第38話 帰還
翌朝、ある程度調子の戻った俺たちはラーシャナの街に戻る。
砂上船の操船を掴む力を使って船長と2人だけでやるのは疲れた。船員たちのありがたみというものを思い知った。
リリアは敵への防御で船首に立たせておいた。退屈な仕事だが楽しんでいたので良いだろう。
「まーったく」
ギルドに戻った俺たちを迎えたのはカノンさんの仏頂面だった。
「何が言いたいかは重々承知してます。はい……」
もう俺は何が言いたいのかよーくわかるため平謝りモードだ。いや、真剣に謝っているが。
「探砂師なんだから無茶をするなとは言わないけれど、それで死んだら元も子もないのよ」
「はい、わかってます。はい」
「で、ダンジョンは中域へ帰ったって?」
「ああ」
まさかダンジョンを切ったなどと言えるはずもなく。
そんなことを言ったら大変なことになるというか、確実に王都に連れていかれて戦争に駆り出されるだろう。
人間相手の戦争なんて勘弁してほしい俺は、リリアとシーラに話を合わせるように言っておいた。
「おう、アタシも見たから大丈夫だぜ。ありゃもうどうしようもないわ」
リリアはこくこくと力強く頷いている。
「…………はぁ。まあいいわ。依頼は達成ね。これは報酬」
報酬の入った革袋がカウンターの上に置かれる。
「お父さんは港の方にいるから、すぐに会いに行ってあげなさい」
「おう。んじゃ、行くわ、助かったぜ、何かあったら呼んでくれ、アンタらなら船を出してやるよ」
「ああ、その時は頼む」
シーラと別れ、改めてカノンに向き直る。
「さて、早く帰ってあげなさい。ステラちゃんも心配してるわよ」
「わかってるよ。はぁ、怒られると思うときが重い」
「怒られるのが嫌なら、心配かけるようなことしないことよ!」
「努力はする」
「はぁ、本当、この男はぁ。リリアちゃん、本当この子をよろしくねぇ。ほっといたらすーぐどこかに消えちゃいそうなんだもの」
「任せてください!」
「……心配だわ。2人してどっか行っちゃいそう」
「ええ!?」
俺たち2人はカノンの中でどんな扱いになっているんだ。
「あなたの心に聞けばわかるわぁ」
「心を読まないでくれ」
「あなたがわかりやすいのよ。さあ、早く行った行った」
「ああ、心配かけて悪かった」
「謝る相手が違うわよ。あと別に心配何てしてないしぃ」
しっしと、されてしまったのでさっさと退散することにする。
「はぁ、気が重い」
大通りを歩きながらため息を吐く。
「だ、大丈夫ですよ! ステラさん優しいですし!」
「おまえは本気で怒ってたあいつを見てなおそれが言えるのか……」
「え、ええと、えっと……」
何も言えずしゅんとしてしまうリリア。
「大丈夫だよ。怒らせるのは慣れてる」
たぶん慣れちゃいけないんだろうけど、かなり怒られたからなぁ。
洗濯物は出せだの、片づけろだの、食事中は本を置けだの、無茶はするなだの。
――いや、俺、怒られ過ぎなのでは……?
「…………」
もしや俺は相当なダメ人間になっているのでは……。
「あの、ツカサ様?」
「あ、いや、何でもない。俺はダメ人間じゃない」
「え、えっと???」
リリアが頭にハテナを浮かべている。
いや、うん、すまん。
いい加減覚悟を決めて家へと向かう。
案の定、家の前には鬼が――。
「いない……?」
いない。
おかしい、こういう時は何かと家の前で般若を背に笑顔のステラが立っているはずだというのに。
いや、別にいてほしいわけじゃないんだが、普段と様子が違うと拍子抜けするというか警戒してしまう。
「た、ただいまー?」
訝しげにに思いながらも家に入る。
しかし、ステラの声が返ってこない。
「おかしいな? 買い物でも行っているのか?」
「でも、部屋にいるみたいですけど」
「部屋?」
こんな時間まで寝ているということはないだろう。
ステラは真面目なやつだ。いつだって何があったって朝早く起きて、食事の用意をするような女だ。
「おーい、ステラ。入るぞ」
とステラの部屋のドアをノックしようとしたところでドアが開いた。
「っとと」
「おかえりなさい」
「あ、た、ただいま」
そこには普段通りのステラが立っていた。
良かった特に何か問題が発生したというわけではなさそうだ。
「えっと、今帰った」
「そうね。随分と遅い御帰りで」
「いや、色々とあったんだよ。うん」
「そう」
「……?」
あれ? 怒られない?
「あの、怒らないの、か?」
「何か怒られるようなことしたのかしら」
「いや、連絡せずに3日も帰らなくて」
「探砂師ならそういうこともあるでしょう」
「いや、そうだが……」
???
あれ、なにいつもと違い過ぎて怖いんですけど!?
「ステラさん、その手袋はどうしたんですか?」
「手袋?」
リリアに言われて俺も始めて気が付いた。
背中側に回した右手に、ステラは手袋をしている。ステラが昔使っていた手袋だ。俺と旅をしていた頃のものだな。
戦闘用でかなり細かな動きでもまったく指の動きを阻害しない機能性の高い手袋だ。
そんな手袋をするのはこのラーシャナの街に来てからは珍しい。戦うことのなくなったステラがそんな手袋をつけているのはどういうことだろう。
それも右手だけだなんて。
「懐かしいなそれ」
「ええ」
「でも、なんでつけてるんだ?」
「これであなたを殴るため」
「まって、シャレになってない」
その手袋、魔力を通して障壁を出せるやつだったはずだ。防御の為の障壁なのだが、殴りにも使えるということで時折、社交界で迫るいやらしい男どもをそれで成敗していたはずだ。
そんなので殴られたら俺の身が持たない。
「冗談よ。少し火傷をしちゃってね。ちょっと痛むからつけてるだけ」
「あ、それならわたし治せますよ!」
「良いわ。私の不注意で負った火傷なんだから自分で治します。その力はもっと大切な時に使ってね」
「でも……」
「気にしなくていいの。どうせすぐに治るわ」
「……はい」
火傷、か。それも珍しい。
「……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。あなたは何も心配しなくていい」
――…………。
それだけ心配をかけてしまったのだろうか。
「すまん」
「何を謝るのかしら」
「いや、色々」
「そう……で、今日は借金の支払いの日だけど」
「げぇ!?」
ヤバイ。もうそんな時期か!?
3日も寝ていたから日付の感覚がなかった。もちろん金の用意なんてあるはずもなく。
「あの、今はこれだけしかなく……」
先ほどの報酬を取り出す。
「で、でも、迷宮で集めてきたものがある。それを売れば!」
「あ、全部シーラさんに渡しちゃいました」
「なぬ?」
「3日間、船に止めた礼としてもらっていくって」
「うそん……」
ちらりとステラを見る。
「…………」
滅茶苦茶いい笑顔です。
はい、なのに全然良いと思えない。
怖い、滅茶苦茶怖い。
「ツカサ」
「……はい」
「何か言うことは?」
「そ、その、すみませんんんん!!」
地の底から響くような怒り声に、俺は土下座をする以外になかった――。
ただ、帰ってきたのだなと、そう思って、なんだか笑ってしまった。
世界はまだまだ救えていないけど、それでも俺はここで生きていくのだろう。
そして、いつか世界だって救えるかもしれない。
ただそれはいつになるのか、わからないが――。
「何笑ってるのかしら」
「いや、なんだか、良かったなって思えてさ――」
いつかきっと――
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