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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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26.夢の未来視

 漁師の船が最近戻って来ない事態が起きていた。魔物の仕業だろうがその正体を掴めないままに、海は広く魔物を特定することは非常に難しいので海上警備兵の船は見回りに出ていたが、事態は改善しないままに海水浴の季節を迎えてしまった。

 漁に出ていた船を襲いひとの味を覚えたシードラゴンは、ひとの多くいる場所を求めて海水浴場にやってきたのだろう。

 シードラゴンの亡骸を前にカミラ先生と海上警備兵と漁師さんが話していた。

 一度コテージに戻ってシャワーを浴びて着替えた私たちは、ルンダール領の当主代理としてのカミラ先生の仕事を見学していた。


「魔物に船が襲われることはときどきあるんですが、浜辺にまでやって来るとは思いませんでした」

「ひとの味を覚えて大胆になったのでしょうね。幸い、今日は怪我人も出ませんでしたが、魔物は魔物を呼ぶと言います。しばらくは警備を厚くしてください」


 着替えたカミラ先生は警備兵に命じて、漁師さんたちにはシードラゴンの亡骸の処理を頼んでいた。


「新鮮なものは臭みも少なく食べられると聞きました。この身を売って、行方不明になった方々の元に僅かでも見舞金を送ってください」

「心得ました。襲われそうになった子どもも無事だったということで、本当にありがとうございました」


 親とはぐれて浮き輪で波間を漂ってシードラゴンに狙われていた子どもは、無事に親元に帰されたようだった。ほっとしていると、話を終えたカミラ先生が私たちの元に戻ってきてくれた。


「イデオンくん、ドラゴンに助けを求めたのですね。賢明でした」

「ドラゴンさんにたすけをもとめられたのかはわからないんですけど、ただだれかおにいちゃんをたすけてって……それだけ、おねがいして……」


 思い出すと涙が零れて来てしまう。

 もう少しでお兄ちゃんはあの乱食いの牙の餌食になっていたかもしれなかった。あれだけ危険な状況だったのに、常々自分は臆病だと言っているお兄ちゃんがファンヌを庇って守ってくれた。カミラ先生の防御の魔術が間に合ったおかげで、お兄ちゃんもファンヌもみんな無事だった。

 ずびずびと洟を啜っているとお兄ちゃんが私を抱っこして、清潔なハンカチで顔を拭いてくれる。素直に拭かれながら私はお兄ちゃんにしがみ付いた。


「あんなあぶないこと、しないで」

「僕もものすごく怖かったよ。でも、ファンヌを助けないとと思ったら身体が動いてたんだ」

「おにいちゃん、しんじゃいやだ」


 3歳のときに見た悪夢でお兄ちゃんは窶れて安宿で死んでしまった。あの悪夢とは状況が違うがお兄ちゃんが死んでしまうかもしれないというのは同じで、私は怖くてお兄ちゃんに抱っこされたまま降りられなかった。


「にぃたま、なかないで」

「ファンヌが、あぶないことしたからだよ!」

「ごめんなさい……カミラてんてーをたすけたかったの」


 ワイバーンもミノタウロスも仕留められた実績のあるファンヌは、シードラゴンも倒せるような気分になっていたのだろう。ワイバーンとミノタウロスの場合にはドラゴンが捕まえて来て弱っていたし、止めを刺しただけなのだから完全にファンヌだけの力で倒したわけではない。

 そのことを説明しても4歳のファンヌには難しすぎる。


「ファンヌだって、しぬかもしれなかったんだよ……わたしのだいじなあいてを、だれもきずつけさせないで」


 泣きながら訴えかける私にファンヌも相当反省したようだった。


「つぎから、ドラゴンさんをよびます」

「そうしようね」

「わたくしもがんばるけど」


 やっぱりファンヌは自分で戦う気満々だった。

 これ以上言っても無駄と思ったのか近寄って来たダンくんとヨーセフくんが私を慰めてくれる。


「かわいいのに、すごい妹がいてたいへんだな」

「ファンヌちゃんだもんな……」


 コテージに戻ってお茶をして休憩をすることになって、私は泣き過ぎて頭が痛くなってしまっていて、お兄ちゃんの膝に抱っこされて水分補給をして泣いて腫れた目を冷やした。

 目を冷やすために濡れたタオルを乗せているので、カップをお兄ちゃんが口元に持ってきて飲ませてくれる。おやつのムースもお兄ちゃんが口まで運んでくれた。

 6歳にもなるのに泣いてお兄ちゃんの膝から降りられない私を、ダンくんもヨーセフくんも心配はしても馬鹿にしたりしない。優しい二人に見守られて私はたっぷりとお兄ちゃんに甘えて、お兄ちゃんが生きていることの尊さを噛み締めていた。

 思わぬトラブルで午後は完全に自由行動になった。ダンくんはヨーセフくんの家にセバスティアンさんと行って、ヨアキムくんとファンヌはお昼寝、私も泣き疲れていたのでお昼寝をさせてもらうことにした。

 ベッドに横になってお腹にタオルケットをかけていると、お兄ちゃんが椅子を寄せて傍に座ってくれている。


「おにいちゃん、いなくならないで」

「僕はずっとイデオンと一緒にいたいよ。イデオンが大きくなって、家を出て行きたいと思わない限りはね」

「そんなひは、こないよ……」


 眠りに落ちながらお兄ちゃんの声を聞いていた。


 夢の中で私は魔術学校に通う15歳の少年だった。お兄ちゃんは25歳になっていて今よりずっと落ち着いた大人の姿で、私を愛おし気に見ている。

 「何を書いているの」と聞かれて、私は自分が書き物をしていることに気付いた。それは回顧録に近いようなもので、お兄ちゃんと出会ってから私が記憶していることを書き留めたものだった。

 お兄ちゃんと出会って私の人生は始まったようなものだった。

 ずっとずっとお兄ちゃんと一緒にいるために、私はお兄ちゃんとの記憶を書き留め、魔術学校で勉強している。魔術学校を卒業したら専門課程に進んで、お兄ちゃんの補佐官になるのだ。

 妹のファンヌが「その頃にはわたくしが当主になるわ」なんて言っている。

 当主の職よりもお兄ちゃんは補佐として当主を支えたいと言っていた。


 不思議な夢を見て目覚めた後で、私は自分の手をじっと見つめていた。6歳の子どもの小さな手だ。


「イデオン、起きたの? 目の腫れも引いたね」


 眠っている間ずっとベッドの脇の椅子に座って読書をしていたお兄ちゃんが声をかけてくれて、私は顔を上げた。お兄ちゃんも穏やかな青い目と黒髪はそのままだが、夢の中と違って15歳のまだあどけなさの残る少年だ。


「ふしぎなゆめをみたの」

「どんな夢?」

「わたしが15さいで、おにいちゃんがとうしゅさまだけど、ファンヌがそのうちじぶんがとうしゅになるっていってて、おにいちゃんとわたしはほさかんになろうって……」


 思い出せる限りのことを口にするとお兄ちゃんは目を丸くしていた。


「僕もその夢をみたことがあるよ?」

「え? ほんとう?」

「イデオンと僕は同じ未来の夢を見る能力があるのかもしれないね」


 3歳のときもお兄ちゃんの死ぬ夢を見て泣いてしまったら、お兄ちゃんも同じ夢を見ていた。夢を共有するような魔術があるのだろうか。

 起きてリビングに行ってカミラ先生に聞いてみることにした。


「おなじゆめをみるようなまじゅつがありますか?」

「未来の夢なんですが、僕とイデオンは同じ夢を見るみたいで」


 話を聞いてカミラ先生は少し考えて答えてくれた。


「あり得ない話ではありませんね。未来視を一人ではできなくても、二人の能力が合わさったらできるということはありますよ。余程共鳴度が高くなければないことですが、あなたたちは二人とも毎日一緒で、近くのベッドで寝ていて、同じものを食べているから可能性は高いでしょうね」


 お兄ちゃんと一緒ならば未来の夢が見られる。

 その夢が良いものならばそこを目指して、悪いものならば3歳のときの夢のように変えて行けばいい。あの夢の意味も私は大きくなってから知ることになる。

 私にはなんの能力もないと思っていたがお兄ちゃんと一緒ならばそんな能力があると知って、驚くと共に少し嬉しかった。


「今日はシードラゴンのソテーですよ」

「シードラゴンの?」

「捌いた漁師さんが分けてくれたので、ミノタウロスの肉と交換しました」


 冷蔵庫いっぱいになっていたミノタウロスの肉はとても滞在期間中に私たちだけでは食べられそうになかった。どうせだからとその肉を売ったお金も行方不明になった船の漁師さんのご家族に見舞金としてあげることにしたと言われて、私はカミラ先生を尊敬する。


「叔母上、お腹は平気ですか?」

「えぇ、あれくらいは平気ですよ。動きが鈍ってしまって、オリヴェルには怖い思いをさせましたね」

「いいえ、叔母上と赤ちゃんが無事ならば良いのです」


 誰も怪我無くシードラゴンの襲来を防げたこと。

 それは奇跡のようだった。

 今になっても思い出すと怖くてお兄ちゃんの脚にしがみ付いてしまう。そんな私の髪をお兄ちゃんは優しく撫でてくれていた。

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