第8話 ミノス戦
砂丘を超えた先で、巨大な砂煙が立ち昇っているのが見えた。
「あれか」
2人組の探砂師が魔物に追われているようだった。
「がんばれ! もうすぐ街だ」
「で、でも――」
少年と少女のペアのようだ。真新しい装備からして新人か。
新人なら街に近い領域でも魔物を相手にするのは厳しいだろう。
それに追われている魔物がやばい。ラーシャナの街の近くに出るような魔物ではなかった。
牡牛のような頭と下半身の巨人。わかりやすく言えばミノタウロスみたいな魔物だ。
名前はミノス。
この砂漠の中でも中域の奥地にいるようなかなり強い魔物で、ラーシャナの近くに出てくるような魔物ではない。
思えばヘルズビートが中域にいるはずがなかったのだ。あいつも深域にほど近い場所にいる高ランクの魔物なのだ。
ミノスに追われてきたか、あるいはミノスも追われてきたかだ。
「いや、今は考えるとこじゃない」
俺は食料などの余分な荷物を砂丘に置いていく。
身軽になったところで剣の調子を確認。問題ない。靴紐などが緩んでいないかも確認する。
「……なにをしているのですか……?」
「なにって、助けにいくんだよ」
「……ミノスを相手に、ですか……? あなたでは……」
それは俺の力をわかって放たれた言葉だった。
俺は弱い。チートがない俺の実力は、この浅いラーシャナ近くの領域がせいぜいだ。
それが深域に近い場所に生息するミノスの相手なんてできるはずもない。
ただ盾ぐらいにはなれるだろうし、少しでも時間を稼げばあの2人なら逃げられるかもしれない。
なにより――。
「力がないからって誰かを見捨てたくない。ここで見捨てたら気になり過ぎて夜も眠れなくなるからな。おまえはどっか行っていいぞ。俺の荷物は、やるよ」
「…………」
表情の乏しかった彼女が初めて驚いた表情をしていた。
綺麗な目を見開いて信じられないものを見たという風に。
そんなに俺、信じられないことを言っただろうか。
まあ、敵わない相手とか普通は逃げるから俺はおかしなことを言っているだろうな。
生き残ることが第一、誰かを助けて死んでしまったら本末転倒。助けに入る時は、力を合わせれば確実に勝てる時だけ。
そうカノンさんにも言われた。
だからって、年下の後輩を見捨てて良い言い訳にはならない。
「――」
息を吐いて、今にも震えて前に出れなくなりそうになる足を叱責する。
潰れた左目がうずく。
ああ、痛いのは怖いし、死にたくない。
でも、助けないで後悔はしたくない。なにも出来ずに後悔するのはもうたくさんだ。
それにこれで助けられたら、ヒーローだぞ。
きっとちやほやされるに違いない。ああ、それだけでもやる理由には十分だろ。
必死に言い訳を並べて、足の震えはようやく止まった。
さあ、行くぞ――。
まずはポーチから小瓶を取り出す。
数十種類はある薬剤は、身体能力を一時的に強化したり、恐怖を緩和したり、感覚を鋭敏にし痛みを遠ざける作用のあるものだ。
それらを一気にがぶ飲みする。これでもまだ足りないのだから砂漠というのは恐ろしい場所だ。
だが、使わないと使うのでは雲泥の差なら使うし、ここが使いどころだ。
そろそろ賞味期限でちょうどいい。明日あたりは筋肉痛とかで死ぬだろうが、明日を迎えられるかはこの戦い次第。
ありったけのバフをかけた俺はミノスに向かって駆けだす。
『GRAAAAAAAA――!!』
ミノスは俺の接近に気が付いたが、こちらに意識を割く気はないらしい。
まずは目の前で逃げている弱い獲物から順番に殺してからでも遅くはないと思っているようだ。
こんな場所では確かにやつは絶対強者だ。
周辺に魔物一匹いないことからもそれがわかる。であれば――。
「まずは――」
いやでもこちらに意識を向けてもらう。
赤い液体の入った小瓶を相手の顔面へ向けてぶん投げる。
ミノスは避けようともしない。危機感がないのではなく、こんな領域の俺の力量を見抜いた魔物は何をされても効かないと思っているのだろう。
当たりだ。当たったところでダメージにはならないさ。
だけど――。
『GA!?』
瓶が直撃し割れた瞬間、ミノスは身もだえすることになる。
「レッドフルスパイスの味はどうだ?」
いわばハバネロみたいなものだ。それを数千倍以上濃縮したものをぶん投げた。
触っただけで火傷するやら、舐めたら一生、他の味がわからないやら、そこにあるだけでやべえ代物である。
知り合いの錬金術師に頼んで作ってもらったら劇薬扱いされたほどのもの。こんなものを目に入れてみろ。
「どんな魔物でも身もだえして追いかけるどころじゃなくなるだろ」
俺はその間に、呆然としている少年少女のところへ行く。
「逃げろ、こいつは俺が何とかする」
「で、でも――」
少年の方が躊躇うが――。
「ツェル、行くよ! 生き残るのが先決! こうやってしてくれるならお兄さんに任せておいて大丈夫のはずだから!」
少女の方がツェルと呼ばれた少年を無理矢理引っ張っていく。
「で、でもテト!」
「早く街に戻ったら助けが呼べるかもでしょ!」
走り去りながらテトと呼ばれた少女は、こちらに向けて頭を下げる。
あの少女はわかってるようだ。
「あれは強くなるだろうな」
ここで素直に逃げられるのは良い探砂師になる。
すたこら逃げる奴もいるが、ああいう言葉を言って俺に頭を下げて、仲間を連れて逃げられるやつはきっと上に行ける。
ミノスと俺の力量差もわかっているだろう。
「さて、ミノスよ、もうちょい遊んでいってもらうぞ」
俺も死ぬ気はないさ。
まともにやったところで勝ち目はないのならまともになんて戦わない。
次に取り出すのは糸の張り出した玉だ。爆弾のようなもので火口で着火しミノスの鼻先にぶん投げる。
目を潰した、次は鼻だ。
『GAA――』
玉が爆発した瞬間、ミノスの顔を包むのは臭気。
突然の臭気にミノスはぶっ倒れて暴れる。
「うおぉぉ――」
それだけで地震のように大地が揺れる。
滅茶苦茶に振り回される棍棒は、思いの他伸びてくる。振るった際に発生する暴風だけでも俺の身体に細かな切り傷をつけていく。
砂漠の砂と風の刃の合わせ技だ。ゴーグルがなければ目を潰されていたところだ。
――次だ、次。
「まだまだ行くぞ――」
相手が強い場合、俺が強くなる必要はない。
相手が弱くなればいい。
視覚、嗅覚を潰した、次は聴覚だ――。
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