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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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1.お兄ちゃんとの出会い

 お兄ちゃんとの一番古い記憶は、お昼寝の途中でオムツが濡れて、乳母を探して泣きながら部屋を抜け出した日のことだった。その頃の私はまだ3歳にもなっていない、喋ることもままならない幼児だった。

 ルンダール家と呼ばれるこの屋敷の持ち主である父親は、元は入り婿だった。夫を亡くし、生まれていた幼い子どもと二人で家を継ぐわけにはいかなかった女当主が、周囲に勧められて渋々再婚したのが父だった。その後に女当主は病気で亡くなり、父は当然のようにルンダール家を乗っ取って、後妻をもらった。その後妻との間に生まれたのが、私と妹。

 そんな難しい大人の事情が幼児の私に分かるわけがない。

 乳母を同じくする妹のミルクの時間だったので、その場にいなかった乳母を探して、泣きながら濡れたオムツが重くて、気持ち悪くて、廊下に座り込んでしまいそうだった私に声をかけてくれたのが、お兄ちゃんだった。


「どうしたの? お部屋から出てきちゃったの?」

「だぁれ?」

「君はイデオンだね。生まれたときに会ったけど、こんなに大きくなって。僕はオリヴェル、君のお兄ちゃんだよ」


 血は繋がっていないけれど、同じルンダール家の子どもとして、正当な血統を持っているお兄ちゃんは、私を弟として認めてくれた。10歳年上の兄はそのときにはもう12歳で、幼年学校卒業の年を迎えていた。


「おんちゅ。おなか、ちーた」


 オムツが濡れていること、お腹が空いていることを一生懸命2歳児なりに濡れたカボチャパンツをポンポンと叩いて示すと、兄のオリヴェルは私の脇の下に手を入れて抱き上げてくれた。

 艶やかな黒い髪に落ち着いた青い瞳。気持ち悪さと寂しさで泣いていた私の涙は引っ込んで、ギュッとお兄ちゃんの年齢よりも体格の良い体に抱き付いた。おしっこが漏れているので濡れるのも構わず、お兄ちゃんは私の体を抱き締めて、子ども部屋に戻ってくれた。

 着替えをさせてくれたお兄ちゃんと手を洗って、お兄ちゃんが着替えるのを待って部屋に戻ってくると、乳母が慌てた様子で私を探していた。


「オリヴェル様、イデオン様が抜け出していたようで、すみません」

「いいえ、久しぶりに可愛い弟と会えて嬉しかったですよ。それにしても、あなた一人で二人も大変でしょう」


 妹のファンヌはまだ1歳にもなっていないし、私は3歳前。普通ならば乳母は一人一人つけるものなのだろうが、父は子どもにお金をかけるのを嫌がっていて、母は産んだ後は体型を戻して社交界に舞い戻ることしか考えていなかった。

 複雑な事情は小さな私には分からなかったが、ファンヌも私も、十分に面倒を見られていないことだけは確かだった。それは乳母が悪いのではなくて、手のかかる赤ん坊と幼児を預けられて、その上、母から産着を縫えとか無茶なことを言われている、この状況が悪いのだった。

 お兄ちゃんはそのことに気付いていて、気にかけてくれている。

 おやつを私が食べている間、お兄ちゃんはファンヌを抱っこしてくれていた。いつもならばファンヌが眠れなくてベビーベッドで泣き喚く中、掻き込むようにおやつを食べさせられるのだが、その日はゆっくりとおやつとミルクを味わえた。


「オリヴェル様をこき使うようなことをしてしまって、申し訳ありません」

「にーた、すち」

「イデオンは僕が好き?」

「ん、すち!」


 こんなに優しいひとはいない。

 乳母以外でこの屋敷で私に関心を持つ相手はおらず、父や母にとっても、幼い子どもは泣き喚くだけの面倒な存在で、好かれていないのは肌で感じ取っていた。

 両親が欲しかったのは、魔術の才能溢れるルンダール家の跡継ぎ。

 その頃の私は知らなかったのだが、生まれ付き血統で決まっている魔力の強さが、私は中の上、妹が上の中、兄のオリヴェルが上の上と、判定されていた。貴族は魔力の強さで跡継ぎが決まるので、お兄ちゃんがこの家の跡継ぎに違いなくて、魔力の低い私は父の頭を悩ませる存在だったようなのだ。

 子どもは正直なものだ。優しくしてくれない両親よりも、穏やかで優しいお兄ちゃんに私が懐くのも仕方のないこと。

 乳母の手が足りない分を、その日からお兄ちゃんは手伝いに来てくれた。

 週に一度、子ども部屋に顔を出すか出さないかで、泣いているときには「うるさい、黙らせろ」と私と妹にとってかけがえのない、手が足りないなりにも懸命に育ててくれる乳母を脅し、去った後には泣かせる父親は、私にとっては憎い存在だった。


「もう少しわたくしが器用でしたら」

「いこいこ」

「リーサさんのせいじゃないですよ」


 両親がいなくなったところを見計らって、部屋に来てくれるお兄ちゃんは、泣いている乳母を慰めていた。乳母の頭を撫でて、私も懸命に慰める。

 幼年学校の最高学年として学校に通いながら、子育ても手伝ってくれるお兄ちゃん。幼い私の世界では、お兄ちゃんと乳母と小さな可愛い妹だけが味方で、他は敵のような気がしていた。


「アンネリ様はどうして亡くなってしまったのでしょう……。正当なルンダールの後継者はオリヴェル様ですのに、旦那様も奥様も、あまりにもオリヴェル様も、イデオン様も、ファンヌ様も放置しすぎです」

「旦那様は、僕を疎ましく思っておいでですからね」


 ルンダール家の正当な血を引いているとはいえ、お兄ちゃんは私やファンヌがお兄ちゃんと血の繋がりがないように、父とも血の繋がりがない。亡くなった女当主のアンネリ様が生きていた時期には、お兄ちゃんも父を「お父様」と呼んでいたようなのだが、亡くなってからは他人だと知らしめるように「旦那様」と呼ばされていることを、私はもう少し大きくなってから知る。

 夜は乳母はファンヌと寝るので、一人きりのベッドで寂しくて、部屋を抜け出してお兄ちゃんの部屋に行くようになった。屋敷の一番北の寒い薄暗い部屋に押しやったつもりだったのだろうが、お兄ちゃんは元々書庫だったそこを改造して本に囲まれて快適に暮らしていた。


「イデオン、また眠れなかったの?」

「たみちーの」

「まだこんなに小さいものね。おいで、僕が抱っこしてあげる」


 年齢よりもがっしりとした体格のお兄ちゃんに抱っこされると、大人並みに安定感があって、安心する。胸にすり寄って、匂いを嗅いで、私は安心して眠りに付いていた。

 お兄ちゃんは私が眠るまで、ベッドで添い寝をしてくれて、眠ってから、子ども部屋のベッドに戻してくれていた。朝になるといないお兄ちゃんを探して、脱走を企てる私は、乳母にとっては迷惑だったかもしれないが、それでも乳母は赤ん坊のファンヌの面倒を見ながらでも、私を精一杯育ててくれた。

 そんな乳母の苦手なことはお裁縫。

 分かっているはずなのに、二人の子どもの面倒を見るだけで大変な乳母に、母はファンヌの産着作りや、下着作りを命じる。私のオムツも、カボチャパンツも、忙しい時間をやりくりして必死に乳母が縫ってくれたものだった。


「教えてくれたら、できるような気がするから、僕がやりましょうか?」

「オリヴェル様にそんなことさせられません」

「幼年学校を卒業したら、僕は魔術学校に入学させてもらえるか分かりません。父は僕を遠くにやってしまいたがっている。その前に、可愛い弟と妹のために、できることはしておきたいんです」


 父や母がどれだけお兄ちゃんにつらく当たっても、それは私やファンヌとは関係のないことと、お兄ちゃんは縫物をかって出てくれた。おかげで足りなくて湿ったオムツを履かされていたのが、いつも快適に乾いたオムツになって、カボチャパンツも幼児用のズボンに変わって、私はますます活発に動けるようになっていた。

 通学以外で外に出ることが許されていないお兄ちゃんも、私が「おとと、いこ?」とお願いすると、庭の散歩に連れて行ってくれるようになった。

 そのことが両親に発覚しなかったのは、両親が子育てにあまりにも無頓着だったからだった。

 事態が変わって来たのは、私の3歳の誕生日からのこと。

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