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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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28.疑惑の人物

 使用人も給料が変わらずに休暇が取れる制度をカミラ先生が制定して、リーサさんがお屋敷の使用人の中では一番にお休みを貰った。


「誰かが取らないと後に続くひともいませんからね。イデオン様とオリヴェル様が夏休みの間に、お休みを取らせてもらいます」

「リーサさんいってらっしゃい」

「きをつけてね」

「かえってきてね?」


 売られてこの御屋敷に来てから一度も会っていない家族に会いに行くのだとリーサさんは話していた。家族もリーサさんがお屋敷に奉公しに行くのだと思って送り出したら、仲介人が悪徳でリーサさんは人買いのようにして売られてしまったのだ。

 そのことを家族は知らないし、会えないので説明もできていない。ただただ帰って来ないリーサさんを待ち続けた家族の元にやっと帰れる。

 私もファンヌもヨアキムくんも快くリーサさんを送り出した。カミラ先生は馬車を手配して魔物除けの魔術もかけてリーサさんが安全な道中を送れるようにした。

 リーサさんの休暇に入ってから、他のメイドさんがファンヌとヨアキムくんを見ることになったのだが、二人で遊んでいるので特に手もかからず困ってはいないようだった。

 カミラ先生がお兄ちゃんの部屋に大事な話があると訪ねてきたのは、リーサさんがお休みに入った日の夜のことだった。紙束を持ったカミラ先生はお兄ちゃんを机に着かせて、机の上にその紙束を広げた。


「アルビノの呪術師の隠れ家から押収された契約書の中に気になるものがあると、警備兵がこれを持ってきたのです」


 王都の地下牢に囚われている呪術師は私を殺しかけたし、その前にもヨアキムくんの呪いに関与していた。他にも貴族は謀略の中にあるもので、たくさんの証拠が出てその一つ一つを警備兵が調べているのだが、その中にあったのはとある人物からの呪術師への依頼の契約書だった。

 

「コーレ・ニリアン?」


 読み上げたお兄ちゃんの声に私はその人物を知っていることに気付いた。ルンダール家のパーティーに来ては私に嫌なことを言ったり、悪しざまに言われても仕方がないのだが両親を蹴落とそうとしていた人物だ。

 確か、アンネリ様の父の弟に当たる人物ではなかっただろうか。


「最近、私が長期の休暇を取ったのは、どんな職のものでも家族と触れ合う時間は大事だと示すと共に、彼を炙り出そうとしていたというのもあります」


 今、コーレはお兄ちゃんの後ろ盾になるのはカミラ先生ではなく自分だと貴族を仲間に付けているのだという。

 使用人の給料を変えずに休ませるなどと言う法を制定したカミラ先生は、貴族の中で疎ましく思われている。ルンダールの出身ではなくオースルンドの出身ということでも、オースルンド領の人間がルンダール領を乗っ取るのではないかと邪推されているところもある。

 それら全てを押し返す強さがカミラ先生にはあるのだが、妊娠中であるという現在休まねばならない場面もたくさんある。そこをコーレは突いてこようとしているのだ。


「彼は、私に決闘を申し込むと公言しています。オリヴェル、あなたの後ろ盾の座をかけての決闘です」

「決闘は許されていないはずじゃないのですか?」

「私が妊娠していて戦えないと思っているのでしょうね」

「ダメですよ、叔母上、戦っては」


 カミラ先生の体調を心配するお兄ちゃんにカミラ先生は契約書に話を戻した。


「この契約書なのですが、馬車に魔物が寄って来る呪いをかけるというものでした」

「馬車に魔物……母方の祖父母は魔物に襲われて死んだと聞きました」

「対象が馬車としか書かれていないし、その馬車も事故が起きたのが昔過ぎて残されていないので確証は掴めていないのですが、その線は濃厚だと思います」


 お兄ちゃんの母方のお祖父様とお祖母様を魔物に襲わせた相手がいる。しかもそれはお祖父様の弟かもしれない。

 カミラ先生が調べたところ、お祖父様の弟は魔力が高かったので家を継ぐことができたが、兄がルンダール家の婿になって自分よりも地位が高くなったのを妬んでいたようなのだ。

 確実な証拠はないが、限りなく黒に近い灰色。

 無言のままで契約書を見つめるお兄ちゃんは、深く考え込んでいるようだった。


「あちらも貴族を味方につけて私に当主代理を交代するように迫る機会を狙っているのでしょう。しばらくは泳がせておくことにします」


 お兄ちゃんのことをただの15歳の少年ではなく、次期当主として報告に来てくれたカミラ先生。感謝を述べて契約書を返してからカミラ先生を見送り、お兄ちゃんは隣りの机の椅子にちょこんと座って話を全部聞いていた私に向き直った。


「母の両親が事故で亡くなったのは、母が10歳のときくらいだから、もう二十五年近く前のことになるよね。そんな昔に大叔父上が実の兄である祖父を呪って殺したなんて、ルンダールはどうなっているんだろ」

「きぞくしゃかいはぼうりゃくのなかにあるけど、ルンダールがあれているほったんは、そこなのかもしれないね」

「大叔父上がルンダールの当主を狙って、貴族を煽り続けていたと?」

「ありえないはなしじゃないよ」


 アンネリ様が亡くなったときもコーレ・ニリアンことお兄ちゃんの大叔父様は自分が当主代理になろうとしたのかもしれない。過去の疑惑が邪魔をしてできなかった可能性はあるが、両親とコーレ・ニリアンが繋がっていた可能性は大いにあるのだ。


「わたしのちちがとうしゅだいりをしていたじきに、じゅうぜいをめんじょされて、それどころかりえきをえていたきぞくもいたわけでしょ?」

「その線から叔母上に調べてもらえば、何か証拠が出るかもしれないね」


 それにしても二十五年近く前の話である。まだ六年しか生きていない私にとっては気が遠くなるような長い時間で想像もつかない。そんな時間をお兄ちゃんの大叔父様がルンダール領の当主を狙い続けていたのならば、二代続けての当主の早逝も分かる。

 お兄ちゃんがその毒牙にかからないように、守らなければいけない。

 具体的な方法も決定的な証拠もないので、今は動きようがなかったがコーレ・ニリアンの方が動き出せばすぐに対処できるようにカミラ先生も構えているはずだった。

 夏休みの心が浮き上がるような気持ちを一瞬で沈めてしまった報告。

 考え込む私にメイドさんがダンくんとミカルくんが遊びに来たことを告げた。


「考えてても仕方ないよ。相手が尻尾を出すまで辛抱強く待たなきゃいけないんだと思う。今は夏休みを満喫しよう」

「うん、おにいちゃんもいこう」


 二人で子ども部屋に行くと麦藁帽子を被ったダンくんとミカルくんの二人がいた。


「うみにはつれてってやれないけど、かわあそびをおしえてやるよ」

「かわあそび!」

「かわ、なぁに?」

「お水が流れているところだよ」


 バケツ持参のダンくんとミカルくん。

 不思議そうに顔を見合わせるファンヌとヨアキムくんに、お兄ちゃんが説明している。


「カミラせんせいにいってきていいかきくね」


 執務室まで走って行ってノックをしようとすると、執務室の扉がちょっとだけ開いていた。中からカミラ先生とビョルンさんの話し声が聞こえる。


「コーレ・ニリアンは周囲の貴族を仲間に付けて、国王に直訴して自分こそが当主代理に相応しいと言っていると」

「まだ五十代ですものね、野心のある年だわ」

「決闘も辞さないと公言しています」

「私が妊娠しているから戦えないと勘違いしているのでしょう」

「カミラ様、戦ってはいけません」


 心底心配そうに訴えるビョルンさん。

 自分の実の兄を殺すために馬車に呪いをかけたような男なのだ、コーレ・ニリアンとは。カミラ先生が妊娠しているのならば、赤ちゃんを重点的に狙ってきそうな気がする。赤ちゃんを庇ったがためにカミラ先生が負けてしまうなんていう未来は見たくなかった。


「『魔女』たる私を舐めないでください」

「ですが、何をしてくるか分かりません。堕胎の呪いでもかけられたら……」


 だたい? 堕胎ってなんだろう?

 ビョルンさんはお腹の赤ちゃんの父親で、カミラ先生の夫だ。大事な妻と赤ん坊を危険に晒すようなことはしたくないというのは伝わってくるが、そのときの私には堕胎の意味が分からなかった。

 ビョルンさんが戦わないように止めないといけない。そのことだけ考えていた。


「それくらいなら、私が戦います」

「まぁ」

「ビョルンさん、それはいけません!」


 思わず扉を押し開けて私は話に入ってしまっていた。

 いけない、大人同士の真面目な話なのについビョルンさんが心配で身体が動いてしまった。アルビノの呪術師に捕えられたときにビョルンさんは体を張って私を守ってくれたが、はっきりいって攻撃の魔術は全く使えなかった。それを知っているだけにビョルンさんが戦うという意味が私にはよく分かっている。

 公衆の面前でなぶり者にされて、しかもカミラ先生が当主代理の座を奪われて、お兄ちゃんの命が危険に晒されるなんてことはあってはいけない。


「イデオンくん……どうしたのですか?」

「ダンくんとミカルくんがきて、かわあそびにさそわれました。きょかをもらおうとしてきたのですが、すみません、きいてしまいました」


 素直に頭を下げて謝ると、カミラ先生もビョルンさんも私を怒ったりしなかった。


「心配してくれたのですね、ありがとうございます。大丈夫ですよ、国王陛下はあのような愚かな申し出を許可するとは思いませんし、決闘になっても私が負けることはありません」

「その過信が怖いのです。お腹の赤ちゃんを狙われたらどうするのですか」

「ビョルンさん、その話は後で。イデオンくん、川遊びにはセバスティアンさんについて行ってもらってください」


 立ち聞きしてしまった私が悪いのだが、私の前ではあまり物騒な話はカミラ先生はしたくないようだった。


「わかりました。カミラせんせいをしんぱいしてるのは、ビョルンさんだけじゃないってこと、わすれないでくださいね。セバスティアンさんにおねがいしていってきます」


 頭を下げて執務室を去りながらも、私はカミラ先生が決闘の場に引きずり出されないか、それが心配でならなかった。


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