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中くらいの青春〜帰り道日記〜  作者: 明石 裕司
一章 六人の帰り道
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16話 届かない電話

 それから数日後、由美に電話をかけた。


『―――ただいま、電話に出ることができません。御用の方は、「ピー」と音が鳴りましたら―――』


 裕司は受話器を置く。

 きっと、今回は出られなかったのだろう。また日を改めてかけなおそうと考えた。


 翌日かけてみたが、出ない。

 その次の日も、出ない。

 日を空けて三日後に、出ない。


 そんな日々が二週間ほど続いた。


 あるとき、裕司は部活から帰ってくると、電話の前に立った。


「これで、最後にしよう」


 こう思えば出てくれるんじゃないか、なんて希望を抱きながら、裕司は電話を取り、由美の家の電話番号を押していく。


 ……プルルルル、プルルルル、ガチャ。


 7回目のコールで、本当につながった。


「あの、すみません、明石と言いますが、白鳥さんのお宅でしょうか」


 一応、常識的な挨拶で始める。


『……はい』


 すると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、知らない人の声だった。


「あ、あの、由美さんはいらっしゃらないでしょうか」


『由美は今出かけてます。きっとまだ帰ってこないと思います』


「そうですか」


 きっと、この人は由美の母親なのだろうと、なんとなくわかった。


『あの、あなた、明石さんですよね?』


 突然名前を呼ばれ、一瞬驚く。


「は、はい」


 すると、由美の母の声が、低くなった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……え?」


 裕司はその言葉の意味を、一瞬理解できなかった。


『だから、もうこれ以上、うちの由美を怖がらせるのはやめてください』


 その声には、明らかな「怒り」が含まれていた。


「……わ、わかりました」


『はい。では、もう切りますね』


「……はい」


 ガチャリ、と電話がつながった時と同じ音がする。

 その後に聞こえてきたのは、無機質な機械音だけだ。


 裕司はその場に崩れ落ちる。


「何が、いけなかったんだろう……」


 そんなこと、考えなくても分かった。

 しつこく電話したこと、押し倒したこと、妙にスキンシップが多かったこと、それだけではない。

 きっとまだまだあるのだろう。

 優しい彼女が誰かを嫌いになるなんてよっぽどだ。


 思えば、あの後から家を出るまで、一度も目が合っていなかった。

 あのとき、由美の顔色が悪かったのは、きっと「恐怖」からだ。

 そして、あの日、逃げるように帰っていったことも、よく覚えていた。


「バカだな、俺……」


 気づけば涙が零れ落ちていた。

 それに、ひどく胸が痛んだ。苦しかった。

 裕司は、胸の中にあった何かが、バラバラに壊れていくことを感じた。


「あ、そうか、俺……」


 ―――由美が好きだったんだ。


 そう思えば、もうそれ以外考えられない。

 由美の笑顔や声が、頭の中に浮かんでは弾けて消える。


 遅すぎる、気づきだった。

 失ってから気づくなんて、つくづくバカだと思う。

 自然と、自嘲の笑みが漏れる。


「は、ははは……」


 涙は、止まらずに流れ続けた。




 およそ一カ月後、裕司はもう一度、電話を手に取った。

 一カ月たって、ほとぼりが冷めれば、少しは話し合えるかと思ったのだ。


 本当に、自分でも何を考えていたのか分からない。

 この「しつこさ」が嫌われた一番の原因だと、頭のどこかで分かっていたはずなのに。


 今度は、4回のコールで誰かが出た。


『はい』


 今度聞こえてきたのは、低くどっしりした声だった。

 恐らく、由美の父だろう。


「あ、あの、僕、明石というものですが、そ、そちらの由美さんと、えっと、仲直りがしたくて、その……」


 つい緊張して、しどろもどろになってしまう。


『明石?』


「は、はい……」


 一瞬、時間が止まったように感じた。


『もうかけてくんなって言っただろうが!!!』


 受話器の向こうで、由美の父が叫んだ。

 それは、緊張で震えていた裕司の心臓を止めるかと思うほどの声だった。


「す、すみません!」


 慌てて受話器を置いた。

 そして、そのままそこにへたり込む。


 体からは冷や汗が吹き出している。

 手の震えも止まらない。寒さすら感じてしまうほどに、裕司の心は怯えてしまった。


「……だめだ、もう、無理だ」


 改めて、由美という初恋の相手を失ってしまったのだと、恐怖をもって感じた。

 裕司の体の震えは、10分以上、収まることはなかった。



 それからだろうか、誰かと会う度、あの由美の父の声と、ひどく顔色の悪かった由美の顔を思い出してしまうようになったのだ。

 また、あれから、電話に触ると手が震えるようになってしまった。


 ―――また傷つけてしまうかもしれない。


 裕司は、いつもそう思うようになってしまった。

 もう、人と話すこと自体が、怖くなってしまった。


 そのせいで、裕司の中に、ひとつの「逃げ」が生まれた。


 もう、誰とも仲良くならなければ、誰のプライベートにも入らなければ、誰かを傷つけることはない。

 それなら、もう誰とも仲良くしたくない。



「もう、一人で生きていきたい」



 その考えから、教室では本を読み、昼は図書室へ、部活の時間はただ機械的にこなし、誰とも話さずにひとりで帰る。

 そんな生活が続いた。


 そして気づけば、裕司の周りに、人はほとんどいなくなっていた。 

 部活を続けていたのは、やめたらきっと親に怒られるから。ただそれだけだった。

 そのおかげで、ごくわずかだが、人とは話していた。



 一年も経つ頃には少しずつ心の傷も癒えてきて、まだ多少は人と話せるようになった。

 そんなある日のことだった。




 あの五人が、一緒に帰っているのを見たのは。

これからは、またいつもの日常に戻ります。

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