35.向日葵駝鳥の収穫準備
「いってきまーす!」
「いっちぇきまーしゅ!」
元気に手を振るファンヌとヨアキムくんが馬車に乗り込むのを見送って、私とお兄ちゃんは先に出かける二人とリーサさんに手を振っていた。足元でウサギのリンゴちゃんが「なぜ私は連れて行ってもらえないのか」とでも言うようにばしばしと脚を鳴らしているが、それは仕方のないこと。こんなに大きなウサギが保育所に行ったら、子どもたちが泣いてしまうかもしれない。
リンゴちゃんにはご機嫌取りにバナナを一切れ上げると、「こんな美味しいもの食べたことありません」という顔で食べ始めたので、もう保育所のことは忘れているだろう。ファンヌとヨアキムくんが幼年学校に乱入したように、リンゴちゃんが保育所に乱入するなんてことがあってはならない。
「リンゴちゃん、おおきくなったね……」
「子どものポニーくらいあるんじゃないかな」
マンドラゴラと和解をしたリンゴちゃんに、マンドラゴラたちはときどき自分の頭に生えている葉っぱを一枚ずつ分けているようだった。そのせいかリンゴちゃんはめきめきと大きくなっている。
お屋敷の外に出すと魔物と間違われそうなので、外に出ないようにファンヌとヨアキムくんが一生懸命言い聞かせているが、ウサギにどこまで言葉が通じているか分からない。
もしゅもしゅとバナナのかけらを食べ終えたリンゴちゃんは、びたんびたんと庭の見回りに出かけて行った。草食動物で鳴くこともできないリンゴちゃんだが、あれでいてとても優秀なのだ。不審者が結界を潜り抜けようとすれば蹴りで退けるし、逃げ出した向日葵駝鳥も蹴りで吹っ飛ばして転ばせて捕まえてしまう。
大きいだけでなくすばしっこいリンゴちゃんは、雑草も食べてくれるし、ルンダール家の薬草畑を守るのに欠かせない存在になっていた。
「そろそろ向日葵駝鳥の収穫も考えないといけないね」
柵の中の向日葵駝鳥は花も枯れて種がぎっしりと育ってきて、重たそうに首を垂れるようになっていた。水やりももうしていなくて、乾かす段階に入っている。
「きょう、ダンくんにいってみる。あ、それにフレヤちゃんがひまわりだちょうをみたいっていってた」
「手伝ってくれるかな? 手がある方が助かるんだけど」
「きいてみるね」
今日幼年学校に行ったら二人に聞いてみようと決めて、肩掛けのバッグに教科書とノートを詰めて幼年学校の準備を終えた。
「そろそろ行こうか?」
「うん、おにいちゃんよろしく」
声をかけられて、手を繋いで私はお兄ちゃんの移転の魔術に身を任せる。空間が歪んで開けた先は幼年学校で、お兄ちゃんがハグをして私を送り出してくれた。
「イデオン、行ってらっしゃい」
「おにいちゃんも、いってらっしゃい」
私を幼年学校に送り届けた後でお兄ちゃんは魔術学校まで移転の魔術で飛んでいく。四年生になってから移転の魔術を使う許可は魔術学校から降りていたのだが、私が一人で馬車で幼年学校に行くのが寂しいというのを察してくれて馬車で通ってくれていたのだ。
移動時間は一瞬になったけれど、それまでの時間はお兄ちゃんと一緒にいられるし、お兄ちゃんにハグで送り出されるので私は新しい通学方法にも満足していた。
「おはよう、ダンくん、フレヤちゃん」
「おう、イデオン。いつ、おやしきにいってもいいかな?」
「そう、わたしからもさそおうとおもってたの」
教室に入ってダンくんとフレヤちゃんに挨拶をすると、ダンくんから問いかけられる。フレヤちゃんも話に入れて、私はお兄ちゃんと話していたことを伝えた。
「そろそろひまわりだちょうのしゅうかくをかんがえてるんだけど、ダンくんはいつならてつだってもらえる? フレヤちゃんにもてつだってもらえるとうれしいんだけど」
「しゅうかくをてつだっていいの? ぜひやらせて!」
「おれはいつでもいいよ」
向日葵駝鳥の収穫は初めてだし、かなりハードだと聞いている。大きな園芸用のハサミも買わなければいけないし、私たちの方でも準備をしなければいけない。
「こんしゅうまつはどうかな? フレヤちゃん、ごりょうしんにきていいかきいておいてくれる?」
「わかったわ」
ダンくんとフレヤちゃん。このクラスでも生まれが早くて体も大きな二人が手伝ってくれるとなると心強い。ダンくんは分かっていると思うがフレヤちゃんにも服装などの説明をすると、笑われてしまった。
「うちものうかよ。わかってるわ」
「そっか。ごめん」
「あやまることないのよ。きにしてくれてうれしい」
余計なことを言ってしまったかと反省する私に明るく言ってくれるフレヤちゃん。フレヤちゃんが友達で良かった。
こうして向日葵駝鳥の収穫の日は決まった。
向日葵駝鳥の収穫が予想外に大変だということをそのときの私はまだ知らない。
収穫を前にカミラ先生は忙しいのでビョルンさんに付いてきてもらって、農作業の道具が売っているお店に行った。
季節なのだろう、大きく「向日葵駝鳥の収穫にはコレ!」と書かれた棚があって、そこに両手で使う大きなハサミや鉈が売っている。
「わたくし、ほうちょうがあります」
「ファンヌちゃんの分はいらないとして、ヨアキムくんはどうしますか?」
「よー、とどく?」
「そうですね、届かないでしょうし、大型のハサミを使うのも難しいと思います。切った向日葵の種を外す作業をしましょうか?」
「よー、できう?」
「手袋を付けていたら怪我をせずにできますよ」
丁寧にしゃがんで目線を合わせてビョルンさんはファンヌからもヨアキムくんからも話を聞いていた。作業用の小さな手袋を買ってもらって、ヨアキムくんは自分のやることをなっとくできたようだった。
私は大きなハサミが欲しかったのだが、両手で使うハサミは大きすぎて私の力では閉じられない。
「おにいちゃん、むりみたい……」
「イデオンも種を外す係をする?」
「わたしもやくにたちたい」
ファンヌは肉体強化の魔術が使えて伝説の武器も持っていて役に立てるのに、私はヨアキムくんと同じことしかできないなんて、6歳なのに酷く情けないような気がしたのだ。俯いた私にビョルンさんが膝を付いて視線を合わせて、私の手に小さめの園芸ハサミを握らせてくれた。
「このハサミは使えますか?」
「これだと、ひまわりだちょうのくびはきれませんよ?」
「首を切るのだけが仕事ではありませんよ。切られた花の周囲の包葉を切って種を取るのを助けたり、身の部分の葉っぱや根っこを切るのも大事な仕事です」
「このハサミでできますか?」
「できますよ」
私だけが役立たずのような気がしていたけれど、ビョルンさんはそうではないと教えてくれた。手に合うサイズのハサミを買ってもらって、お兄ちゃんは大きなハサミを買って、フレヤちゃんとダンくんにも私と同じサイズのハサミを買って、準備は整った。
収穫の日は快晴でまだ夏の名残が残っていて暑かった。
麦わら帽子に薄い長袖と長ズボンのフレヤちゃんとダンくんがやってきて、水筒に冷たいお茶を準備して私たちは向日葵駝鳥の柵に向かった。子どもだけで収穫をするのは危ないと、ビョルンさんがその日は同行してくれていた。
鞘付きの菜切り包丁を構えてファンヌはやる気である。
「わたくし、ファンヌ。これは、でんせつのぶきなのよ」
「よー、ヨアキム。これ、てぶくよ」
菜切り包丁と手袋をフレヤちゃんに見せるファンヌとヨアキムくんに、フレヤちゃんはにこにことしている。
「いいなぁ。わたしもいもうととおとうと、ほしかった」
「フレヤちゃんはひとりっこだっけ?」
「おねえちゃんがひとりいるけど、としがはなれてるの。こうぼうにしゅぎょうにいってるわ」
そういえば私はフレヤちゃんの家族について聞いたことがなかった。詳しく聞くと、フレヤちゃんのお姉ちゃんはフレヤちゃんと入れ違いに幼年学校を卒業して、今年から畑の肥料や栄養剤を作る工房に弟子入りしたということなのだ。
「まじゅつのさいのうがなかったからしかたないんだけど、そのぶん、わたしにはまじゅつがっこうまですすんだほうがいいっていってくれてるの」
だから学校の勉強を頑張って奨学金を狙っているというフレヤちゃん。
成績のいいフレヤちゃんにそんな事情があったなんて全然知らなかった。
ダンくんもフレヤちゃんも私の友達だし、一人で魔術学校に行くのは不安だからルンダール家から支援をして魔術学校に一緒に行ってもらおうと考えていたが、フレヤちゃんにとってはそれは不要かもしれない。きちんと将来を見据えているフレヤちゃんに尊敬のまなざしを向けていると、ファンヌもきらきらとした目でフレヤちゃんを見ていた。
「おねぇたんって、よんでもいい?」
「わたしをおねえちゃんってよんでくれるの? うれしい!」
「わたくし、にぃたまとオリヴェルおにぃたんに、ヨアキムくんで、おとこのこしかまわりにいないの。おねぇたんにあこがれてたの」
知らなかった。
ファンヌは確かに私たち兄弟の中では紅一点だったが、お姉ちゃんが欲しいと思っていたなんて気付きもしなかった。
フレヤちゃんを今日呼んでファンヌに会わせたのも、妹が欲しいフレヤちゃんとお姉ちゃんが欲しいファンヌが出会えて良かったのかもしれない。
「よろしくね、ファンヌちゃん」
「はい、おねぇたん」
小さなお手手を握ってファンヌと握手をしてくれるフレヤちゃんに、ファンヌはほっぺたを赤くしていた。
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