15話 裕司の失敗
この話は投稿しようか迷いました。
少しだけ、苦手な人がいるかもしれません。
走って家に帰り、そのままトイレに駆け込む。
幸い何も出なかったが、そのせいで喉のつっかえた感覚も胃のムカムカも取れなかった。
そのままリビングの椅子に座り込む。そして、拳を机に打ち付ける。何度も。
それだけで収まるはずがないと分かってはいても、この後悔と自責の念を少しでも和らげたい。
「……なんで俺、あんなことしたんだよ……」
裕司は、一年前のあの日のことを、いまだに悔いていた。
それは、桜が散って、その木に花の面影がなくなったころだった。
裕司は毎日のように連絡を取っている女友達がいた。
名前は白鳥由美。
彼女とは小学校が一緒で、卒業式の日に電話番号交換を持ち掛けられた。
そこで交換して以来、週4くらいのペースで電話をしている。
基本発信は裕司からだった。
ピンポーン
「お、来たか」
裕司は扉を開ける。そこにはショートヘアのかわいらしい少女が立っていた。
「由美、いらっしゃい」
「ごめんね、ちょっと道に迷っちゃって」
「あぁ、ここ曲がり角とか多いもんな。さ、入って入って」
今日は由美を家に呼んでいた。
由美は一度裕司の家に来ていたので、道が分かるかと思ったが、時間がかかってしまったようだ。
「じゃ、早速やろう!」
「おう」
早速ソファーに並んで座り、それぞれがコントローラーを握る。機器とテレビの電源をつけ、早速二人でゲームを始めた。
今二人でやっているゲームは、人気のアクションゲームだ。
前来た時も二人でやったのだが、そのときは裕司がだいたい勝った。だから今日も勝つ気で挑む。
しかし、現在の戦績は4:2で、由美のほうが勝っていた。
「やったー、これで三連勝!」
「くっそ、練習したな?」
すると由美は腰に手を当て、ちょっと見下すようにこちらを見てきた。
「友達の家で、練習したんだよ」
それから、思いっきりどや顔をされた。
「……」
裕司は不覚にも、その仕草にドキッときてしまう。
「よ、よっしゃ、次は負けないからな!」
「OK! 次も勝つからね!」
結局、8:7で負けた。
その後は裕司の部屋で、ふたりで漫画を読んでいた。
裕司の家には、買ったまま捨てずに置いておいた漫画雑誌や、単行本の漫画などが多かったのだ。
「うっわー、かっこいい!」
彼女はどうやら漫画を読むとき声が出てしまうようで、裕司の家でもそんなことを言っていた。
裕司も漫画を読んでいたのだが、どうも落ち着かなかった。
今、由美が座っているのは裕司のベッドの上だ。この状況で、何も思わないはずがない。
由美はかなり可愛い上、スタイルもなかなかだ。そんな子が自分のベッドに座っていると、自分を抑えられそうになくなってしまう。
「じゃ、じゃあ読み終わったら次の持ってくるから、言ってね」
「あ、ありがとう!」
由美は裕司のベッドに座っていることを、なんとも思っていない様子だ。
「ねぇ明石さん、さっきからお茶ずっと飲んでるけど、暑い?」
「い、いや? そんなこと、ないよ」
正直、今心臓がバクバク鳴っていて、抑えるのに必死で、かなり喉が渇くのだ。
ちらりと由美のほうを見る。特に警戒した様子もなく、そこで雑誌のページをめくっていた。
―――押し倒すくらいならいいんじゃないのか?
そんな思考が一瞬頭をよぎる。だがすぐに振り払う。
しかし一度考えてしまうと、なかなか頭から離れない。
そのまま、数十秒迷いを断ち切れなかった。
裕司は、ゆっくりと立ち上がる。
「なあ由美」
「ん、どうし―――」
本当にこのときはどうかしていたと思う。
裕司は、自分を抑えることができなかった。
「きゃっ!」
気づけば、由美の両腕を力強くつかんで、ベッドに押し倒していた。
「……」
「……」
ドサッ。
漫画の落ちる音で我に返る。
そして、慌てて由美をつかんでいた手を離した。
「ご、ごめんっ……」
由美はふるふると首を振った。
「い、いや、いいの……」
気まずい雰囲気が一瞬漂う。だがそれは、由美が立ち上がったことでほどけた。
「わ、私、今日はもう帰るね!」
「あ、ちょっ―――」
由美が扉に手をかけようとしたときだった。
「ただいまー」
「「!」」
最悪のタイミングで、玄関の扉が開いてしまう。
帰ってきたのは裕司の兄だ。
「裕司ー、いるか?」
兄はゆっくりとしたペースで階段を上ってくる。
裕司はどこか隠れられそうな場所がないか、部屋をぐるりと見まわす。
兄に見られるのは、なんとなく避けたかった。
そのとき、裕司の目に飛び込んできたのは先ほど事件のあった場所だ。
「由美、そこ入って!」
「え、あ……うん」
裕司が掛け布団を持つと、そこに由美が入る。
そして、由美を奥に行かせて、裕司はそのベッドに座った。
「おい裕司、今日の風呂掃除、お願いな」
「あ、あぁ、分かった……」
すると、兄はすっと目を細めた。
「……その布団、何が入ってるんだ?」
「え……」
早速、兄に見つかってしまった。
ここで隠し通しても無駄なので、仕方なく布団をはがす。
そうすると、由美がおずおずといった感じで布団から出てきた。
顔色は、どこか悪いように見える。
兄は裕司と由美を交互に見ると、大きくため息をついた。
そして、何も言わずに立ち去っていった。
「……な、なんだったんだろ」
ひとりごとのつもりだったが、つい口から洩れてしまう。
だがその言葉に、由美は反応してくれない。
「由美?」
「え、あっ、ごめん、何でもない……」
由美は笑っているが、どこか困っているようだった。
「そ、それじゃあ、私、帰るから」
「お、おう」
そのまま、由美を玄関まで送る。
「それじゃあ、またね」
「じゃ、じゃあね」
由美はうつむきがちに言うと、そのまま小走りで帰っていった。
由美がこちらを振り返ることは一度もなかった。
祐司の過去はあと1話です。