンネリさまとけっこんするまえから、ははうえとけっこんしようとしてたって」

「僕も噂で聞いたことがある。諦めて母と結婚したと聞いていたけど、母が亡くなった途端に、奥様と再婚をしたとなると、疑わしくも思えてくるよね」


 私がメイドさんに探りを入れなくても、お兄ちゃんはそのことを知っていた。

 どきどきと私の心臓が早鐘のように鳴る。涙が出てきそうになって、私はひくっとしゃくり上げた。


「ちちうえが、おにいちゃんのおかあさまをころしたかもしれないのに、どうして、わたしにやさしくしてくれるの?」


 お兄ちゃんは私よりも10歳も年上で、身体も大人のように大きい。暴力を隠れて振るおうとすれば、簡単に私など恐怖と痛みで支配できる。


「旦那様と奥様が憎くないとは言えないよ。それと、イデオンとファンヌは別でしょう? 二人から生まれたから憎むって、違うと思うんだ。イデオンはイデオン、ファンヌはファンヌで、旦那様と奥様じゃないんだからね」

「おにいちゃん……」


 最初からお兄ちゃんは私の父親が自分の母親であるアンネリ様を殺したのではないかと、疑惑を抱いていた。その上で、あの両親の子どもである私とファンヌには、二人とは関係ないと優しくしてくれた。

 今更ながらに奇跡のようなお兄ちゃんの懐の深さに触れて、私は涙が止まらなかった。

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