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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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44.秘密のスポンジケーキ

 お兄ちゃんとヨアキムくんのお誕生日に向けて、私とファンヌは密かにスヴェンさんと計画を進めていた。

 冬休みになってほとんどの時間を私はお兄ちゃんと、ファンヌはヨアキムくんと過ごしているので抜け出してくるのは難しかったが、ファンヌはお昼寝の時間を削って、私はお兄ちゃんに「ちょっとカボチャあたまいぬのさんぽにいってくる」と苦しい言い訳をして、厨房に来ていた。

 目指すはシンプルなスポンジケーキだが4歳と6歳の子どもが作るのである、なかなかに難しい。


「たまご、つぶれちゃった!?」

「オムレツにするから平気ですよ。もう一個頑張ってみましょう、イデオン様」

「ごめんなさい、ありがとう」


 お兄ちゃんのお手伝いで何度も厨房に来たはずなのに、お兄ちゃんがいなくて料理をするのは全く勝手が違った。卵を卵白と卵黄に分けるのも6歳の小さな手では難しい。

 失敗しながらも卵白と卵黄に分けると卵白にお砂糖を入れてファンヌが泡立てる。肉体強化の魔術がかかっているので力強いのは良いが、勢い余って零れてしまいそうになるのをボウルを押さえてくれているスヴェンさんが何度もフォローしてくれていた。

 メレンゲができあがったら卵黄を入れて混ぜる。それにふるった小麦粉を入れて混ぜ、最後に牛乳とバターを溶かしたものを入れてメレンゲを潰さないように混ぜて、型に入れて焼けば出来上がり。

 私もファンヌも粉だらけ、メレンゲの飛んだのだらけで手もどろどろだったので、二人でこっそりシャワーを浴びて着替えて部屋に戻った。


「お帰り、イデオン。服が変わってるけど転んだの」

「そうなの。ファンヌとおさんぽしてたら、いけのそばでころんじゃった」


 そういうことにして私は次の日もお散歩といってスポンジケーキに生クリームとイチゴを飾る作業に抜け出した。二日続けてお昼寝のないファンヌは頭がぐらぐらしていたがスヴェンさんの助けのおかげで上手に生クリームは泡立てられて、スポンジケーキは二日がかりで出来上がった。

 ヨアキムくんのお誕生日の前日のことだった。


「スポンジケーキは一晩寝かせた方がしっとりしますからね」

「ねんね……」

「ファンヌはねたほうがいいかも」

「ん……」


 もう喋るのも怪しいファンヌを子ども部屋に戻して、私はお兄ちゃんと私の部屋に戻った。

 翌日のヨアキムくんとお兄ちゃんの合同お誕生日会にスポンジケーキが出された。


「わたしとファンヌでがんばってつくったの。いつもおにいちゃんがつくってくれるでしょう? スヴェンさんにかなりてつだってもらったけれど」

「わたくし、あわだて、とくいなのよ」


 運ばれて来たケーキに説明を添えるとお兄ちゃんもヨアキムくんもとても驚いてくれた。


「二人が作ってくれるなんて嬉しいよ」

「ふぁーたんといでおにぃに……ちがう、ファンヌたんと、イデオンおにぃたん」

「あ、ヨアキムくん、いえたの!」


 ヨアキムくんはヨアキムくんで今日のために練習していたことがあったようだ。お兄ちゃんのことは「おりにぃに」ではなく「オリヴェルおにぃたん」と呼べるようになっている。

 お誕生日に披露しようとリーサさんと計画していたという。


「リーサさん、素晴らしい女性だ」

「カスパルが女性を褒めるなんて珍しい」

「僕だってひとを褒めることはある」


 カスパルさんとブレンダさんの会話に耳を澄ましているとちょっと気になることが聞こえた気がしたが、そんなことよりお兄ちゃんとヨアキムくんのお誕生日お祝いだった。

 ファンヌはお兄ちゃんとヨアキムくんに折り紙の花束をあげて、ヨアキムくんはお兄ちゃんにお誕生日の歌を歌う。


「お誕生日は歌で祝うんだね。保育所で習ったの? とても上手だね。ありがとう」

「どういたしまして」


 頭を下げるヨアキムくんは照れてほっぺたが真っ赤だった。

 そんなヨアキムくんにブレンダさんに預けていた薔薇の苗を渡す。鮮やかな黄色のミニ薔薇は薔薇園にはなかったはずだ。花は咲いていないが説明についている立体映像を見てヨアキムくんは大喜びしていた。

 私からお兄ちゃんへのプレゼントについては、包みを開けたお兄ちゃんがとても驚いていた。


「持ち運びできる防水の船箪笥なんて、高かったんじゃないの?」

「それはカスパルさんがごうどうのプレゼントにしようっていってくれて」

「隠し場所もあるんだよね……うわっ!?」


 引き出しを引いてみてお兄ちゃんは驚きの声を上げた。中にはぎっしりとクッキーやマカロン、キャンディーにチョコレートなどお菓子が入っていたのだ。


「これもイデオンが?」

「ううん、ちがうよ」


 否定した私がカスパルさんの方を見ればウインクしている。


「ちょっとしたオマケだよ」

「カスパル、あなたはやりすぎるところがあるから、子どもたちに物を与えるのはほどほどにしてくださいね」


 カミラ先生に注意されたけれどカスパルさんは聞いていないようだった。それどころか、私の恥ずかしい間違いまでお兄ちゃんに教えてしまう。


「イデオンくんはオリヴェルがいなくても、いるつもりで話しかけてたよ」

「カスパルさん!? いわないでぇ!」

「そうなの? 僕といつも一緒のつもりなの」


 お兄ちゃんは嬉しそうだが私は恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまった。その後も何度も同じ間違いをしてしまう私は、後にフレヤちゃんに「どれだけお兄ちゃん好きなの?」と笑われてしまうことになる。

 カミラ先生に叱られているカスパルさんに、ブレンダさんが悪戯に微笑む。


「じゃあ、私のこれもダメだった?」


 ぽんっと軽い音がしてブレンダさんが握っていた拳を開くと大きなバラの花束が現れる。ヨアキムくんの小さな体では抱えきれないほど本数のあるバラの花束にヨアキムくんは驚いていたし、カミラ先生は呆れていた。


「ブレンダも、程度を考えなさい」

「だって可愛いし」

「ブレンダより僕の方が気が利くよね」

「私の方が喜ばれたわ」


 双子はどうしても競ってしまうものらしい。

 プレゼントを渡している間にケーキが切られてお茶と一緒に持って来られた。紅茶にカミラ先生とカスパルさんとブレンダさんがジャムを入れて飲んでいる。甘いジャムと紅茶の香りが部屋中に広がった。こういうところは兄弟なのだと実感して、私はお兄ちゃんと顔を見合わせてしまった。


「オリヴェルの誕生日パーティーでは何か情報は得られましたか?」


 唐突にカミラ先生に聞かれて、私はやはりお見通しだったのだとミルクティーを吹き出しそうになってしまった。あれだけわざとらしくカミラ先生のいる場でやってしまったのだから分かってはいると思ったが聞かれなかったので答えなかったのだ。

 それを今聞いてくるあたり、カミラ先生も心の隙を突くのがうまい。


「デニースさんがいいかただというのはわかりました」

「ご両親やコーレ・ニリアンから貶められていたようです」


 情報は何も得られなかったがデニースさんが協力してくれるという話を聞いて、カミラ先生は頷いていた。


「ニリアン家にはもうそれほど財産は残っていないはずです。見栄を張らずに相応の格好で来たところから、彼女は罪を犯すような人格ではないのではないかと思っていました」


 他の貴族からの評判を聞いてもデニースさんは反乱を起こすような貴族に与せずに、ニリアン家の再建に向けて真面目に取り組んでいて、ルンダール領の再建も考えているということだった。そのことをよく思っていない貴族たちがコーレ・ニリアンや他の要因を探してデニースさんを蹴落とそうとするかもしれない。

 貴族社会はハイエナの群れのようなのだ。

 カミラ先生やビョルンさん、カスパルさんやブレンダさんのような相手は稀だった。


「コーレ・ニリアンの血族を理由に彼女が蹴落とされそうになる可能性があったら、逆に彼女にその人物を断罪してもらって地位を取り戻す方向にもっていきましょうね」


 貴族の中で信用できるのはビョルンさんの実家のサンドバリ家くらいのルンダール領で、新しく信頼できる相手ができるのは助かる。これからも信頼できる相手が増えて行くことを私は望まずにいられなかった。

 部屋に戻るとお兄ちゃんは船箪笥の中のお菓子を取り出していた。とても私たちだけでは食べられないような量のお菓子を前にして困っているお兄ちゃんに、私は提案してみる。


「やきがしばかりだから、ひもちはするでしょう? こわけにして、しんねんのプレゼントでしようにんさんたちにくばったらどうかな?」


 年末年始には休みをとって故郷に帰る使用人さんたちもいる。そのひとたちのお土産になればいいと思ったのだ。


「それはいいね。ラッピング用品を買って来なきゃ。一緒に来てくれる?」

「いくよ。おにいちゃんといっしょがいちばんいいな」


 カスパルさんと出かけたときにお兄ちゃんと間違えて話しかけてしまったのは恥ずかしかったけれど、一緒ならば本物のお兄ちゃんに話しかけられる。

 冬休みの楽しみが一つできた。


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