第6話 殺してくださいの依頼
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「……なんで……あのまま死なせてくれなかったんですか――」
ようやく口を開いた女は、あろうことかそんなことを言ってきた。
やっぱり自殺者。
この世界に嫌気がさして砂漠に身を投げたのだろう。
俺には彼ら彼女らの考えは良くわからない。
どれだけ嫌でも死ぬほど怖いものはない。死にかけた俺が言うのだから間違いない。
痛いし、苦しいし、辛い。永遠に続くかもしれない痛みにのたうち回りながらそれらは消えてくれない。
何よりそれが消えるということは俺という存在の消滅だ。
どうしようもなく、俺はそれが嫌だ。どれほど辛くても死にたいわけではないのだ。
死んだら楽になるかもしれない。ああ、でも、死ぬ勇気もない。痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ。
だから、俺は自殺を選んでそれを実行する彼らのことがわからない。
「なんでって……目の前で砂に埋まってたら助けるだろ」
何を言ってほしいのかわからないから俺はただ思った通りのことを言うしかない。
誰でが埋まっていたとして、死にかけていたとして俺は助ける。
大抵見つかる人間は、探砂師か自殺者。
助けるメリットは大きい。
売った恩、信頼、金目の物、肉体。
助けないで罪悪感を感じたり、変な気分になるよりは助けた方が良い。
助けないで後悔するとなにも残らないが、助けて後悔するのは残るモノがある。
だから助けた。何より助けると感謝されることが多い。
俺が世界を救って受けるはずだったものを受け取った気がして少しだけ気分が晴れる。
「…………」
そんな俺の言葉に少しだけ反応して、女はまた隅の方で膝を抱える。
「……あんたは、死にたいのか? 別に話したくないならいいけど、話して楽になることもあるだろ?」
俺はまた問いかける。
応えてくれるかはわからないが――。
「……わたしは……」
――どうやら答えてくれる気になったらしい。
「わたしは、生きてちゃいけないんです……だから……死のうとしました……」
それは絶望しきったような声色だった。
鈴の音がどうしようもなく闇に澱んでいる。どうしてこうなったのか俺にはまったくうかがい知れない。
俺は人の心や機微が読めるほど鋭い人間じゃないし、人付き合いが得意というわけでもない。
だから、俺には彼女が何に絶望したのか、何があってそんな風に思ってしまったのかもわからない。
まあ、わかったとして何か言葉をかけられるかと言われたらかける言葉はなにもないのだが。
俺は世界を救いそこなった憐れな塵屑なのだから、そんな塵がいったいどんな言葉をかけてやれというのだろう。
「……あなた、探砂師ですよね」
黙った俺に対して女は俺の装備を見たのだろう。
「ああ」
「……なら、依頼をしたい、です」
「依頼?」
探砂師は何でも屋の側面もある。
本来ならギルドを通すが、時折、直接依頼を受けることもある。
そうすればギルドに中抜きされる仲介料などを払わずに済む。
「……はい…………あの……わたしを殺して……いただくことはできませんか……?」
「は?」
――殺す? 殺してください? そう言ったのか?
「おいおい、何を――」
何を言っているのか理解できない。
いや、理解できるが理解したくないと理性が叫んでいる。
「……報酬ならお支払いします……わたしの身体……です……」
「ちょっ――」
「自分でも、結構、良い身体だと思います……前にいたところだと、そういう視線多かったので……男の人にとっては触ったり、好きにしたいもの……なんですよね……」
そう俺がかぶせた外套の下で、自分の胸を持ち上げながら言う。
たぷんと音が鳴りそうなほどに豊満な果実の芳香が沸き立つ。
それはまぎれもない色香という名の艶香だ。
思わず反応しかけたが、ぱちんと爆ぜた薪の音がかろうじて理性を保つことを助けてくれた。
「だ、だから、ちょっと待ってくれ!」
――なんてことを言っているんだ、この女は!
――いや、なんてことしてるんだ、この女は!
「…………すみません……」
「あ、いや……」
一度深呼吸をして落ち着く。
なるべく彼女の顔だけを注視する。別のところに気がいかないようにする。
「順番に教えてくれ。なんで、殺してほしいんだ」
とにかく事情の把握が先決だ。殺す、殺さないを決めるのはそのあとで良い。
正直報酬に目がくらみそうだが、得がありそうには思えない。てか、得にならない。
なにより敵じゃないやつを殺すのは俺には無理だ、できない。
「…………詳しくはお話できません……したくありません……」
「なら話せることだけで良い」
「……はい……私はただ、やってはいけないことをして……いえ、それはこの国にとっては良いことなんですけど……わたしにとってはそうじゃなくて……」
ぽつりぽつりと血を吐き出すように彼女は言った。
「……もう、耐えられないんです……誰かの為だから、なんて言って、全部……誰かを傷つけることになって……」
「ならそれをやめれば良いんじゃないか?」
「無理です……わたしには、それは赦されないんです……それでもやっとのことで砂漠の奥で死のうとしたのに……」
「死ねなかったと」
「……はい……わたしは、かなり頑丈みたいで……」
「自殺に失敗したから、今度は殺してほしいと?」
「……そう、です……」
何をしたのか知らないが、ずいぶんと思い詰めているようだ。
どうしたものか。
「探砂師は、報酬を用意したら、なんでもしてくれるんですよね……」
そんなすがるように見ないでくれ。
俺は君を殺すことはできないんだ。
俺は敵なら倒せる。敵なら倒せた。敵でもなく、それも女の子を殺せるほど俺はまだ異世界に染まっていない。
いや、異世界に染まっていたとしても俺はきっと彼女を殺せない。
「――何でもってわけじゃない。自分で納得がいく依頼ならやる。納得できないならやらない」
「なら……わたしを殺すことは納得できませんか……?」
「すまない。俺には無理だ」
「……そうですか……」
女の表情は変わることはなかった。
断られるとわかっていたのか、あるいは、それすらもどうでもいいと思っているのかもしれない。
「これから、あなたはわたしをどうするのですか……」
「……」
売る、あるいは奴隷にする。
どちらにせよ彼女の望みは叶えられない。
「……売る、ですか?」
「……その可能性が高いな」
「売られたら、わたしを殺してくれる誰かに、出会えると思いますか……」
「答えはわかっているだろう……」
彼女はきっと誰にも殺せない。
俺にはわかるんだ。
わかってしまうんだ。かつての俺がそうだったのだから。
「そんなにも、神様に愛されているんだから――」
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昨日から執筆しまくりで首回りが痛いが、ガンバルゾ!
絶望しきっている女の子って良いですよね。
目に影がある感じだと非常に最高です。
まあ、この状態を見ると問答無用で幸せにしたくなるのが私なのですが。
それはおいておいて、感想、評価、レビューをよろしくお願いします!と常に言っていく所存。