8話 聞き耳
寝る前に一時間くらい時間できるので、その時間になぜか執筆がどんどん進みます。
翌日。
「あの、水筒音楽室に忘れたので、取りに行ってきてもいいですか?」
「分かった、いってらっしゃ~い」
適当な理由をつけてパート練を抜け出す。
まあ水筒がなくてのどが渇いているのは事実なのだが。
音楽室の前に戻ってきてから、廊下に置いていた自分のバッグを漁る。
水筒を引っ張り出して、そのまま教室に戻る―――わけではない。
目的は音楽室の中だ。
楽器を動かせないパーカッションは、音楽室に残って練習している。
鈴音はパーカッションなので、今日もここで練習をしているはずだ。
ドアのすぐそばまでしゃがんで近づく。
覗けばさすがにばれるので、聞き耳をたてるだけにとどめておいた。
「じゃあ、この部分、練習しといてね」
「「「……はい」」」
「返事はもっとはっきり!」
「「「はい」」」
(まずい、こっち来る!)
まだそこまで威勢のない返事をした一年生は、教室を出てきた。
それにいち早く気付いた裕司は、そこを離れて立ち上がり、持っていた水筒に口をつけていた。
彼女たちは裕司には目もくれず、隣にあった準備室に入った。
(危なかった……)
もう一度音楽室に近づく。
「ほんと、なんであんな言うこと聞いてくれないのかな」
「挨拶もあんまりしないしね」
「先輩たちは『自分たちでやってみな』って、後輩のことはあんまり言ってこなくなったし……」
どうやらこのパートは一年生の教育をほとんど二年生に任せているようだ。
恐らく言いたいことがあれば多少は言っているだろうが、基本は干渉しないのだろう。
「はぁ……どうしたらいいの……」
その声を漏らしたのは鈴音だ。
これには裕司も動揺を隠せない。
鈴音の弱気な声を聞いたのは、初めてだった。
さきほどのキツい怒鳴り方にも相当驚かされたが、やはり普段元気な印象が強い彼女が落ち込んでいると、それ以上に驚く。
そして、心配にもなる。
「これは先輩にも助けてもらおう」
「……うん」
それだけ言って、彼女たちはまた練習を再開した。
ついでにパーカス(パーカッションの略)の後輩の様子も少しだけ見てみる。
「先輩、なんであんなに怒鳴るんだろうね」
「挨拶くらいいいじゃん、別に」
「楽しめりゃそれでいいし」
案の定、メトロノームの音ではなく、彼女たちの話声だけが聞こえてきた。
どうやら後輩たちとうまくいっていないのは本当らしい。
裕司は立ち上がると、音楽室のフロアを後にした。
「これは高村さんに報告だな」
教室に戻ると「遅いよ」とちょっと怒られてしまった。
どうやら、十分以上時間がたってしまっていたようだ。
その日は、いつも以上に練習を真剣に行った。
帰り際、奈菜に声をかける。
「ねぇ、高村さん」
「ん、なになに?」
「昨日言ってたことだけど、本当っぽい」
「まさか、さっき覗いてきたの?」
「人聞きの悪い言い方するなよ……」
自然と小声になってしまっていたので、余計に怪しい。
裕司は逸れそうになった話題を戻す。
「まあそういうこと。さっき水筒取りに行くついでにパーカスの練習見てきたの。だったら、後輩の態度が悪いみたいでさ。神田さんも怒鳴るほど」
「鈴音ちゃんが怒鳴ってたの?」
「うん。返事は適当だし練習もあんまりする気ないみたいでさ」
「それは鈴音ちゃんも大変だね……」
裕司は深くうなずく。
「だから、そのことには直接触れずに、それとなく聞いてくれない?」
「オッケーオッケー、やってみるよ」
奈菜は了承してくれた。
これで裕司の果たすべきことは終わった。
相談事などは、今はほかの人のほうが適任だろう。
「あ、じゃあ、蒼と彰にもそのこと伝えといてね」
「お、おう、わかった」
裕司の仕事が一つ増えた。
鈴音編はもう少し続きます。