32.夏休みの終わりと朗報
魔力が自分の方が高くてニリアン家の当主になれたのに、ルンダール家の婿となった兄の方が地位が高いことや見合い結婚なのに幸せそうなことを妬んでいたとコーレ・ニリアンは牢獄の中で語りだしたらしい。兄夫婦を殺せば次期当主のアンネリ様の後ろ盾になれる算段だったのに、ニリアン家の当主だということが逆に邪魔をした。
ニリアン家を守るためにコーレ・ニリアンは後ろ盾になることを止められて、サンドバリ家に嫁いだアンネリ様の母親の妹夫婦が後ろ盾としてルンダール家に入った。実の兄夫婦を殺した疑惑があったから自業自得でもあったのだが、そのこともコーレ・ニリアンの憎しみを育て続けた。
拗らせた憎しみはアンネリ様が亡くなった後に私の父親に嫌味を言いつつ税金を免除させ、支援金を搾り取ることで一時期は治まっていたが、それもカミラ先生に当主代理が変わってからはなくなっただけでなくニリアン家にも平等に税金がかけられ支援金もなくなった。
最終的な引き金となったのは、使用人に給料が同じままで休暇を取らせて、新しい使用人を雇わせて雇用を増やそうというカミラ先生の政策だった。
「わたくし、オリヴェルおにぃたんのおじいさまとおばあさまを、まものにおそわせたあいてを、たおしたのよ」
「よーも、がんばったの」
休暇を終えて帰って来たリーサさんにファンヌとヨアキムくんは誇らしげに語っている。ヨアキムくんを使ったのは狡かったかもしれないが、相手は最初からカミラ先生の赤ちゃんを狙うような呪いを仕込んで来てもおかしくなかったのだ。誰も傷付かずに倒すためにはそれくらいの策が必要だった。
「ヨアキムくんに頼んだのはイデオンくんだったんだね」
「イデオンくんは本当に今回よく考えて、家族を守ってくれました」
ビョルンさんとカミラ先生に褒められて私は照れてしまう。何より自然にカミラ先生が私とファンヌのことも家族と認めてくれていることが嬉しかった。
「イデオンがいなかったら、勝ちはしただろうけど決定的な証言までは引き出せなかっただろうね」
「今になって牢獄で『あれはドラゴンに脅されたからだ』と言い張っているようですが、契約書の内容と合わせて調べれば言い逃れもできないことでしょう」
ドラゴンの祠に行く前からお兄ちゃんが気にかかっていたアンネリ様のご両親の事故の結末も知ることができた。決闘には当然勝って、私とファンヌとヨアキムくんが追い出されるようなこともなくなったし、お兄ちゃんのことも守れた。
全てが上手くいって私は誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「ファンヌ様、カミラ様の体調を考えて志願したのはご立派なお心です。ですが、自分がまだ幼く守られる対象だということを忘れてはなりませんよ」
私はファンヌが強いからいけるのではないかとつい考えてしまうが、まだ4歳の幼い妹をあんな危険な決闘の場に引きずり出してはいけなかった。心の底からファンヌを可愛がり心配するリーサさんの言葉に、私は深く反省したのだった。
コーレ・ニリアンの取り調べはこれから行われて、裁判も始まる。その続報はカミラ先生とビョルンさんが分かり次第教えてくれるということでこの話は終わって、リーサさんの里帰りの話を聞くことになった。
「おとうさまとおかあさまにあえたの?」
「会えましたよ。兄弟たちはバラバラになっていましたが」
口減らしのために奉公に出すつもりで頼んだ仲介屋が、奴隷のようにしてリーサさんを含めた兄弟たちを貴族に売ってしまった。魔術の才能があったならば無理やり結婚させられたり、妾にさせられたりしたのだろうが、幸いにもそれはなかったためにそんな事態にはなっていないようだが、兄弟たちは売られた借金を抱えて生家に戻れない状態が続いているという。
「カミラ様が来てから、アンネリ様の時代からのお給金が支払われました。そのお給金を兄弟たちの解放のために使わせてもらうことにしました」
売られるようにしてメイドとしてやってきたリーサさんだが、アンネリ様はきちんとお給金を払っていたし、父親の時代のお給金もカミラ先生に代替わりしてからきちんと支払われている。支払われたお給金全額で兄弟たちを助けようとしているリーサさん。
「お休みを頂けなければ家にも戻れず、兄弟の状況も知ることができませんでした。本当にありがとうございます。一文無しになったことですし、また精一杯働かせてください」
深々と頭を下げたリーサさんにカミラ先生は柳眉を顰める。
「ご兄弟のことは気の毒に思います。この領地で人身売買紛いのことが今後起こらないように法整備をしっかりとしていきたいと思います」
「ありがとうございます。カミラ様はこの領地の希望です。カミラ様に育てられたオリヴェル様もきっと良い政治を行ってくださると信じております」
過去にさかのぼって記録から人身売買紛いの雇用をされている使用人たちを探し出して救済するのと、今後それが起こらないようにすること。それをカミラ先生は約束していた。
リーサさんの休暇も終わって日常が戻ってきて、夏休みももうすぐ終わる。
幼年学校は嫌いではないのだがずっとお兄ちゃんと過ごせる日々が終わるのだと思うと、私はちょっとだけ憂鬱だった。
気分の落ち込んでいる私に、おやつの時間、カミラ先生が一大発表をしてくれた。
「保育所の建設が早く終わりました。夏休み明けから少しずつですが希望者を募って保育所に幼児を預けられるようになります」
「わたくしも、いけるの?」
「よーも?」
幼年学校に行きたくてたまらないファンヌとヨアキムくんにとっては、幼年学校の前段階としての保育所は非常に魅力的なもののようだった。ミカルくんがくると毎回幼年学校ごっこをしているくらいだから、同年代の子どもたちと集まってお勉強をしたりお遊戯をしたりしたいのだろう。
その件について、カミラ先生は悩んでいることも打ち明けてくれた。
「保育所の枠組みは出来上がって、試行錯誤しながら保育方針なども決めて行かなければいけないのですが、一番の問題は、先生の確保なのですよね」
これまでルンダール領には保育所に当たる施設はなかった。オースルンド領にはあったのでオースルンド領では魔術学校で教育や保育を専門とする生徒が卒業して先生になっていたのだが、ルンダール領には魔術学校の教育の専門授業はあっても保育に関するものは全くない。
子どもの世話だから子どもを産んだことのある母親ならばできるなどと言う暴論もあるが、カミラ先生はそうは思っていなかった。
「集団の保育と家庭での養育は違います。子どもの発達を勉強した専門家でなければいけませんが、とりあえずは幼年学校の先生の資格のあるものと補佐を募っての運営になります」
そこで言葉を切ってカミラ先生はリーサさんを真正面から見つめた。
「ファンヌちゃんとヨアキムくんが保育所に通うようになれば、その時間はリーサさんの仕事はなくなります。どうか、ファンヌちゃんとヨアキムくんへの接し方を踏まえて、二人と一緒に保育所に行って補佐として働いてみませんか?」
「わたくしが? よろしいのですか? 仕事が増えるのは大歓迎ですが」
「ミカルくんが初めて来たときのリーサさんの対応は、一貫していて尊敬できるものでした。他の貴族の子どもが通うときにも乳母を補佐として連れてくるように促しますので、どうか、リーサさんもよろしくお願いします」
頼まれてリーサさんは快く了承していた。
夏休みは終わるけれど、これで幼年学校にファンヌとヨアキムくんが来ることもなくなる。
「ちょっとあんしんした」
「子育てに慣れているひとが先生たちを手伝ってくれれば、保育所もなんとかなるかもしれないしね」
「リーサさんがいっしょだったら、ファンヌもヨアキムくんもあんしんだし、ミカルくんもくるだろうし」
おやつの時間が終わって部屋に戻ってから私はお兄ちゃんと話をしていた。夏休みの宿題はお兄ちゃんも私もとっくの昔に全部終わらせているし、夏休みが終わっても何の問題もない。
「楽しい夏休みだったね」
「うん、とっても」
オースルンド領のドラゴンの祠でファンヌが伝説の武器を抜いてしまってから、色んなハプニングもあったけれどルンダール領はドラゴンの守護を受けられることになったし、お兄ちゃんの母方のお祖父様とお祖母様が魔物に襲われて亡くなった事故の件も解決に向かっている。
長い休みを終えて私は一回り大きくなったつもりなのだが、やっぱり鏡に映る私の姿は小さくて、もうちょっと大きくなりたいと思わずにいられなかった。
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