31.コーレ・ニリアンとの決闘
正式に決闘が言い渡されたのは、夏休みも終わりに近付いた日だった。五十代のコーレ・ニリアンは少し白髪の交じったの灰色の髪で、痩せて神経質そうな印象だった。
「貴族に重税をかけ、使用人に払う金も増やして、我らをないがしろにする当主代理は、貴族の支持を得られなかったようですな」
「幸い、領民の支持は得られておりますから」
「女性が当主になるのは良くない……ルンダールは呪われておりますからな」
ねっとりとした声で告げるコーレ・ニリアンにカミラ先生は笑顔でそれを受け流す。ルンダール家の人間は短命だと言われているが、その原因を辿ればこの男に行きつくのではないか。
コーレ・ニリアンが当主代理になれば私とファンヌとヨアキムくんは追い出され、お兄ちゃんは命を狙われる。そんな状況にならないためにも、私は絶対にファンヌを勝たせなければいけない。
「ヨアキムくん、じゅんびはいい?」
「あい、いつでもどーじょ」
保険をかけるわけではないが私はヨアキムくんにもお願いをしておいたし、いざとなればドラゴンも呼ぶつもりでいた。
国王陛下から派遣された立会人がルンダール家の庭の比較的開けている場所に結界を張って決闘場を作り出す。さやさやと聞こえていた葉擦れの音と蝉の声が遠くなり、結界で決闘場が完全に包まれたのが分かった。
「カミラ・オースルンドの代理人、ファンヌ・ルンダール、前に」
「はい!」
菜切り包丁を持って凛々しく歩み出た鱗草のコサージュで髪を纏めたファンヌはちんまりとしていて、決闘場に上がる階段を登るのも一苦労だ。
「なんと、こんな小さな代理人を立てるとは。余程人材不足のようですな」
勝ちを確信したのか、ファンヌを見てコーレ・ニリアンはにやにやと笑っていた。笑顔がいやらしくて4歳のファンヌであろうともうっかりと決闘場で事故で殺してしまっても罪悪感も抱きそうにない。
決闘で命を懸けることのないように立会人がいて、危険な場面になれば止めるのだが、それをかいくぐりそうな雰囲気があった。
「コーレ・ニリアン、前に」
おや?
代理は立てずに本人が挑んでくるようだ。従者らしき人物に重厚な鎧を着せてもらって、レイピアを手に取った。
それにしても持っているレイピアに禍々しい紫のオーラが絡み付いていかにも呪われそうな気配がするのは私だけではないだろう。魔術のかかった武器や防具の使用は認められているが、あれは呪いではないのかと訝しんでしまう。
「正々堂々と戦い、その結果を受け入れることを誓うか?」
「はい!」
「誓います」
ファンヌの大きないいお返事とコーレ・ニリアンのねっとりとした声が響いて決闘は始まった。
始まりの合図に少しフライングして即座に切りかかろうとしたコーレ・ニリアン。だが、そのレイピアはファンヌに届くことなく、大きな金属音を立てて転んでしまう。
重厚な鎧を着ているので、立ち上がるのも大変そうだ。
「ヨアキムくん、そのちょうし!」
「あい! よー、ふぁーたんのために、がんばう!」
あらかじめ頼んでおいたヨアキムくんはしっかりと活躍している。
無意識のうちに3歳児が放っている呪いはある意味コーレ・ニリアンには計算外だろう。術式を編むことを知らないヨアキムくんの呪いは、立会人は術式で反則を見ているので、知られずに発動させることができる。
立ち上がりかけたコーレ・ニリアンのレイピアを身長より巨大になった菜切り包丁で弾こうとすると、突かれそうになる。
横に跳んでファンヌが避けて、思い切り菜切り包丁を大きく振った。
ひゅんっと風を切る音がして、コーレ・ニリアンの受け止めようとしたレイピアが根元から切れてくるくると回りながら刃の部分が取れて、場外に突き刺さった。
「ファンヌ、そのちょうしー!」
「ふぁーたん、がんばってー!」
じりじりと身長よりも大きな菜切り包丁を構えて近付いていくファンヌ。武器を切られてしまって、柄しかなくなったそれを投げ捨てるコーレ・ニリアン。
「小娘の分際で、小癪な!」
追い詰められたコーレ・ニリアンが首に下げていた魔術具を引きちぎりファンヌに投げ付ける。もわっと霧のようなものが噴射されて、ファンヌの鱗草が毒々しい赤紫に色を変えた。
呪いだ!
「たちあいにんさん、のろ……」
素早く立会人にその事実を伝えようとした私の頭上を巨大な影が通り過ぎて行った。
あ、来ちゃった!?
『我が守りし幼子に何をするかー!』
うわー!?
巨大な影を過らせながら庭を飛んで決闘場に降り立ったドラゴンが、コーレ・ニリアンの首筋を咥えてぷらんと吊り下げていた。
「ドラゴンさん! たすけにきてくれたの?」
『呪い……忌まわしき血の臭いがする。殺した相手は一人や二人ではないな』
「ひ、ひぃ!? なんで、ドラゴンが!? 反則! 反則ではないのか!」
完全に怯え切っているコーレ・ニリアンは立会人に助けを求める。
「しょうかんまじゅつは、はんそくではないですよね?」
確認する私にドラゴンの出現に驚いていた立会人は、必死に決闘の条件を探してドラゴンが召喚された場合には反則なのかを調べている。事前に調べておいた私は、その頃はまだ6歳といえども抜かりはなかった。
その間に大人用の高い階段をよいしょよいしょと上がって私は首から下げた魔術具を構えて目の前に立った。とはいえドラゴンに吊り下げられているので、首を思い切り上に向けなければ見えないのだが。
「あにうえのおじいさまとおばあさまを、まものにおそわせたのは、おまえだな!」
「し、知らない。実の兄をそんな風にするわけないじゃないか!」
「なぜ、あにうえのおじいさまとおばあさまといっただけで、オースルンドりょうのりょうしゅふうふではなく、じつのあにとわかったんだ?」
「そ、それは……」
「いわなければ、ドラゴンさんのえじきにしてやるぞ!」
できるだけ怖い声で言いながら私は立体映像を構える。音声も記録されるのでここで証拠を取っておけば、コーレ・ニリアンは徹底的に調べられることになるだろう。
「カミラ様、大丈夫ですかー!」
「カミラ様、負けるなー!」
「我らがカミラ様ー!」
決闘の噂を聞きつけた領民が屋敷の門の前からカミラ先生を応援している。これだけカミラ先生は領民に慕われている良き当主代理なのだ。
そもそも決闘自体がコーレ・ニリアンの無茶苦茶な理論で開かれたものだし、戦っていたのは4歳のファンヌだ。カミラ先生が立会人に「あのドラゴンは伝説の武器で召喚されるものなのです」と説明して、立会人はドラゴンの乱入を反則ではないと認めたようだ。
続けられる決闘にドラゴンが堂々と告げる。
『言わねば、我がブレスで骨まで凍らせてやろうか?』
ふんっと鼻から凍える息を吐いたドラゴンに、コーレ・ニリアンは命が惜しかったようだった。
「呪いをかけたのは私ではない……依頼はしたが」
「それが、この契約書ですね」
白状したコーレ・ニリアンにカミラ先生が呪術師の契約書を見せつける。特殊な魔術のかかったインクを使ったそれは、サインした相手の魔力が辿れるようになっていた。
契約書という証拠と共に証言もして、コーレ・ニリアンは捕えられてルンダール領の貴族の反乱は終わった。
ドラゴンの乱入については立会人はカミラ先生の説明を聞いて、「召喚魔法を禁じてはいない」というルールを適応してくれた。
決闘はファンヌの圧勝だった。色の変わったコサージュをファンヌの頭から外し、それも証拠としてもらえるように渡す。
「反則をしていたのはコーレ・ニリアンの方です。これは鱗草と言って、呪いを浄化する力を持った薬草です。これの色が変わったということは、何らかの呪いをコーレ・ニリアンが使っていたということになります」
説明するビョルンさんに立会人は神妙な顔つきで色の変わったコサージュを受け取った。
「なんの呪いがかけられていたかは、そのコサージュが吸い取った魔力を調べてみれば分かります」
「証拠として提出しましょう」
受け取った立会人が言って、コーレ・ニリアンを連れて去っていく。もう大丈夫だと飛び去るドラゴンに手を振って、私たちは平穏を取り戻した。
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