第51話 中域へ
砂上船港は、今の時間は閑散としている。
既に朝のラッシュの時間は過ぎているから当然だ。
ほとんどの船はもう港を出ている。
俺たちがこれから中域へ行くには時間が悪い。だが――。
「確か、この酒場か」
あらかじめ教えられていた酒場へ行く。
「お、来たね、こっちさ」
酒場の奥の席でシーラが待っていた。
「ようシーラ。調子はどうだ」
「お久しぶりです、シーラさん」
「悪くないね。嬢ちゃんも久しぶりだ。それで? あたしのところに来たってことは船が入用かい?」
「ああ、これから中域に行きたい」
「行くだけなら良いが、そのあとのことは考えてるかい? あたしの船に乗るってことは拠点として使えないってことだからね」
「それはあてらにお任せですよぅ」
「新しい仲間かい?」
「ああ、ハオとギョクさんだ」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくですよぅ」
「あたしはシーラ。船長さ」
紹介もそこそこに俺たちは早速砂漠へと繰り出す。
「船はどちらに?」
ハオが気になってシーラに聞いていた。
確かにどこにも船らしきものはないからな、不思議だろう。
「ああ、あたしは船長だからね。これから出すさ」
シーラが手を掲げる。
すると、才気が発生し、一隻の砂上船が形成される。
2本マストの砂上船にしては小型の部類になる船だ。搭載している大砲も16門ほどと武装もあるにはあるが、さほど使うことはないだろう。
なにせ敵は全てリリアがどうにかする。
全てリリア任せというところに思うところがないわけではないが、それが最も安全で確実な船旅になるのならやるしかない。
本人も乗り気なのだから止める術もなにもない。
だが、もし人間が相手なら俺の出番だ。
簒奪者なる連中がいることが分かった今、おそらく中域よりも向こう側なら遭遇することがあるかもしれないからな。
ギルドにもそれとなく言っておいたが、特にそんな集団が王国に出たことはないらしい。
「わぁ、すごい!」
「見事な船ですよぅ」
「だろう。あたし自慢の船さ。さあ、行くよ」
俺たちを乗せた砂上船が砂漠を駆け抜けていく。
吹き抜ける風。照り付ける太陽は、久方ぶりの砂上船での砂漠行ですがすがしい。
「それほど乗ってなかったわけじゃないが、良いものだな、砂上船」
風を切って何にはばかることなく進む砂上船という存在は本当に良いものだ。
まあ、操船手伝いで俺がキリキリと働かなければならないというのは勘弁してほしいが。
船員不足では仕方ない。
「はいはい、こちらですねぇ」
ギョクさんが手伝ってくれるだけマシだな。
仲間を増やしていくのが良いんだろう。
「ありがとうございます」
「ふふ。これくらいこれくらい。あてらには軽いものですよぅ」
「なるほど……。ちょっと良いですか?」
「はいはい。なんでも聞いてもらっていいですよぅて」
「気になってたんですけど、なんであてらなんですか。あて、ではなく」
「ああ、それはですねぇ――」
「ツカサ様ー! 何かでましたー!」
「――おや、何か来たようですよぅて。話はまた今度」
「ああ」
船内にいた俺たちも甲板へと出る。
「あっちです!」
リリアが方向を指し示す。
進行方向右側に砂が巻き上がっているのが見える。
「なんでしょう、あれ?」
「お、珍しいねぇ」
「良い幸運を掴めたようだな」
「え? え?」
リリア、ハオ、ギョクさんは事情が分からず首をかしげているが。
これは砂漠を征く者ならだれもが喜ぶ幸運なのだ。
「ただ、こんな近域で出るなんてのは珍しいねぇ」
「普通は海で出るからな。まあ、出たなら狩らねえと――」
良い収入になるからな。
「全員、耳塞げ!!」
取り出すのは音爆弾だ。強烈な音を発する爆弾。規模はかなり大きい。花火くらいに巨大だ。
大型種狩猟用の音爆弾だ。使用用途は間違いなく、今この時、この場!
皆が耳を塞いだのと同時に俺はそれ蹴った。大型であるため叩きつけても割れないのだ。
だから、蹴った衝撃で破裂させて大音量を発生させる。殻が破れた途端に振動する大音塊。
蹴った勢いで飛んだ砂丘の下で大音量を発生させた瞬間、それは現れた――。
天を貫かんばかりの巨体。それが落とす影は何よりも長大であり、この砂漠の支配者であるかのような威容はまさしく――。
「砂鯨!!」
「ああ、イイ巨体だ」
メルビレイ。通称、砂鯨。
ギルドが持つ記録によれば最大で全長数キロほどもあるという超砂漠生物だ。
まるで全てを刺し貫かんとでも言わんばかりの長大な牙が特徴的で、その巨体は連なる山の如し。
硬質な岩の如き皮膚を持ち、巨大な岩型の牙をもった鯨と言えばその外観は伝わることだろう。
砂漠に生息する迷宮生物の中でも最大級の大きさを誇る砂漠の支配者だ。目はほとんど見えず、砂漠を歩く生物の足音で獲物を判断している。
これと戦うにはまず砂の中から引きずり出さなければならない。だからこそこの音爆弾だ。
メルビレイは音に敏感ゆえに、そこを刺激してやれば、ご覧の通り。
天高く舞い上がっているのは驚いたからだ。
「さあ、銛を突き刺しな!」
「リリア!」
「はい!」
このメルビレイの狩猟は、概ね3段階に分かれる。いや、四段階か。おびき出し、銛を刺し、倒して、食す。
この4段階。重要なのは砂上船の耐久性と攻撃力だ。
メルビレイに引きずられながらの漁になる。船が壊される前に倒せればこちらの勝ち。破壊さればあの巨体の報復を喰らう。
リリアが掴んだロープ付の銛に紫電がまとわりつく。
構えはテキトーだが、そこに宿る力が違う。
「えーい!」
ぶん投げられた銛が黄雷を纏い流星と化す。
打ち上げられたメルビレイへとまっすぐに飛翔、突き刺さる。
「うお――」
「うわぁ!?」
「おとと」
「全員振り落とされるんじゃないよ!」
その瞬間、船が巨大な力に引かれて加速する。
地面へと落ちたメルビレイは即座に加速を開始。逃走しようとするが、銛は深々と突き刺さっているため逃がさない。
「ハオ、こいつを撃てるか」
巨大魔物狩猟用の銛矢だ。かなり巨大で重さもある。ハオの身長の半分ほどもある大きな矢。
普通ならば射ることは不可能であるが、獣人ならば可能だ。彼らの身体能力は、竜人を除きほぼこの世界の最高峰。
特に獣人の中でも特別な白狼族ならば簡単だろう。
「はい、撃てます!」
「なら撃ってくれ」
「はい!」
銛矢を受け取ったハオが船首へ向かう。
「母上、わたしは必ずや生きて見せます――」
つぶやきとともに長大な矢が引かれる。
子供とは思えない膂力は、白狼族としても異常なほど。
「これが受け継いだ品物とやらの力なのか?」
「――」
深く、息を吐くハオ。
その体から立ち上るオーラは黒。
どこか不安となつかしさを感じるそれが淡く揺らめく。
揺らめきが最高潮に達した瞬間、ハオが矢を放つ。
快音一射。
素晴らしい弓鳴りが響くと同時、矢は豪速で飛翔する。
リリアの最初の投擲に匹敵する速度で飛んだ矢はメルビレイの胴へとそれることなく突き刺さった――。




