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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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25.海辺の襲撃者

 翌日は快晴で私とファンヌとヨアキムくんとダンくんは、セバスティアンさんに連れられて海で遊ぶことになっていた。カミラ先生はお腹に赤ちゃんがいるのでビョルンさんと二人でコテージで休んでいる。浜辺までリーサさんは来てくれて、日傘を差して私たちを見守ってくれていた。

 水着に日除けのパーカーを着てサンダルは脱いで、焼けた砂の上を走っていく。セバスティアンさんの足元にはヨーセフくんがくっ付いていた。


「じいちゃんが一緒なら、海であそんで来てもいいって」

「ヨーセフくんがいてくれると心強いね」


 海沿いの街育ちで泳げるヨーセフくんがいてくれるとファンヌやヨアキムくんが溺れそうになったときにも心強いし、ダンくんも年の近い男の子と遊べて楽しそうだった。

 波打ち際の濡れた砂の上で準備運動をして海に入る。最初はおっかなびっくりだったダンくんも、思い切りヨーセフくんに水をかけられてかけ返していた。

 ヨアキムくんは小さな膝小僧くらいの深さのところで、ファンヌとちゃぷちゃぷと平和に遊んでいる。


「あしのあいだを、さかながとおった!?」

「小さい魚はけっこうちかよってくるんだよ」

「つかまえられるかな?」

「かにの方がおもしろいぜ」


 すっかりダンくんとヨーセフくんは仲良しになっていた。波打ち際の穴が開いている場所に乾いた砂をさらさらと流し込んで、その砂を目標にして掘り進める。


「かにだ!?」

「え!? ほんもののかに!?」

「にがすな、つかまえろ!」


 本当にヨーセフくんが小さな蟹を掘り当てて、ちょこまかと逃げる蟹を私とダンくんとヨーセフくんで取り囲んで捕まえる。甲羅を持たれた蟹はわしゃわしゃと脚を動かしていた。


「おれにももたせて」

「ハサミに気を付けろよ」


 ダンくんは喜んで手を出しているが、私はなんとなく怖くてお兄ちゃんの足にへばり付いてしまう。それでも見たくてお兄ちゃんの脚の後ろから覗き込んでいると、お兄ちゃんが手を出した。


「僕にも見せてくれる? 蟹は初めてなんだ」

「ハサミに気を付けて、こうらを持つといいよ」

「こうかな?」


 ヨーセフくんに教えてもらったお兄ちゃんが蟹を持って私に良く見せてくれた。一番上の脚がハサミになっていて、それ以外にも脚が8本ある。

 胸に付けていた魔術具で立体映像を撮って記録してから、私はヨーセフくんに聞いてみた。


「これ、たべられるの?」

「油でカラッとあげたらこうらまでたべられて、うまいよ」

「たべるのかわいそう」


 私の呟きを聞いてヨーセフくんとダンくんは蟹を逃がすことにしたようだった。砂の上に降ろされて蟹は波打ち際に去っていく。その様子を見送っていたら海辺が急に騒がしくなった。

 泳いでいるひとたちが慌てて上がってきて、海に見える影を見て騒いでいる。


「シードラゴンだ!」

「食われるぞ、子どもを避難させろ!」


 ドラゴンは神獣として知性も高くひとの方からドラゴンに挑まない限り襲うことはないが、シードラゴンはドラゴンの名を冠しているものの全くの別の知性の低い魔物だった。羽根も手足もなく、ひれと尾びれを持つ頑丈な鱗に覆われた体で、ドラゴンによく似た厳めしい鼻の長い顔で口からは乱食いの刃が覗く、ひとを襲う恐ろしい魔物だ。

 鮫や鯱を食べることがあるというのだから、その恐ろしさは本で読んだだけだがよく分かっていた。


「に、にげなきゃ! じいちゃん!」

「ヨーセフ、イデオン様とダン様とヨアキム様とファンヌ様とオリヴェル様をコテージにお連れして!」

「水からは出られないはずだから、砂浜まで逃げれば大丈夫です。セバスティアンさんも……」


 怯えるヨーセフくんに声をかけて私たちを避難させようとするセバスティアンさん。お兄ちゃんがセバスティアンさんも避難させようとしたところで、浜辺から悲鳴が聞こえて来た。


「うちの子が! 誰か助けてー!?」


 見れば浮き輪に揺られて波の中に取り残された子どもがシードラゴンに狙われている。鮫や鯱と戦う巨大な体では、子どもなど一飲みにしてしまうだろう。


「カミラせんせい、ビョルンさん、たすけて!」


 胸に付けていたプレート型の魔術具を握ってカミラ先生とビョルンさんを呼ぶ。移転の魔術で即座に現れてくれたカミラ先生とビョルンさんは、濡れるのも構わず服のまま海の中に入って行っていた。


「私が魔術でシードラゴンの気を反らします。ビョルンさんは子どもの救出をお願いします」

「カミラ様、ご無理をなさらぬように」


 お腹に赤ん坊がいるとはいえ子どもの命がかかっているのだ、カミラ先生に躊躇いはなかった。服のまま泳いで行ってビョルンさんが浮き輪ごと子どもを確保している間に、カミラ先生は攻撃の魔術でシードラゴンの気をこちらに逸らしていた。

 電撃が走りシードラゴンの鱗を焼く。シードラゴンも負けじと水の刃を放ってきて、カミラ先生はそれを防御の魔術で受け止めた。


「わたくしがー!」

「ファンヌ、だめー!」


 リーサさんに預けていた人参のポシェットから包丁を取り出したファンヌが、波打ち際ぎりぎりまでおびき寄せられたシードラゴンに自分の背丈よりも大きくなった刃を振るおうと走り出す。止めようとしても小さなファンヌを捕まえるのは難しくて、私は必死に追いかけて行った。


「カミラてんてー、すけだちいたしますわー!」

「ファンヌちゃん、来てはいけません!」

「わたくし、カミラてんてーをまもるのー!」


 ぶんぶんと巨大な包丁を振り回してシードラゴンを威嚇するファンヌ。

 こんな街の近くの海に出るシードラゴンならば、既にひとの味を知っているのかもしれない。今は逃げて私たちは明日にはルンダールのお屋敷に帰ってしまうが、この街で漁師をしているひとたちはこの後どうなるのだろう。

 仕留めておかなければいけないような気がするが、私にはファンヌのような武器もなければ肉体強化の能力もない。カミラ先生のように攻撃と防御の魔術に優れているわけではない。


「おにいちゃん……どうすれば……あいつがいたら、まちのひとはこまるよね」

「叔母上も本調子じゃないし……あぁ、ファンヌ、ダメだって!」


 小さなファンヌはワイバーンとミノタウロスを仕留めたことがある豪胆な性格だが、どうしても4歳で身体が小さいことは変えられない。波に脚を取られて転げそうになっているファンヌを助けようとお兄ちゃんが駆け寄る。

 そのお兄ちゃんにシードラゴンの濁った眼が向いた。


「いやー!? おにいちゃーん!? だれか、たすけてー!?」


 大きな口が開いてお兄ちゃんを乱食いの牙が食い殺そうと今にも刺さりそうになっている。

 カミラ先生の編み上げる防御の魔術でぎりぎりお兄ちゃんは守られたが、ファンヌを抱き締めて尻餅をついてしまってじりじりとシードラゴンに距離を詰められていた。


「おにいちゃん! おにいちゃんをたべるくらいなら、わたしをたべろ!」

「イデオン、いけない!」


 走り出ようとする私をダンくんとヨーセフくんが止める。

 どうして私はこんなに小さくて力も弱いのだろう。情けなさに涙が出て、止まらない。

 お兄ちゃんを助けなければ。

 泣きながら誰か助けてと祈っていると、上空に巨大な影が過った。舞い降りたのは私たちの守護をしてくれるというあの純白のドラゴンだった。

 ドラゴンが無造作にシードラゴンの胴体を咥えて持ち上げる。

 危機から脱出できたお兄ちゃんは、覆いかぶさるように守っていたファンヌを開放した。


「ドラゴンさん、いきますわ!」

『ゆけ、勇者よ!』


 高くドラゴンがシードラゴンの身体を放り投げると、肉体強化の魔術で強化されたファンヌが高く飛び上がり巨大な包丁を振るう。見事にシードラゴンの頭と胴体は分断されて砂浜の上に落ちたのだった。


「たまには、役に立ってくれますね」

『もっと見直して良いのだぞ。そなたこそ、腹に赤子がいるのによく戦った』


 カミラ先生とドラゴンもなんとなく分かり合えた感じがする。

 シードラゴンがやっつけられたので、ダンくんとヨーセフくんに押さえ付けられていた私も解放されてお兄ちゃんのところに走っていく。

 泣きながら飛び付いたらお兄ちゃんが私をしっかりと抱き締めた。


「怖かった……イデオンがドラゴンさんを呼んでくれたんだね。ありがとう」

「わたしが……」

『幼子の救いを求める声、我が元に届いたぞ』


 何もできないと思い込んでいた私がお兄ちゃんを救うことができた。

 安堵で涙が止まらなくて私はお兄ちゃんの胸に顔を埋めた。

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